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盾の魔術師、トップを疾走れ!  作者: 九五
【終わる世界、始まる世界】
5/33

ver.5 猫の思惑と、人の思惑

「――ぐぁっち」

 

 暗転あけてどこか知らないフィールド上。なにもない空間から吐き出されるようにしてあたしは土の地面に突っ伏した。ゲーム内の痛みはハッキリ感じないが、揺れる視野と端末の振動がリアルに感じさせ、思わず「あいたたた」と口走ってしまう。イベント開始時にいた街中ではない。現状を把握しようと顔を上げると――

 

「あら。大胆な格好。どうも」

 

 知らないプレイヤーの人がいた。

 

「え!? あ、や、ちょ、これは、違くて」

 

 テンパる。必死で身体を小さくし、なんとか盾を構えて隠れる。てか、借り物のローブマントもきちんと回収されてる……!

 

「ごめんなさい。色々あって、貴方を待ってたの」

 

 ……え? 待っていた? 発言の意味がわからない。待たれるようなゲーム内の知り合いなんていない、ハズ。見れば、頭上に掲げられたPNは『Canary』。かなりー? さん? どこにも記憶に引っかかる要素がない。いや、そんなことよりもこの人、見目麗し過ぎる。


 金髪ゆるふわハイポニテと、美白が過ぎる肌は輝くよう。小顔の目鼻立ちは大きく少々クールな印象。シンプルな革鎧とお洒落に着崩すパーカー、ミニ丈プリーツスカートに身を包んで、高めの身長と抜群のスタイルはファッションモデルのようだ。


 なによりもの衝撃はPNの横に鎮座する【公式マーク】。これがあるということは、この人は通称【ライセンスゲーマー】と言われるプロ(・・)ということ。つまり、このアバターは現実の外見そのままリアルトレースアバターということになる。こんな美人さん、実在するの……。CGみたい。あ、いや、この世界(ゲーム)の全ては間違いなくコンピューターグラフィックスなんだけれど。

 

「みみ見つけたにゃぁあああああああ!」

 

 困惑しながら彼女に見惚れるあたしを現実に引き戻す、聞き覚えのある奇声と共に迫ってくる影。身構えるあたしの目の前に勢いよく放り出されるなにか。土煙をたて地面を滑ったものは、猫だった。ヘッドスライディングの形のまま、動かないそれ。というか、

 

「……キキタじゃん」

 

 ガバッと起き上がる。土で汚れた顔もそのままに飛び起きて、

 

「みみみ見つけたにゃ! な、ナイーブ!」

 

「ナインです!」

 

 思わず突っ込んでしまった。ていうか、その間違いはいらんでしょ。間違っちゃいないのが腹立つ。とんでもないAI。本当にNPC?

 

「い、いい、石を、返すにゃ!」

 

 相変わらずいきなりとんでもないこと言うな、こいつ。

 

「い、いやいや。返すも何も、そっちの言い値で交換した、じゃん」

 

「…………」

 

 絶句、の彼。男の子か女の子かわかんないけど。ていうか、この世の終わりみたいな表情で顔だけ劇画調に変わってる。そんなコミカル機能もあるの。

 

「ほら言ったニャろキキタ。相手の言い分が全面的に正しいニャ」

 

 さらにもうひとつの声。視線を向ければ小さな人影。声の主はキキタと同じ猫の獣人でスリムな黒猫だった。暗めの赤色のベストと小さな肩掛け鞄を身に着けている。キキタと違いクリっとした大きな瞳はどこか知的さを醸し出していて可愛い。

 

「ちゃんとした“取引”だったニャら、取り戻す際にもちゃんとした新しい取引が必要ニャ。理を崩すような商売をするなといつも“頭取”に言われているだろうニャ」

 

「で、で、でもジバニ」

 

「せめて前回の取引でキミが得たものは返還できるよう用意をしてくるべきだったニャ。でも交換した武具は売ってしまったんニャろ?」

 

「うぅ、確かに換金してお腹いっぱい食べてしまったにゃ……。でも、このままじゃ頭取にめちゃくちゃ怒られるにゃ! すでにめちゃくちゃ怒られたのににゃ!」

 

 頭を抱えて取り乱すキキタ。話から察するに、頭取と呼ばれる彼らのさらに上司のような存在がいるようだ。

 

「それはしょうがないニャ。キミがあんなものを持ち出すからいけなかったニャ」

 

