ver.6 繰り返す出会いと、それぞれの戦い
「いや、ていうか君、なんて格好だ!?」
いや、こっからかい!
二人でダンジョンに再挑戦するのにあたって、あたしが体験したことをカナリアさんに共有してから訪れた鍾乳洞。二度目の装備無しイジりに心でツッコんでしまった。いや、二度目なのはあたしのせいなのだけれど。
というのも、さっきまで一緒に戦っていた二人のリアクションはまるっきり初対面と同じだったのだ。もちろん再挑戦なわけだし、異論はない。ただ、昨今のリアル志向ゲームではこういったイベント事もリアルタイム進行で一期一会なことが多い。やり直しができたり、状況がリセットされたりというのは逆に稀で、急いで現場に戻ると戦闘は終わっていたり、リタイア扱いでイベントが進行していったり、自由度の分、ストーリーが展開するような場面では不可逆で、取り返しのつかない要素であることが主流だ。
ただ、個人的にはこういったゲーム的な再会というのも嫌いじゃない。特にこれだけ精巧に作り込まれているキャラクターたちとの会話なら、色んなパターンを試して反応をいくつも見てみたいとも思うし。
なので状況と自分の身分を説明するときに、これは『二回目の出会い』だ、ということも付け加えて話をしてみる。タイムリープした人がそれを証明しようと試行錯誤するみたいでちょっとワクワクした。
「し、信じられん……」
嘘だ、と声を張り上げることもせずただ言葉を失うルクス。対してラズライトは、
「…………」
唇を噛み、黙り込む。終始冷静さを保ち、歴戦の指揮官ぶりを発揮していたさっきとは随分と違う反応。伏した視線のまま、
「……つまり、君は、一度、その……死んでしまった。ということになる、のだろうか」
絞り出すように、言う。
「私は、共に戦いながら、すぐ側にいながら君のことを守れなかったと、そういうことだろうか」
視線が合う。真剣な、しかしその瞳にはどこか余裕がない。
「……すまない。本当に、すまない」
まさに鎮痛な面持ち。項垂れるように言う彼女に返す言葉がない。いやー、こういうつもりじゃなかったんだけれど。あたしはみるみる罪悪感に襲われていくが、
「だが! こうして無事に戻ってきてくれたことが救いだ! 今度こそ、今度こそ君を守ってみせる!」
あたしの手を両手で握り、勢いよく顔を上げ、決意を込めたポジティブ爽やか全開キラッキラな表情でのセリフだった。いやこれ、乙女ゲーじゃん、もう。
「好き。良き」
カナリアさんも、変わらぬ表情で変なリアクションしないでもらえます?
「お、お言葉ですが、この者の言葉がどこまで本当か。蘇り舞い戻ったなどと……。本当にここが例の闇の中の世界なのであれば何が起きてもおかしくない、鵜呑みにするのは危険かと」
今度は逆にルクスの方が冷静だ。
「それは違うよ、ルクス。私はサウザンドの当代の軍姫だ。国民をすべからくこの剣で守り抜く義務がある。使命がある。例えそれが幻影でも、幽霊であろうと変わらない」
再びぎゅっとあたしの手を握り直し、
「必ず! 必ず守り抜く! 安心して任せてくれ!」
ずいっと顔を近づけて宣言される。熱いというか、なんというか。なんだか余計な事を言ったかなという罪悪感が萎んでいく。
「カナリアと言ったか。君も同じだ。君のことも私が守ろう」
「あら。尊い」
こうして随分と鼻息荒くなってしまったラズライトたちと再び洞窟を進んで行く。そうして辿り着いた『額縁の水平線』。まだ記憶に新しいボスフィールド。
デジャヴュのように同じ水面をザバァ、と割って現れる大腕ガザミ。その姿にラズライトたちは剣を抜き、あたしも相変わらずの借り物ショートソードを構える。
そして、初の他プレイヤーであるカナリアさん。彼女は腰に帯びた『刀』を右手で抜き、突き出す。そしてその左腰にはもう一振り。そちらは抜かずに柄に左手を添えるだけ。軽く脚をクロスさせてピタリと構えた戦闘態勢。それはとても自然で板についているように見えた。なによりむちゃくちゃ絵になる。
