ver.8 誰かの言葉と、過去の傷跡
まずは一区切りでここまで公開です。
今後は11月から現実的なペースで連載していきたいと思います。予想以上の反響等があれば、もう少し頑張るかもです。
「いらっしゃ……ら、ラズライト様!?」
やってきたのは町の武具屋だった。剣と鎧が描かれたわかりやすい看板を掲げる木造の建物の、しっかりした扉を開けると店内は薄暗く、カウンターの向こうにはまさに職人という居住まいの髭のおじさん。現実だったらあたし一人では間違いなく入店できそうにない雰囲気だが、気難しそうなおじさんはラズライトの姿を認めてすぐに駆け寄ってきてくれる。
「やぁ、大将」
「いや、直接いらっしゃるなんてお久しぶりで。一体今日はどうしたんですかい」
「この娘たちに装備を作ってやりたいんだがね。良いかな」
「そいつぁ構わねぇですが、何分相変わらずの素材不足でして……。有りものでしかご用意できねぇですが」
「構わないよ。彼女らは私の恩人なんだが、隊の者以外に“紋章入り”を渡すわけにもいかないし、かといって全裸のままというわけにもいかないからな」
「……ぜんら? ってぇのは」
「なななんでもないです! ちょ、ちょ、ら、ラズライト、様!?」
マントの前をぎゅっと閉じて、慌てて間に入る裸マントこと、あたし。これは不可抗力です。不必要に吹聴しないでいただきたいんですけれど。
「ははは。私のことはラズライトでいいよ」
そういうこっちゃないんですよ。天然なのこの人。AIに天然、ってのもおかしいけど。
「ちょっと待っててくださいや」
これ以上掘り下げられないよう会話を切り上げると、おじさんは店の裏手へと下がっていく。しばらくしていくつも装備品を抱えて戻り、がちゃん、とカウンターの上に広げた。
「とにかく鉄や石が足りないんでさぁ。獣皮製品が中心になっちまいやすが」
と前置かれたが、そのどれもが職人の仕事ぶりを感じる逸品だった。あたしはいくつかを選んで、それらを身に着けていく。
幅広のバックルを重ね合わせたコルセットのような革鎧に、深緑色のタイトパンツ。鮮やかな金糸を走らせた刺繍が背に美しい白のローブマントと、シンプルな革のブーツを装備する。
ちなみに一般のゲームのように『装備箇所』などは存在せず、着れればオーケーというシステムだ。物理的に可能であるなら全身鎧を重ね着することもできる。まぁ、そうすることにメリットはないのだが。最後に青銅のような素材の錫杖を手にして、オルフェウスの盾を背負えば完成だ。
「そのローブはうちの奥さんの手製の刺繍さ。特別な価値や能力はないが仕事は一流。美しいだろ? 自慢の逸品よ」
照れくさそうに笑いながら、しかし胸を張って言うおじさん。かわいい。
「残念だが、そっちのねぇちゃんは今のままの方がいい装備かもな」
あ……。数値を見れば、ステータス的には初期装備に負けていた。キキタに差し出したの、実は結構リスクだったか。
「あら。そう。じゃあ、これってなにかに加工できるかしら」
と、カナリアさんがウインドウをいじってインベントリからアイテムを取り出す。フリック操作からカウンター上にぽん、っと出てくるのが面白い。
「おお、こりゃあ『蒼電蟹の外殻』じゃねぇか。最近は見なくなって久しいが、悪くねぇ素材だ。これ単体じゃあ難しいが、ものによっちゃあ良いモン拵えてやれるぜ」
情報の多さに考えることを全て放棄してしまっていたが、そう言えばなんとか報酬がなんとかっていうのがあったなと思い出す。あたしもつられてインベントリを開けば、確かにいくつか素材アイテムを所持しているようだった。
「ナインちゃんの方が良いもの出てるっぽいニュアンスだったけれど」
「い、いやぁ、あたしもどれがレアなのかどうかってのは……」
なにしろどのアイテムも初見だし。ここは専門家に見てもらおうとぽんぽん、っとフリックして放り出してみる。
「お、おいおい、こりゃあ……」
おじさんが特に食いついたのはくすんだ色をしたソフトボール大の歪な金平糖のようなもの。確か名前が『蒼電蟹の発雷星』。
「良質な”霊精石“じゃねぇか! こいつがありゃあ“魔術基盤”が作れる。そいつを組み込みゃあ特別な武器や防具に加工できるぜ!」
良いものだったらしい。言葉的に魔術効果付きの装備品ってとこかな。おじさんもテンションアップで、
「そうさ! まずはこいつを」
と、フリーズしたようになって。