「石かと思ったにゃー。ただの無価値の石ころだと思ったんにゃー」

 

 項垂れるキキタ。ただの無価値の石ころという認識で売りつけに来たということに対して思うところはあるけれど、あたしは。

 

「そんなわけでアナタ。ナインといったかニャ。アナタとは新しい商談をしたくて探していたニャ」

 

 と、ジバニと呼ばれた黒猫。キキタに比べてこっちの子は随分しっかりしているように感じる。

 

「その石をキキタがアナタに売った時、コイツは価値が全く全然これっぽっちもわかってなかったニャ。だからこその正当な取引だったニャ。でも、もうご存知かと思うニャけど、その石はただの石ではないニャ。買い戻すどころか、残念ながらそれに釣り合う価値のものも簡単には用意できないくらいニャ。だからそれはもうアナタのものニャ」

 

「うぅ……」

 

 頭を抱えて呻くキキタ。なんか、可哀想になってきたな。

 

「そこで新しい商談ニャ。この先のアナタの冒険にボクが契約したこのニンゲンを一緒に連れて行って欲しいのニャ」

 

 じゃじゃーん。と、そう示されたのはプレイヤーであるCanaryさん。彼女は無表情ながら小さく手を振ってくれる。

 

「一緒に行ってくれるだけでいいニャ。ダンジョン内で手に入るものは全て自分のモノしてくれて良いニャ。おまけに後ほどボクたち『熊猫大商隊』の本拠地【嘗て世界の脅威の箱キャラバンフォートレス】にもご招待するニャ! さらにさらに、ご希望であれば手に入れた素材も相場の3倍で買い取るニャ! 悪い話じゃないニャ!?」

 

 高らかに言うジバニとやら。それを聞いてあたしの感想は間抜けにも、パンダでもいるのかな? だったわけだが。

 

「ち、ちょっと、考えさせてもらってもいいかな」

 

 少なくともあたしにとっては理解が追いつかないほどの超展開。一旦情報を整理させて欲しかった。

 

「む。良いニャ。でも、なるべく早く決断するニャ」

 

 ジバニの承諾を得る。目が合ったCanaryさんも、どうぞ、とでも言うような両掌を見せるリアクション。それらに甘えてヘッドギアモニターを外した。虚構世界から開放されて、部屋の空気が文字通りに顔を冷やす。しばし放心。ひと息ついて、

 

「もしかしてこれは、他プレイヤーとの強制マルチ展開……? 地獄じゃん」

 

 独りごちた。マルチ大嫌いマンのあたしにとってはこの上ない苦痛である。Shadow Rebellionは望まなければずっとソロプレイでいけたからこそ楽しかったのに……。近代ゲームはこれだから困る。


 ただ、これはあくまでイベントなので、おそらく猫たちに「いやもうあたしのモンなんで好き勝手にやらせてもらうから。あっち行って」と言えばきっと1人で再度ダンジョン攻略ということになるのでは。とも考えられたが、不運にも『Canary』というプレイヤーが目の前に来てしまっている以上そんなことをするという選択は、もはやあたしにはない。なにせアポ無しで家に来てしまった友達を(今日は一人でゲームやりたいのに……)と思いながらも部屋に招き入れてしまい渋々遊ぶ羽目になるタイプなのだ。あたしは。「約束してないじゃん、やだよ。今度にしよう」って言えたらどんなにいいか。その上、相手は歳が近いかどうかもわからない知らん人である。できるはずがない。

 

「はぁ……」

 

 深くため息をつく。できればネット落ちたフリをしてログアウトでもしたいくらいだが、今日日ネットが落ちたなんて言ったら逆に生活環境を疑われる。

 

「はぁあ……」

 

 ため息が尽きない。気持ちが重い。が、やるしかないかと腹をくくる。混乱するくらい情報過多なのは間違いない。まずは、現状確認からだ。


 ヘッドギアを被り直して虚構世界へと帰還すると画面いっぱいに、毛むくじゃら。

 

「うわぁ!」

 

「あ、起きたにゃ」

 

 どうやら、キキタがあたしの顔面に貼り付いていたらしい。

 

「……え、なに」

 

「急に魂抜けたみたいになったから、死んだかと思ったにゃ」

 

 離席状態はそんな風に認識されるの。離れていくキキタにちょっと可愛いじゃんと思いながらも、Canaryさんにはクスクス笑われてしまい恥ずかしい。


 気を取り直して。現在の疑問、知りたいことは多々ある。まずは猫たちの提案に対して質問を返していくことにする。


Q.あなたたちは、なに?