「さぁ、いくぞ!」
一度目の時よりも高らかに。ラズライトの戦闘開始の合図に、ルクスが躍り出る。初手から畳み掛ける二人の攻撃は、今度もいとも簡単に大腕ガザミをひっくり返し、あっという間にガザミは身体の色を濃くする。
「あれね。ナインちゃんが爆散したやつ」
……そうですね。あたしがアリスさんに唯一伝えられた攻撃パターンである。有り体に言えば第二形態、怒りモード。再び両腕を叩きつけての大ジャンプ。炸裂する地割れを踏まないよう十分注意をしながら、ガザミの叩きつけを避けられるように散開するあたしたち。今度はガザミの落下に背を向けず、盾を構えて向かい合う。目を細めるほどの衝撃。爆風。土煙。次いでそこかしこで起こる爆発。破裂。
思わず端末を強く握る。だが、さすがにネタバレの大技は無難に回避できた。しかし、ここからが本番だ。しっかりした攻撃パターン、基本ルーチンがあったことは朗報だが、NPCよりも劣った性能のAIが搭載されているとは思えない。相手も臨機応変な対応をしてくると考えて十分警戒をするべき。特にあたしはこのゲームでまともな戦闘をまだしていないのだから。
大技を回避し、再び肉薄するルクス。間隙を縫って的確に斬撃を当てていくラズライト。大腕ガザミも最初よりも素早く鋭い攻撃を繰り出して応戦しているが、予想に反して全く歯が立っていない。結局、サウザンドの騎士コンビが圧倒してしまっている。
「これは、こういうイベントなのかしら」
「そ、そう、ですかね」
危険の少ない距離を保ちながら、その戦いを傍観するあたしとアリスさん。あたしが爆散したあのジャンプ攻撃さえ避ければ、後はお強いNPCがなんとかしてくれるイベント? なのだろうか。……本当に?
そうこうしているうちに哀れ蟹ちゃん。ルクスの槍の一撃に、大きく仰け反ってついに仰向けにダウン。僅かに光の粒子を散らしながら腹面を縦断する傷跡が痛々しい。とはいえ内臓が見えてるというようなことはなく、意外とリアル表現は控えめだ。グラフィックと表現は追求しすぎても、グロに思われてしまえば抗議の声で販売中止に追い込まれるということがあるし。
「あら。終わっちゃった」
大腕ガザミの身体はじんわりと溶け出し、闇のヘドロのように変化し始める。蝙蝠もそうだったが、きっとモンスターは闇に還るというのが設定であり、力尽き滅んだことを表す表現なのだろう。今度は確信をもって武器を仕舞うラズライトとルクス。二人は蟹の亡骸に背を向け振り返る。あたしもカナリアさんの言葉に同意しようと口を開こうとしたその視線の先で、全身がほぼ闇に変わり果てた蟹のそれが、スッと消え去った。
「あ、あれ……?」
感じる違和感。金属バットは地面に染み込むようにじわじわ消えたけれど。今のはまるでストローでゼリーを吸い込んだみたいだった。一回目のラズライトのセリフが頭をよぎる。『油断するなよ』と。
「あ、あの! なんか、変です! 終わってない、かも……!?」
あたしの言葉とほぼ同時だった。ぴしりと地面からひび割れた音。あたしたちは四人同時に下を見て、四人同時に飛び退いた。
足元に現れた新たな地割れから立ち上る青白い光の柱。その数は四本。その光の中から現れる小さくなった大腕ガザミ。その数も四体。私たちそれぞれと一対一で向き合う形。その名も『中腕ガザミ』。蟹キャラが分裂とか。なかなかに自由な設定。
と、設定のことを考えている場合ではない。ついにきたのだ。あたしの初戦闘の時が。対峙する中腕ガザミは、その姿を小さくしたとは言ってもその大きさはまだワゴン車程度はある。目の前にすればかなりの迫力だ。
使い慣れない上に心許ないショートソードと唯一の心の拠り所であるオルフェウスの盾をしっかりと構える。見た目よりずっと素早い動きで、ガザミは鋏を振り上げた。
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「分裂するとは面妖な」
