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傾奇者

皇太子エドワードは文がムートン家に届くよりも早く王城を後にしていた。

 愛馬は名をスタリオン、一日に百キロメートルを走るという大型種の黒毛だ。

 エドワードも愛馬に劣らず大きな男で並外れた筋肉の上に騎士の鎧を身に着けて完全武装している。

 その背に担いだハルバート(両手戦斧)で打たれれば甲冑もろとも人間を叩き潰す威力をもっていた、付き従う従者たち四人も二つ名を持つ一騎当千の戦士たち。

 少人数の行動でも皇太子を武力で暗殺することは難しい。


 隠密で行動している皇太子は宿屋に泊まるにも正体は明かさないし、国軍であることを示す物も持ち歩かない、一見すれば冒険者が悪くすれば少々上品な野盗にしか見えない。

 さすがに大衆酒場での羽振りは良いので六人のテーブルには大量の肉と酒が並ぶ。

 「エド、なぜあの女にこだわるのです?他にも候補はいくらもいるじゃないですか」

 一番年上でエドワードよりさらに一回り大きいガイゼルが問いかけた、エドワードは公式な場以外で年上が敬語を使うのを許さない。

 「あたいもそう思っていました、失礼ながらフローラ様はエド隊長の威厳に比較するとやや、胸や腰回りが物足りないといいますか」

 軽口を叩いたのは遠距離のエキスパート、弓に長けたジュンという女兵士、言うだけあってエキゾチックな風貌にグラマラスな容姿をしている。

 「分かっていないなジュン少尉、あの少し儚げなところが良いのではないか、男が全員おっぱい星人だと思っているから、お前はモテんのだ」

 横から口を挟んだのは短刀使いのモリス少尉、実はジュン少尉に惚れている。

 「おや、生意気なことを言うじゃないか、この童貞坊や、姉さんが本物の女って奴を教えてあげようじゃないか、今晩顔貸しな」

 「二人とも下品な話はお辞めください、仮にもエド隊長の前で失礼です、礼節を保ってください、だいたいエドが野放しにし過ぎるのですよ、たまにはビシッと言ってやってくださいまし」

 白い礼服は聖女であり医師でもあるグラディア、司教(ビショップ)の位を持つが隊一番酒が強い、テキーラ・グラティは底なしだ。

 「今回も俺の我儘だ、みんな許してくれ」

 皇太子エドワードは傾奇者と言われているが噂でしかない、真実は真逆だ、真面目過ぎるのが欠点な男だ。

 「我儘などとご冗談を、殿の嫁探しの旅に同行できるなんて恐悦至極にございまする」

「きょ?きょうえつなんとかとかマンさんまた分からん事を言う、東洋の言葉は理解不能だ」

「なにより殿が見初めた女子じゃ、そりゃ素晴らしいに決まっとる、乳だけで女子の価値は決まらんぞ」

「チョット何なのよ、このパーティーはロリコンチームだったわけ、そんなら私は抜けるわよ!」

「誤解だぞ、私が彼女に拘るのは容姿じゃない、人としての強さだ、そう彼女は真夏の太陽にも負けずに咲く薔薇だ」

「強い女?ならやっぱ私は最高にいい女じゃん!!」

「もちろん!ジュン少尉は最高だ!」

「ようし乾杯しよう!!」

「おっぱいに!!」エドがジョッキを上げる!「おっぱいに!!」

 ガチャッと激しくジョッキを鳴らす、男はビールなんて飲まない、あんな弱い酒は子供の飲むものだ。

全員が度数四十以上のダーク・ラム(サトウキビの蒸留酒)を煽る。


今晩も大いに盛り上がるテーブルの周りはどこもむさ苦しい男ばかりだ、酔いも重なり嫉妬が爆発する。

「ようよう、コンパニオン付とは豪勢じゃねえか、ひとりこっちに回してくれよ」

鼻を赤くしたハゲが絡んでくる、腕力には自信があるのかこれ見よがしに筋肉を強調するタンクトップ姿で、その体臭は酒と汗の匂いを混ぜている。

 「なんだ、お前は!?」モリスが睨んだが体格の違いかハゲは怯まない。

 「うるさいよ!チビは引っ込んでな、なあ、姉ちゃん、俺っちと飲もうぜ!!」

ハゲはジュン少尉の肩に手を回した。

 「てめえ!!」

 モリスが立ち上がるより早く聖女グラティがハゲの親指をそっと掴んだ。

 「おっ、あんたが相手をしてくれのか?」

 「お触りはいけませんよ」形だけの笑顔。

 「グラティ、殺すなよ」

 「マンさん、カウンターに行って俺たちの分のラムを確保してくれ」

 エドが耳打ちするとマンは頷き小走りにマスターの元へ向かった。

 「エド、私は聖女ですよ、コロシなんてとんでもない」

 その細い手がクルリとハゲの親指を捻る。

 「あぎゃあああああっ、痛たたたたたたっ!!」

 そのまま立ち上がるとハゲの仲間のテーブルまで笑顔を保ったまま押しやると、ドゴォッ!!男の尻を思い切り蹴り上げた。

 ガラッガラッガシャーン

 ハゲは頭から料理と酒を薙ぎ倒してテーブルの向こうに消えた。

 「やい!!良くお聞き!私たちはそんな安かないんだよ、そんなに飲みたきゃ私が相手になるよ、ラム持ってきな、勝負だよ!!」

 「威勢がいいねぇ、面白れぇ、乗ったぜ聖女様!」

 「俺もだ、俺も混ぜてくれ!」

 「ようし、まとめてかかってきな、飲み比べしようじゃないか!」


 半時後には聖女を囲んだ男たちは全員テーブルに額をつけて起き上がれなかった。

 「もう終わりなの!?全然物足らないわ!」

 「グラティ、俺たちも引き上げるぞ」


 「あら、そんな時間なのね、それじゃみなさんに酒神のご加護があらんことを」

 ほんのり肌を染めた聖女はほろ酔いで酒場を後にした。


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