「こいつを……ぁあ、なんだったか。どこに持ってきゃあ良いんだったか……」
急激な尻窄み。どうしたおじさん。
「すまねぇ。俺にゃあその技術がねぇんだが、どこに頼みゃあいいのか。思い出せねぇ」
「闇に餐まれると技術や歴史も失われるって説明、あったかしら」
カナリアさんの言葉に頷く。あたしたち的に言えばゲームの進行度が足りなくてシステム未開放ということになる。
「ありがとう、おじさん。素材が貯まったらまた改めて持ち込みます」
しおしおになってしまった店主を残し、あたしたちは武具屋を後にする。店を出たところでラズライトが、
「すまないな。こんな程度で恩に報いたとは思っていないが、あのまま猫たちと一緒に戻ってしまっては、君たちの印象が悪くなりかねないと思ってね。一度引き離したかったんだ」
そんなにも関係が悪いのか。ありがたいが、猫たちマジで何やったのと心配になる。
「ひょっとして猫ちゃんたちって、この国で嫌われているんですか?」
あたしの問いに、ラズライトは首をひねって唸る。
「うーん。それがよくはわからないんだ。これも闇に消えた記憶のせいだと思うのだが、彼らがどういう存在かというのはピンときていない。ただ信用してはいけない。どちらかといえば警戒すべき。という感情だけがある感じなのだよ」
「詐欺でも働いてたのかしら」
ぽつりとカナリアさん。あたしの経験上は否定しづらいのが辛いところ。
「まぁ、これは私たちの立場もあるのかもしれないからね。押し付けはしないよ。彼らを自分の目で判断できるようになるまでは、参考として注意しておいてほしい」
あたしたちは頷いた。偉い人なのに言い方はただの親切心という感じがして、なんだかこの人には好感がもてる。
「では私も城へと戻るよ。判断するのはロデットになるだろうが、彼らの商談とやらがどんなものかは知っておかないと。色々と落ち着いたら改めて私を訪ねて来てくれ。その時はちゃんとしたお礼ともてなしをさせてもらうよ」
手を振って爽やかに去っていくラズライトの背中を見送る。と、店を遠巻きに囲むように集まっているかなりの数のプレイヤーが目に入ってドキリとする。武具屋に入る前、カナリアさんに言われて気づいた時には正直ゾッとした。店の中は混雑回避のために個人、もしくはパーティー毎で別空間になっているようだった。だから彼らが大挙して押し寄せてくるという心配はなかったが。
これは後日ネットで知ったことだが、最初の夜は殆どのプレイヤーがイベントやフラグをひとつも発見できずに燻っていたらしい。早くもクソゲーだと言われ始めてもいたところで急にロデットが町の入口に兵隊を集め始めたとこから考えれば、それを見たプレイヤーたちからしたらようやくなにかのイベントが始まったと思うのは必然だ。その上その中心には全体アナウンスのあったPNを頭に貼り付けたあたしたちがのこのことやってきたのだから、嫌でも注目するだろう。
心理も理屈もわかる。だけれど今のあたしは、注目されることがとにかく怖い。ネットやゲームがどんどんリアルになっていくにつれて、その中での厄介者は昔に比べたら減少しているという。アバターの精巧さやリアルなグラフィックに伴って、ネットの向こうの生身の人間を意識するようになったのだとか。実際集まっているプレイヤーたちも多くが様子見。牽制しあっているのか、こちらになにかアプローチしようとする素振りはまだ見えない。しかし、どこにでも常識とズレ、タガの外れた人種は存在するものだ。
今のうちになにかしら理由をつけてすぐさまログアウトしてしまいたいくらいだったが、カナリアさんの存在がそれを躊躇させる。ここまで一緒にやっておいて無言落ちはさすがに。切り上げる口実を探していると、
「ねぇねぇ、おねぇさんたち」
軽薄で、フレンドリーと無神経を履き違えているタイプ特有の声に聞こえた。一言で判断して申し訳ないが、しかしあたしはこの手の輩が苦手過ぎる。彼らは3人組で、アニメ的イケメンモブみたいな没個性アバターであたしたちに近づいてくる。あぁ、偏見が止まない。
「さっきの見てたよ。どうやってイベント発生させたんスか」
「ってか二人ともガチ可愛くね? 普通に一緒に遊んで欲しいんだけど」
「ばーか。アバターの中身がどんなのか分かんねぇじゃん。クソブスかもよ。珍獣ハンターする?」
ギャハハと品のない笑い声が聞こえる。あたしの心の奥底に押し込めていた嫌なものが爆発的に溢れ出した。
(『Qcat』が九猫さんって、マジ?)