ルクスは対峙した中腕ガザミから視線を離さずに右手を宙にかざす。掌を中心に輝く粒子が集まり槍の形が形成された。
――秘槍『龍子牙』――
実体をもたない光の槍である。生まれたそれを掴み、身体の前で数度回転させてから腰を落とし構える。ガザミの瞳が掴みどころなくギョロリと動き、ルクスが地を蹴った。
常人なら瞬間移動したかと思うかもしれないほどの、弾丸のような突進。しかしガザミの複眼はそれを冷静に捉える。続く光槍の突きを鋏で防ぐと岩がぶつかるような音がした。逆の鋏の反撃をルクスが躱す。畳み掛けてガザミは、両の鋏を連続して叩きつける。飛び退き、翻し、ルクスが避ける度に地が抉れて土煙が舞う。怒涛の連撃の僅かな隙に差し込もうと槍を構えると、ガザミのちいさな口が開いた。瞬間、光線のような水流。ばぢぃ! と音がして、咄嗟に槍を防御に構えたルクスを大きく吹き飛ばした。宙返って着地するルクス。
「分裂した方が手強いとは。つくづく変わって――」
その呟きを遮るかのように再び繰り出されるジェット水流。紙一重で避けるルクスの肩当てが掠って削れた。続く三発目の気配に、ルクスは全身を弓のように撓らせ光槍を投げ放った。まさに矢の如く突き進んだそれは、しかし半ばで粒子と溶け、消えてなくなった。行き違いで過ぎる三度目の水流。投げ終わりの体勢で首だけ捻ると水流はルクスの頬を掠めて皮膚を裂く。鮮血が飛び散る。物ともせずに走り出すルクスに迎撃の構えをとるガザミ。ふたつの影が交差する刹那、ボクサーの拳のように鋭く突き出される鋏。ムーンサルトの形で空中に避難したルクスをガザミの視線が追う。両腕を振り上げるようにして目一杯上を向くガザミ。口腔の照準がルクスを捉える。と、同時にガザミの足元に集まっていた粒子が、勢いよく光槍を打ち上げた。
「ぎガァあ!」
突如真下から現れた光の槍は、投擲の勢いそのままにガザミの身体を縦断した。輝く風穴を開けてなお衰えぬ速度で上空のルクスへと迫る槍。彼にとっては思い描いた通りの軌道。鮮やかにそれを受け取り、勢いを殺さぬようにその切っ先を下方向へと誘導する。なにもない空中を蹴ったかのように速度を増して落下したルクスは、悶えるガザミを貫いた光の道をなぞるように突き降ろし、着地と同時に返す刀で十字を描いた。
「――!?」
呻きを上げる暇もなく、中腕ガザミは縦横に断たれ、光に餐まれるように消滅した。
◆◆ NOW LOADING…… ◆◆
ラズライトと対峙する中椀ガザミは、静かにブクブクと泡を吐いていた。それは少しずつシャボン玉のように空中へと浮き上がり、舞う。紫がかった色で煌めくそれは、割れるたびにその場で小さな雷をばら撒いている。ラズライトが警戒し、腰の刀の柄に手をかけながらじわりと後退すると、
「ブブくぅうう!」
ガザミは一気に泡を作り出して勢いよく吐き出した。風に押し出されて数多くの泡が、まとまり、渦巻き、互いにぶつかり雷を撒き散らしてラズライトへ迫る。
それを突き抜けるように紫電が疾走った。ぎいん! とガザミの鋏に阻まれて上空に放り出されたのは、細剣。鈴の音。その傍らへ、泡の奔流を飛び越えてラズライトが跳躍する。それを捉えてガザミもまた、空中のラズライトへ向かって再び泡を吹く。迫る泡の渦。対して翠色の三日月刀を振るったラズライト。生まれたのは三筋の旋風。それは泡を彼方へと拭き散らす。開けた視界。その先のガザミへ中空の細剣を掴んで再び投げつけるラズライト。しかしこれも弾かれ、細剣は離れた地面に突き刺さった。自然落下するラズライト。睨み合い。着地を狙ってガザミが一際大きな泡を吐き出した。まるで大砲の砲弾。鈴の音。泡はラズライトの着地点へと到達して、破裂した。
雷を孕んだ紫がかった土煙が舞い上がり、ラズライトの安否を覆い隠す。見つめるガザミ。煙の内の雷光が一際大きく輝いて、煙幕を突き破り現れる細剣。それはまるで地を這う雷霆。咄嗟に両の鋏をクロスして防ぐガザミ。バヂヂィ! と音を上げ、ガザミの両腕外殻がヒビ割れる。しかし細剣は、三度防がれ空中高くへと弾け飛ぶ。今度はこちらの番だと言うように、泡を蓄え始めるガザミ。