「ボクたちは“地猫族(ぢねこぞく)”ニャ。と言っても、何十年か前までは名前もなかったらしいけど、頭取の“イゲン様”がつけてくれた呼び方らしいニャ」


Q.熊猫大商隊とは?

「そのイゲン様がボクたちと一緒にやっている商売をする団体ニャ。集めた物資をより高く売れるところに持っていって売る仕事をしているニャ」


Q.“イゲン様”って?

「ナントカのナントカの内の一人で、なんでもお見通しのすごい人にゃ! でも怒るととっても怖いにゃ……」


Q.ナントカのナントカって……?

「なんだったかは覚えてないにゃ。とにかくすごい人たちの内の一人にゃ」


「ボクも詳しくは知らないんニャけど『しんりのじゅっかいしゃ』と呼ばれるすごい人たちの一人だニャ。すごい人ニャ」


Q.そのキャラバンフォートレスってどんな所?

「ワタシたちが住んでる動かない大っきいのにゃ。沢山ワタシたちがいて、働いてるにゃ」


Q.キキタじゃなくて、ジバニに答えてもらっていい?

「……!?」


「ん。【商隊集落ノアドラット】にあるボクたちの拠点ニャ。生活施設であり、商業倉庫みたいにも使われているニャ。古くからある巨大な建物らしいニャけど、なんのために造られたものなのかはイゲン様も知らないって言ってたニャ」


Q.ノアドラット……! えと、どうして君たちがついてくるのではなくて、プレイヤー……じゃない、他の冒険者に同行を依頼したの?

「ボクたちは非戦闘員ニャ。危険な場所へ行く必要があるときはニンゲンの冒険者を雇うようにイゲン様に言われているニャ」


「かよわいのにゃ!」


 まぁ、こんなものか。なんとなくはわかったし、有用な固有名詞も聞けた。要するに彼らは戦闘に連れていけないタイプのNPCで、真の重要人物は彼らの黒幕である“イゲン様”の方。世界で十人的な異名を持つキャラクターが待つ、おそらく闇に餐まれていない場所への招待。普通に考えて大きな進展が望めるイベントなのだろう。そのために乗り越えるべきハードルは、初見プレイヤーとのマルチ……!


 こういう方向での難易度は求めてないんだけれど……。やるしかないと、もう一度自身を鼓舞する。


 しかし、気になるのは彼らの思惑だ。ダンジョンに彼女も連れて行け、というからにはこのアイテムがどういうものか、中身がなにかは知っている、むしろ熟知していると考えていいだろう。キキタはともかくとして、なにせ元持ち主だし。そうとしても、目的はなんだろうか。ダンジョンの中にあるもの? なにか重要物があって、彼女にそれを回収させることが目的? 仮にNPCになにか目的や思惑があったとして、ここがゲームの世界である以上はプレイヤーであるあたしに一方的に不利益になるようなことは多分、ないだろう。全てはイベントの一環、のはずだ。


 でも、Canary。プレイヤーである彼女の存在は別だ。彼女もなにかのイベント中で、フラグと展開に導かれてここにいる。そう考えるのが自然だろうが、なにせこのゲームは底が見えない。まだまだ得体が知れないと言ったほうがいいか。それほどNPCに搭載されたAIも、世界が許容する自由度も規格外だと感じる。さっきの質問責めの時も、猫たちの返答はキャラクター性に則っていながら圧倒的に自然だった。プログラムと喋っていたとはとてもじゃないが信じられない。例えばNPCそのものが悪意を持って接してくるとか、プレイヤーが他のプレイヤーを出し抜こうとNPCを誘導したり、そそのかしたりできるとか。そういったことは可能だとすら思える。それほどハイクオリティだと言うことだけれど。

 

「ちょっと、いいかしら」

 

 考え込んでしまったあたしに、Canaryが動いた。悟られないように警戒レベルを高める。

 

「彼女と人間同士で(・・・・・)話をさせてもらっていいかしら?」

 

「なんにゃ! なにするつもりにゃ! 商談中のヒソヒソ話は密談にゃ。談合にゃ!?」

 

「雇い主はボクニャ。ボクにも聞かせられない話するニャ?」

 

 Canaryの提案に騒ぎ出す猫たち。

 

「女の子同士の大事なお話」

 

「……むむ。時は金なり時間は貴重ニャ。なるべく早く済ますニャ」

 

