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舞踏会の夜

この気持ちはなんだ、初めての経験だった、姿が焼き付いている。

 今までに感じた事のない感覚、甘く苦い、浮き立つような感覚。

 昨日までの自分ではなくなったのだと悟った。


 舞踏会の夜、彼女の姿を会場に探した、次々にやって来る美しく着飾った令嬢たちの中にその姿を見つけることは出来なかった。

 その豪華な衣装は税(贅)を尽くした物、振りまく香水に中毒を起こしそうだ。

 やれ優雅だの雅だのどうでもいい、どうせ意味のない嘘でしかない。

 この舞踏会は皇太子妃を見つけるオーディションなのだ、審査員は自分ばかりではない、いや決定権は自分にはない。

 実態のない偶像、嘘で固めた化粧の下には醜い欲望と策略が見え隠れする。

 辟易だ、自我が目覚めてからずっとこうだ、王城の中の世界は嘘で創られていた。

 世の中はグレーだ。

 

 舞踏会も終わろうとした時、ベランダから色のない世界に彼女だけが色を持って現れた。

 ずっと外にいたのだ、色は付いているが粗末なドレスだ、首都の町娘なら誰でも持っている程度の物。

 「そうか、あの時着ていたドレス、ナイフで裂いてしまったから・・・」

 一着しかないドレスを躊躇(ちゅうちょ)なく切り捨てたのだ。

 あの後、彼女は逃げるようにその場を去った、名前さえ名のらなかった、下着姿の女性を追い回すことは出来ずにその素性は分からないでいた。

 彼女が助けたのは重要な賓客(ひんきゃく)だった、もしあのまま幼い姫を見殺しにしたなら戦争になっていたかもしれない、彼女は国の英雄だ、国王も礼を述べたいと探したが一向に見つからなかった。

 声をかけようと追いかけたが、またしても彼女は消えた。


 フローラは舞踏会が始まってからずっと ベランダで時間をやり過ごしていた。

 さすがに場違いも甚だしい、一着しか持っていないドレスを裂いてしまったし、馬車なんてないから自分で馬に跨ってきていた、乗馬服で参加するわけにもいかず、宿屋の貸衣装屋で借りたのだがもう良い物は残っていなかった。

 アクセサリーの類も道端に投げ捨ててしまったから当然盗まれた。

 「帰ったらお父様になんて言おう」

 叱られた事などないがさすがにまずいかも知れない。

 でも、一度は叱られてみたい気もする。

 やっと舞踏会がお開きとなったようだ、さっさと引き上げようと会場に入ったところで視線を感じた、皇太子が怪訝(けげん)そうな顔でこっちを見ている、やばい、完全に不審者だと思われている。

 「に、逃げなきゃ!!」

 フローラは駆け出した。


 北の山岳部にある男爵家の一人娘、フローラ・ムートンと知ることが出来たのは三か月後だった。

 フローラの父は元騎士団に所属し、武勲をいくつも上げた戦士、その功績を認められて爵位を得ていたが、与えられた土地は広いばかりで貧しい領地、あの衣装も頷けた。

 男爵は元騎士団というだけあって忠誠心は厚く国王の信も得ていた。

 国王名で感謝状を贈ったが人違いだと返された。


 このままでは彼女と会うことはもう叶わなくなる、王子として真面目にその役目を担ってきた、期待と責任を果たしてきた。

 しかし、このまま彼女を失うことは自分を失うことではないか、そんな人生になんの意味があるというのか。


 エドワードは傾奇者となることを決意した。


 周囲の者に反対される前にムートン家に対して求婚の意を記した正式文を送った。

 国王は激怒したがエドワードは引かなかった。

 王族に恋愛の自由などない、分かっている、たが譲れない。


 今まで築いてきた自分、嘘の自分を全て捨ててもいい、彼女と会ってみる。

 全てはそれからだ。


 酔った身体に橋を渡る川風が心地よい。

 「いい風だな」

 「あの丘の向こう、さらにその先がムートン領ですね」

 聖女はまるでシラフのように平然としている。

 「誰か訪れた事はあるか?」

 「あたいはあるよ、確か今頃だね、ロイヤルシルクを紡ぐ季節は、特産だね」

 「普通のシルクと違うのか?」

 「ええ、最上級のシルクさ、一般的には知られていないけれど美しさと強靭さを併せ持った一品だよ」

 「知らんな、初めて聞いたぞ、そんなに良いものなら我々の目に留まりそうなものだが」

 「加工が大変なのさ、強すぎるからね、でもロイヤルシルクで創ったドレスなんて一生ものだよ」

 「そうなのか、私の知らない事は多いな」

 「自分の国をご自分の目で見る、そういう意味でも外に出ることは意義があることですね」

 「エド、魔獣の件ですがここ最近は出没がないらしいです」

 「そうか、我々で退治したうえで男爵殿の墓前に追悼の祈りを捧げたかったが」

 「誰かに打ち取られたわけではないようです、今だに正体は不明です」

 「我々の動きを察知して逃げ出しましたかな」

 「だとすれば魔獣の正体は人だ」

 「私もその可能性が一番高いと思います」

 「単なる獣の方がやりやすい、人間が一番やっかいだ」

 「違いない、ここよりは暫く禁酒だな」

 「残念だったな、聖女様」

 「私はそんな不謹慎な聖職者ではありませんわ、お酒は嗜む程度、あくまで酒神デュオ様に祈りを捧げるために頂くもの、儀式です」

 「あれが儀式?まあ祭事には違いない・・・のか?」

 「皆さんの分も酒神様に祈りを捧げますのでご安心ください」


 「こいつ、飲むつもりだな・・・」


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