「夫婦風雷」
聞こえた声。見えぬ一閃。土煙に隠されたラズライトの一太刀は、ガザミを中心に小さな嵐を巻き起こした。激しい乱流はガザミをその場に張り付けにする。弾かれていた紫光を纏った細剣は、竜巻に巻き込まれた木の葉のようにその乱気流の中を縦横無尽に飛び回り、明らかな攻撃の意志を持ってガザミを幾度も斬りつけ、貫いた。
風が収まる頃にはガザミは、何百年もかけて風化し削り取られた岩のように朽ち、ゆっくり闇と化していく。
再びちりん、と鈴の音が鳴り手元に戻った細剣を、ラズライトは涼しい顔で鞘に納めた。
◆◆ NOW LOADING…… ◆◆
あたしはすこぶる緊張しまくっていた。なぜかと言えば、このゲームにおけるまともな初戦闘にではなく、相手取る中椀ガザミというモンスターに対してでもなく、Canaryというプレイヤーの存在にビビっている。その一言に尽きる。
協力プレイでも、対戦でも、他プレイヤーが関わってくる以上、他人の目というものからは逃れられない。そこから生まれる、迷惑をかけられない。下手だと思われたくない。失敗の原因になりたくない。など、様々な感情。それらが混ざり、凝り固まり、あたしの動きと思考を縛っていく。したはずの覚悟、決意は簡単に鳴りを潜めてしまった。
眼前の中椀ガザミはそんなあたしを見透かし嘲笑うかのように、自らは動かずジャキジャキと鋏を開閉してみせている。憎たらしい。
これが一人一殺。4つの一対一なのであれば多少は違ったが、あたしと対峙しているこいつはよりによって、
「気をつけて。またくるわ」
またか! カナリアさんの警戒の声に振り向きもせず、大きく横っ跳び。すぐにあたしがいた場所を野太い雷光が通り過ぎ、それは対峙していたガザミを直撃する。ばぢばぢっ、と耳障りな音を携えそれを身体に纏って帯電し始めるガザミ。便宜上、あたしの目の前のこいつは“ガザミ甲”、アリスさんと対峙している方を“ガザミ乙”と呼ぶことにする。そのガザミ甲、すぐさま両腕を上に掲げてダンスでも踊るかのように身体を上下に揺らし始める。すると身体に走る稲光がみるみる強さを増してゆく。
「も、もう一回、きます!」
目一杯の声量であたしも警戒を促す。後方に目をやってガザミ乙の位置を確認しながら、ガザミ甲の正面から移動する。再びガザミ甲から放たれる雷霆。被弾即落ち一発アウトに思えるくらい激しいエフェクトで通り過ぎる稲光は、再びガザミ乙へと移っていく。
そう、よりによってこいつら、お互いの間に雷攻撃を行ったり来たりさせる連携攻撃タイプの敵だった。常に対角線上に位置し、つかず離れず距離を保ち、あたしとアリスさんを取り囲んで張り付けにしているのだ。
だから必然的にお互い前と後ろにガザミが位置し、お互い背中を預ける状態でこちらも連携プレーが余儀なくされているのだ。もう、あたしにとっては相当な難易度に仕上がっている。失敗すなわち仲間の失敗。主にメンタル的にハードコアレベル。
まだわからないが、両方の撃破タイミングも合わせないと永遠に復活し続けるような仕様だったりしたら、もう最悪だ。どんだけコミュニケーションとらねばいかんのかと。
「面倒ね。その装備じゃ難しそうだから、カナリアが前に出るわ」
「す、すみません!」
ありがたいことにリードしてくださるカナリアさん。それともガチガチだったのバレたか。
「スキルON、『加速舞踊』」
カナリアさんがスキルを口頭発動する。彼女の全身に白いモヤのようなエフェクトがかかり、ガザミ乙との距離を一気に詰めた。発動したスキルは前作Shadow Rebellionにもあったものだ。短時間全ての行動速度を倍にするもの。自分だけ倍速再生みたいな能力だから扱いづらさも倍になるはずだが、正確に素早く数度切りつけたカナリアさん。それを嫌がってガザミ乙は鋏を振り上げて、