 と、聞き分けの良いジバニ。猫たちから少し離れたところに移動すると、無表情だが気怠そうにCanaryが喋りだす。

 

「ごめんなさい。お邪魔して」

 

「え、あ、ああ、いえいえ」

 

「なんのフラグかよくわからないんだけど。街中歩いたり。バトルしてたら黒猫ちゃんに声かけられたの」

 

「あー、その時キキタ、もう一匹の方はいたんですか?」

 

「ううん。黒猫ちゃんだけ。話も今みたいな感じじゃなくて、ナンパされたわ」

 

 ……ナンパ? どういうこと。

 

「『こんにちは、可愛いおねぇさん。ボクと一緒にランチをしながらおヒゲの数でも数え合わないかい?』みたいな」

 

 圧倒的に整った無表情のまま、その時の言い方を真似してくれるCanaryさん。さっきまでの利口そうなジバニからは想像できない軽薄さで胡散臭い。キラキラのフィルターかかって薔薇でも一輪放ってきそうな台詞。

 

「なんか可愛いから話聞いてたら街中をもうひとりの猫ちゃんが騒ぎながら走り回ってて。それを捕まえて、ここへ」

 

 黒猫ちゃんも三毛猫ちゃんを探してたみたい。とCanaryさん。女性らしく穏やかな声。独特の雰囲気あるけれど声のトーンからは、なんか良い人そう。

 

「黒猫ちゃんに頼まれた仕事っていうのは、この場所に貴方が現れたら声をかけてダンジョンの攻略を手伝うこと。もしくはダンジョンそのものが現れてたら潜って素材を持ち帰ること」

 

 なんと、依頼内容を開示してくれた。

 

「一応ちゃんとイベントらしいわ。プレイヤーを目的としてるのは珍しいけど」

 

 確かにそうだ。イベント開始時に対象がログインしているかどうかもわからないのに。プレイヤーがいなかった時の展開も想定されていたとしても、結構無茶な設定だ。しかもゲームそのものも始まったばかりだし。あたしがこちらのイベントを開始したことがフラグだったりするのだろうか。

 

「これね。もしかしたら、貴方がルートAじゃないかしら」

 

 Canaryさんがイベント詳細画面を見せてくれる。そこには『猫の誘い、熊への旅路 ルートB』とある。なるほど、確かにあたしはルートAだ。同名のイベント。タイトルを気に留めていなかったが、今なら“熊への旅路”とはつまり、“熊猫大商隊”への路だということが推測できる。きっかけと、ゴールが一緒。その過程が違うということか。こうして交わったのはそのパターンのうちの一つということなのか。複雑すぎて、フラグ管理はどうなっているのかと心配になるほどだ。

 

「……そうですね。あたしの方はルートAです」

 

「無理して一緒にやらなくても構わない。プレイヤー同士が関わってくる想定なら他のルートも用意されてるはずだわ」

 

 あたしと同意見みたい。ありがたいことに、この人からは悪意のようなものは特別感じない。フランクなのも自然体という感じがあって嫌な雰囲気ではない。話ができたのもあって、お陰で少し気が楽になった。

 

「いえ、大丈夫です。せっかくですし、やりましょう」

 

「あら? いいの?」

 

 あたしが頷くと、彼女は右手を差し出して、

 

「改めて。Canaryよ。ほどほどによろしく」

 

 読み方、カナリアさんだった。変に呼ばなくてよかった。

 

「な、Nine Re:birthです。ナインと呼んでください。よろしくお願いします」

 

 現実だったら手汗がやばかったであろう大緊張の握手だった。





≫≫≫≫≫ Save and continue……

【tips(語られぬ予定の設定たち)】

●プロゲーマー

この世界において『ゲームをプレイすることを生業とし、それによって生計をたてている』人たち、また職業を指す。

企業に所属し大会参加やプロモーションなどを行う『カンパニーゲーマー』や、自由に大会に参加して賞金のみを狙う『フリーゲーマー』、配信やタレント活動を主戦場とする『ストリーマー』など多種多様な活動が見られる。

そのうちカンパニーゲーマーのほとんどは【国際ゲームスポーツ連盟】通称IGSFが発行するライセンスを取得した者であり、その管理を受けていて、ライセンス所持者はプロであることを示す【公式マーク】が付く。近年はフリーゲーマー内にもライセンスを持つ者が増えているため、ライセンス所持者を総称してライセンスゲーマーとも呼ぶ。

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