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森の悪魔

 ムートンの森深く針葉樹が広葉樹に変わり山の傾斜が増してくる。

 ミネラルを多く含んだ清流が湧き出る沢筋に現地人の集落がある、岩人と呼ばれる人々は遥か昔からこの地に根を下ろし狩猟と養蚕で暮らしてきた、ここで生産される絹糸はロイヤルシルクと呼ばれ珍重されてはいるが扱いづらいのが難点で一般的には流通していない。

 もっぱら自分たち用に消費されてしまうためというのも理由の一つだ。


 この糸の特徴は二つある、一つは強靭である事、束ねて繊維として織った布は美しい光沢とともに刃物を通さない強度を有している、狩猟の民である岩人は妖精のように着飾り山野を飛び回り獲物を追う。

 更には透明に加工することが可能だった、長い一本の糸で透明で強靭な糸は釣り用の糸として最適で、布としての流通より高級釣り具として、貴族たちの一部愛好家の間では知られた存在だった。


 この伝統あるこの地で、もう一つの財産が発見され村を二分する争いとなっていた。


 彼らが暮らすのは洞窟住居、固い岩が長年の浸食で出来た横穴を利用している。

 村の中央に頑丈な一枚板の出入口を持った特別な横穴がある、議会場だ。

 村の代表たちが集まり討議している議題は外界からの干渉、彼らの養蚕産業の副産物を欲する者たちがいた。


 やや浅黒い肌を持ち、黒目黒髪、男でも体格は細くしなやかで年齢よりも若く見える。

 髭を持つ者はいない。

 全員鮮やかな色彩の着物を纏っている。

 「これから金は必要だ、前の領主は我々に税を求めなかったが、どうやら殺されたらしい、新しい領主が何というか分からん」

 「殺された?誰にじゃ、仲間割れか」

 「分からん、噂じゃヤーヴル(森の悪魔)にやられたいわれとるの」

 「見た奴はおるんか?」

 「先月、魚を取りに行った連中が滝の上から見下ろしとる黒い影をみたそうじゃ、身の丈は二メートルを超えてその手に鎌を待っておったそうな」

 「鎌?そりゃ見間違いじゃ、大方大柄な他の岩人でも見たんじゃろ」

 「その話はもう良い、今日の議題は蚕穴じゃ、公爵は床の土だけ買いたいと言ってきておるのだ、採掘も運搬も向こう持ちだ」

 「悪い話じゃない」

 「しかし、運び出すための道を造るというのが問題じゃ、第一ここの領主の男爵様は国王派、公爵は国王に敵対している派閥じゃ」

 「そうだ、この話に乗るっていうのは国王に反旗を翻したのも同然だぞ」

 族長と思われる上座に座した男は目を閉じて話を聞いている。

 「荷馬車が通れる道は獣を分ける、今までのように肉は食えなくなるぞ」

 「街へ降りて買えばよいじゃ」

 「いずれこの地を捨てる者が増える、岩人は絶えてもいいと言われるか」

 「そのような事は申しておらん、時代と共に我々も変わっていかねばならんと言うておるのじゃ」

 

 議論は平行線だった。


 「皆の意見は分かった、要点を話す」

 族長が重い口を開いた、全員が傾頭し忠誠を示した。

 「ひとつ、まず優先すべきは男爵殿への弔意である、使者を送れ、男爵殿には世話になった者も多かろう、次に男爵様の後任人事についてだ、男爵様にはお嬢様が居られたはずだが家取をどうなさるのか確認してまいれ」

 「ははっ、急ぎ使者を向かわせます」

 「出来れば仮でも良い、当主殿と話がしたいと申し伝えよ」

 「公爵側への返答はいかがなされますか」

 「保留しておけ、迂闊に答えを急ぐと内戦に巻き込まれることとなろう、慎重に見極めるのじゃ」

 「御意」

 

 集落はいくつかの山に数百の洞穴住居が並ぶ、人口は五百人を超えるだろう。

 自然と共に暮らす岩人だが、その暮らしぶりは以外にも文化的で裕福だ、村の暮らしではお金を必要としないがロイヤルシルクは良い外貨稼ぎになる、売った金でほしい物は手に入る、食料は山や川から調達しており金は掛からない。

 手に入らないのが医療だった、怪我をしたり病気になった者がムートンのマナーハウスの門を叩くことも少なくはない。

 亡きフローラの父は追い返すことなく受け入れ、最大限の治療を行い、命を救われた者も両手では効かない、税を徴収しないのは支配ではなく同じ地に住まう先輩に対しての礼儀であると言っていた。


 「おや、アオギリ内務服なぞ着てどうした」

 「ムートンのお屋敷までお遣いさね」

 アオギリと呼ばれた女性は議員たち同様に色鮮やかな服を纏い、白い幅広帽子に鳥の羽があしらわれている、正装なのだろう。

 聞いた男は百九十センチ近い巨体を黒装束で固め弓を背負った狩人だ。

 「男爵が亡くなった件か!?」

 「そうだね、弔意としてシルクの反物を預かったよ」

 「フローラ嬢と会うのか」

 「たぶん、なんと声を掛けたら良いのか・・・」

 「仲が良かったものな、お前たちは」

 「ええ、山以外では唯一の友達さね、余計に辛いよ」

 「サイゾウはリンノウたちの捜索?」

 「ああ、もう五日だ、嫌な奴だったが放っては置けない」

 「村を捨てて公爵の元へでも寝返ったんじゃない?」

 サイゾウは滅多な事は言うなと人差し指を口にしかめっ面を返した。

 「ところで一人で行くのか?」

 「ええ、慣れた道よ、心配ない」

 「気負付けろ、最近山に変な気配がある、見たことの無い足跡も見るようになった」

 「やだねぇサイゾウ、あんたまでヤーヴル(森の悪魔)の話を信じているのかい、子供じゃないんだ、よしとくれよ」

 「念には念をだ、油断するなよアオギリ」

 「任せときな、帰りに街で珍しい酒でも買ってくるよ、一杯やろう」


 アオギリは谷山では馬より移動が速い赤鹿に跨ると細い山道をムートンに向けて降りていった。


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