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フレジィ・エミー

 いつもの自分なら二人を追いかけることはしなかっただろう。

 エミリアン・ギョー・東郷、東郷は養父の名前だ。

 常に冷静に状況を分析し最良な判断を選択する、以前いた町ではフリジィ・エミーと字名されていた、不感症エミーという意味だ。

 女性に対する揶揄だけれど、それを除けば間違いではない。

 死や痛みを前にしても動揺することがない、それが特技だ。

 この土地に流れてきたのは最近だ、常に顔を隠しているエミーの素顔を知る者はこの街にはいない。


 容姿と顔かたちが似ていたというだけだ、積極的に関わりを持つ理由にはならない。

 一般の小市民が国レベルの政局に巻き込まれている下級貴族に加担してもいいことなどありはしない、ギルドにたむろするアルコールと麻薬にやられた荒くれ共の頭でも判断できる事案だ。

 

 亡きジョージ・ムートン男爵は平民から騎士に登用され武勲を上げて爵位を授かった戦士であり、老いたとはいえ簡単に殺されるような男ではない。

 森の魔物討伐に自警団五人と森に向かい全員が帰らぬ人となった、その死体は無残に食い荒らされて暗殺なのか魔物の仕業なのかは判別しようがなかったという。


 ムートンの森へ続く道は平原に冬でも青草が茂り低い陽射しに輝いている。

 真新しい草の踏み跡はフローラたちだ。

 針葉樹の黒い森はムートン家領地のほとんどを占めていた、男爵家に与えられるには広すぎる領地、利用価値のない森は無用に管理コストが掛かるだけの忌地、だれも欲しがらないから(押し付けられた)に等しい。

 その土地に価値が産まれたのは最近の事だ。


 「一気に森を抜けます!離れないでください、お嬢様!!」

 「わかっています!アンヌこそ気を付けて!」

 ムートン領のマナーハウス(領主館)に向かうにはこの道を通らなければならない。

 最近、魔物の目撃情報が聞こえている場所だ、アンヌの表情が厳しい。

 父の喪が明けぬ前に討伐に出る必要があった、父の死後も村人の被害が数件起きている、既に何組かの村人がムートン領を捨てて出ていった。

 このままいけばムートン家は没落する、(わら)にも縋る思いでギルドに討伐依頼にいってみたが、バトラー(執事)・ハリーの忠告どおり恥をかきにいったようなものだった。

 一年間の税に匹敵する法外な料金の要求、初めから受諾する気などないのだ。

 「お父様、私はどうすれば・・・」

 気丈で明るく影の無い娘が俯いていた、王家と公爵家の争いに土地と自身の婚約話が原因となって巻き込まれている。

 皇太子など知らない、向こうは知っていると言うが覚えていななかった、なにかの間違いだと返事をしたが婚約要請は変わらない。

 田舎の、しかも成り上がり男爵家の娘に皇太子から求婚など聞いたことがない、傾奇者だと噂しきりだが、なぜ私なのか、呪いたくもなる。

 忠誠を尽くしてきた王家に裏切られた気分だった。

 もしも、この婚約話で父が暗殺されたのだとしたら、暗殺者と依頼者、そして皇太子を許さない。

 「ちくしょう・・・」

 前を走るアンヌの馬が蹴り上げる小石が(いしくれ)となって顔を打つのを避けることなく白い肌で受ける、振り払うフリをして涙を拭いた。

 父ジョージは武人とは思えない穏やかな男だった、フローラは笑っている顔しか見たことがない、バトラー(執事)・ハリーや戦に参加した村の男たちがいう戦鬼の片鱗を微塵も感じた事がなかった、ただただ優しい優しい父だった。

 なぜあんな惨い死に様をしなきゃならなかったのか、知らなければならない。

 「このままじゃ終わらせない!」


 まるで怪物の口の中へ飛び込むようだ、暗い森の奥に出口の光は見えない。


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