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白と黒

 コタルディと呼ばれるワンピースのドレスはボタンも付いていて脱ぎ着が楽で良かった。

 催事ごとに着用するフルドレッシングドレスの着用は想像を絶する手間がかかった、おまけに窮屈で動くこともままならない、皇太子が来館された時のためにリハーサルで一度着用してみたが、二度と御免だ。


 選べるほどクローゼットの中にドレスは無いが、そのかわり乗馬スボンやら作業服やらばかりが掛けられていた、靴もヒールよりも編み上げばかりだ。

 エミーの胸にも銃創の傷が癒えずにカーゼを当てられている、露出させることは出来ない。

 胸元の広く空いた服も避けたい、襟付きのコタルディは都合が良かったのでこれで通すと決めた。


 ブロンズの髪に豚毛のブラシを通すと緩くカーブして光沢を増す、光が当たった部分は金色に反射して輝いている。

 貴族の令嬢にしては珍しくフローラは髪を肩でカットしていた、長い髪を結って飾るのが一般的なスタイルの時代に十代の娘がショートにしていることは珍しかった。

 髪の長さだけ言えばカットなどしたことのないエミーの方が長いと言えた。

 身代わりを承諾した時点でアンヌがフローラに似せてカットした。


 スカートをたくし上げて太ももに短刀を仕込む、なにも武装していないのは不安だ。

 ガチャッ 「お嬢様、お着替えはお済ですか?」

 まだ太ももを露にしているところにアンヌが入ってきた。

 「!!」「し、失礼いたしました!」後ろを向いて視線を外したアンヌは頬を染めた。

 「いいのよ、気にしないで、終わったわ」

 スカートを降ろしたエミーもちょっと気まずそうに目を伏せた。

 「いつも忍ばせているのですか?」

 「今は必要ないのかも知れないけど落ち着かなくて・・・」

 「フローラ様の口調そのままです、随分上手になりましたね」

 「そう?ちょっとは慣れたかしら」

 「実は今、フローラ様にお客様がいらしているのですが対応していただいてもよろしいでしょうか」

 「難易度は?」

 「Aクラス、親しかったご友人の方です」

 「会わない訳にはいかないわね、情報をいただくわ」

 

 マナーハウス(領事館)の小さな応接室のソファーにかけていたのは美しいロイヤルシルクの民族衣装を着ている若い女性だ、アンヌの情報で岩人と呼ばれる山岳民族の娘、名をアオギリという、フローラと同い年だ。

 細かいエピソードまではすり合わせている暇はない、相手の顔色や口調で話をあわせていくしかない。

 アンヌと共に部屋に入るとアオギリの痛みと同情の視線を感じた。

 「アオギリさん・・・」

 「フローラ・・・」

 どちらからともなく両手を握ると肩を当ててハグをした、合わせた胸の銃創に痛むがもちろん声にも表情にもださない。

 アオギリの肩は少し震えて、横目で見た瞳には涙が滲んでいた、エミーは涙を流すことはない、少し鼻を啜って演出する。

 「男爵様の崩御、心からお悔やみ申し上げます、バロネス(男爵令嬢)様」

 「お心遣い感謝します、いろいろご心配をおかけしてごめんなさい、アオギリさん」

 自警団マックス同様に幼馴染と言っていい付き合い、フローラは友人が多い、その明るさと人の垣根を取り去る才能を持っていた。

 容姿は同じでも中身は白と黒ほど違う、神様とは嫌みな奴に違いない。

 

 家族の健康状態や季節の移り変わり、街の様子など暫く儀礼的な話題が続いた、ここまでは公人としいの使者への振る舞い、友人としての話はこれからだ。

 

 「赤鹿は怖くない?馬より気性が激しいのでしょう」

 エミーは応接室に来るまでに(うまや)に繋がれた赤鹿を確認している、アンヌがギクッと緊張したのが伝わる。

 「そんなことないの、あの子は雌だから大人しいわよ、今度乗ってみる?」

 「ホント!私にも乗れるかしら!?」

 「フローラ得意の横乗りは無理かもしれないけど跨いで乗るなら馬と変わらないわよ」

 「ぜひお願いしたいわ」

 「なにかお茶を飲みましょう、アオギリさんは何がいい?」

 「じゃあ、お言葉に甘えて・・・いつものアレをお願いするわ」

 いつものアレ、しまった、調子に乗り過ぎたか。

 「畏まりました、ご用意してまいります」

 アンヌがそっとウィンクして応接室を出ていく、知っていたようだ。

 ヴァレットのアンヌが席を外した事でアオギリはグッと顔を寄せてくる。

 「フローラ、本当に大丈夫なの、具合悪くしてない」

 「アーちゃん・・・正直しんどいけど弱音吐いている場合じゃないもの」

 「無理しないで、出来ることがあったら言ってね」

 「ありがとう、気持ちだけで嬉しいよ」

 

 「お待たせいたしました」

 アンヌが運んできたのはタンポポ・コーヒー、根を乾燥させて焙煎したものを煮だしてある、カフェインを含まない飲み口と見た目真っ黒で飲み口も似ているためコーヒーと呼ばれている。

 さほど高級ではないがティーセットが並び、茶菓子も振舞われる。

 「ありがとうございます、アンヌさん」

 アオギリはフローラと似ているのかもしれない、少し日に焼けた健康的な肌と、少し太い眉、大きな目が意思の強さを表している。

 高跳び込みの河原で肩を組んでいる女の子の姿が浮かんだ。

 

 「岩人の長からの伝言があります」

 「承ります」

 「近く岩人の洞窟にて会談を持ちたいと長は考えております、バロネス様には大変ご足労をおかけして申し訳ございませんが、なにより長は高齢のため谷より出る事が叶いません、何卒ご容赦のうえ谷までおいで頂きたいのです」

 「承知いたしました、父の三十日追悼が終わりましたら直ぐに参上いたしますとお伝えください」

 「ご容赦感謝いたします」


 淀みなく口上を話すフローラを随分と大人びたとアオギリは感嘆した。

 以前は緊張しいのあがり症だったのに上ずったところが一つもない、凪いだ淵のように落ち着いた物言いだ。

 アオギリはこの時思った、やはりフローラは皇太子妃になるかもしれない。

 国母となるため彼女は自分を塗り替えざるをえないのだろう、宮殿の暮らしは想像つかないが、そうなれば会うことは出来なくなってしまう。


 窓から挿した木漏れ日がフローラの顔に木々の緑で影をつくる、その色がとても寂しそうにアオギリには見えた。


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