「スキルON、『精密騎士』」
対抗してさらにスキルを発動。それは剣術の正確性と会心率を上げるもの。力強く振り下ろされた一撃を、まるで空振りしたかのように音も立てず鮮やかに、刀で受け流した。軌道をズラされドシンと地面を打つ鋏。と、すれ違うように、身体をひねって逆手に抜かれたもう一振りの刀がガザミ乙の身体を下から上に切り上げた。ざがん、と鈍い音がして、ガザミに刻まれる刀傷。確かなダメージがあったのか、身動ぎするガザミ。同時に甲殻が輝き帯びる電光。
「ま、また! きます!」
今度は発生が早い! あたしが叫んだ瞬間放たれた稲妻が、ぢゅいん! と耳障りな音をたてて蛇のようにうねりながら宙を走り抜けた。真正面でその経路上にいたカナリアさんは、しかし身体を独楽のように一回転させ、右脚を大きく開いて地を這う姿勢。無傷。まさかこの人、電撃を受け流した!?
そこから伸び上がるような連撃。高速の乱舞。ガザミ乙はひっくり返ることもできずに闇に変じて溶けて消える。
流石プロの人。プレイングも然ることながら、すでにしていくつもスキルを持っていることにも驚きだ。いや、魔術なら、あるいは――
「ばぢばぢっ」
視界の端でガザミ甲が電気をまとった姿が見えた。検証も兼ねて、いや、一か八か、
「其に掲げるは白熱の陽。我が宿敵に、唸れ! 『火陽炎珠』!」
それは炎の魔術。Shadow Rebellionで幾度もあたしが唱えてきた呪文だ。ゲーム内世界観の魔術規則に則った形なら、進行度に関係なく魔術が使えるのではと踏んだあたしの読みが当たった。その言葉に呼応して生まれる小さな太陽。渦巻き状にフレアを纏いながら直進し、加速していく。光球は進路上の大気を灼きながら進んでいき、ガザミ甲の眼前で稲妻と接触して炸裂。膨大なエネルギーと光熱波が撒き散らされ、あたしは思わず目を細めた。
「ナイス」
風のようにあたしの横を通り過ぎたカナリアさんの声が聞こえた。身体のあちこちから煙を燻らせながら硬直するガザミ甲に肉薄し、無慈悲な攻撃を畳み掛ける。あっという間にガザミ甲も、乙と同じ最後を迎えた。
「あ、ありがとうございます!」
「いいえ。こちらこそ」
水平線を背にしてふわりと髪を揺らし、涼しい顔で鞘に刀を納めるカナリアさんのその姿は、まさに額縁の中の戦女神。著名な絵画のように美しかった。はずだけれど、あたしはただただ安堵に胸を撫で下ろして、深く息を吐くだけだった。
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≫≫≫≫≫ Save and continue……
【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●国際ゲームスポーツ連盟
通称【IGSF】と呼ばれる、EGsportsのほぼ全てを牛耳る巨大組織。あらゆる大会の運営、賞金制度、プロライセンスの発行、管理などを一手に担っており、その規模や影響力は五輪委員会やFIFAにも匹敵すると言われている。一般のプレイヤーは制度やネットゲームリテラシーの簡単な講習などを受けてすぐにアカウント登録ができるが、EGsportsで賞金を得た際には毎回煩雑な手続きや身分証明などが必要になる。
プロライセンスを持つプレイヤーはプロゲーマーと呼ばれ、大会参加による賞金の獲得が制限なくできるようになる。プロゲーマーは専門機関の卒業などによる資格取得や、それに準ずる成績を収めたことを条件に連盟からのスカウト、もしくはライセンス所持者の推薦を受けてのライセンス発行などがある。プロライセンスは獲得賞金に上限がなく、納税関係のサポートなども受けられるが、獲得額に応じた手数料が差し引かれる。賞金の二重受領や不正防止の観点から、原則プロアカウントは一人につきひとつ。アバターも共通のものをひとつ登録することとなっている。