(嘘でしょww めっちゃキョドるし、歌手活動とかできなさそうだけどww)
(『Qcat』の歌声好きだ)
(『Qcat』声細すぎて無理。歌詞も言うほど良くない)
(陰キャが好きそうwww)
(なんでそんな売れてんの)
(顔出ししろ)
(ブサイクなんでしょどうせ)
(やっぱり九猫さんらしいよ)
(あの子か。普通に可愛くね)
(いや無いでしょ。ガキっぽいっていうか男子みたいで無理だわ)
(声掛けようとしたら自称友達のギャルに邪魔されたマジウザ)
(芸能人気取りじゃん)
(Qcatたんマジ尊い)
(家特定した)
(今コンビニおる)
(学校来なくなったって。お前らのせいやぞ)
(自意識ww)
忘れかけていた記憶の奔流。金縛り、いや、まるで呪いのように全身を蝕む。心が痛い。もう、彼らの声も、ゲーム世界の喧騒すら遠ざかり、聞こえない。頭の中を耳鳴りと心音が支配している。身体の中心が熱く煮え滾り、皮膚が凍ったかのように冷たい。平衡感覚を失ったように揺れる頭は、しかし石のようにずっしりと重たく動かない。ログアウトしなきゃ。思っても、その操作すらままならない。どうしよう、息が――
「大丈夫」
僅かな感覚に、ヘッドギアと操作端末が振動した。ほぼ機械的なただそれが、その時は間違いなく肩に触れられたと、現実に等しくそう感じた。それは言いようもなく優しく、思いやりに満ちていた。カナリアさんが左の肩に触れ、あたしを見つめている。
「アバターの顔が真っ青。すごいわね、このゲーム」
失いかけた意識が戻り、滞ってしまった血液が再び巡るようだった。急激に、あらゆる音が返ってくる。
「いい? これはただのゲーム。無理してまでやるものじゃないわ。あとはカナリアに任せて、ログアウトしなさい」
「で、で、でも」
「大人が頼りなさいと言ったとき、子供はそれに甘えていいものよ。こう見えて、人生経験割と豊富なの」
わざとらしいウインク。あたしも苦笑いくらいは、返せたかな。
ぽん、ともう一度優しくあたしの肩を叩いて、カナリアさんはあたしと彼らの間に入るように一歩前に出た。
「こんにちは、ガキ共」
声色は変わらない。しかしそこには三人組がたじろぐほどのなにかが込められていて。
「うわ、超、美人」
「いやだからアバターだって」
「君たち|国際ゲームスポーツ連盟《IGSF》の超法規制度って知ってる? ネットリテラシーの授業くらい小学校でもあったでしょう。それとも幼稚園生なのかしら?」
「お、おい、公式マークだぜ」
「そう。ライセンスゲーマーは顔出しのリスクと引き換えに“世界一の監視AIと法律家チーム”のサポートを受けることができるの」
「おい。や、やべぇよ」
「い、いや、俺らまだなんもしてないじゃないですか!?」
「あらそう。クソブスとか聞こえたけど?」
「い、言ってない! 言ってないです!」
「うん。あっちで話しましょう。ネットの怖さを教えてあげる」
一貫してフラットな、深刻さを伴わないカナリアさんの声が遠くに聞こえる。なにを話していたのか記憶には残らなかったが、その背中には大きな安心感があった。
〘Nine Re:birthがログアウトしました。〙
〘セーブしてゲームを終了します。〙
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≫≫≫≫≫ Save and continue……
【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●碧の黄昏と大腕ガザミ
サウザンド周辺にある鍾乳洞。その岩や土の色からこの名で呼ばれるようになった。古くは精霊力を蓄える鉱石【霊精石】が採れたため多くの人で賑わっていた。また、各国の小競り合いの種でもあった。
ダンジョンとして攻略する際は、自動生成により毎回洞窟の形が変化する。そこにいつからか住み着いたモンスターである『大腕ガザミ』がボスとして存在しており、攻略難易度は★★。
ナインたちによって一番最初に解放されたボスとなったことにより、イベントに飢えたプレイヤーたちが殺到。不運にも『最も狩られた』モンスターとして長い間君臨することになる。