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盾の魔術師、トップを疾走れ!  作者: 九五
【天は世界の理を、煉獄は過去を渇望す】
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ver.18.2 知らない双子と、知ってる名前③

 結果から言えば、ガライアの奥義である魔術は発動しなかった。精霊視を使わなかったからわからないが、この場に精霊力が足りなかったのかもしれない。単に今のあたしでは使用に足る能力(ステータス)が足りていない、という方が有力だが、なんにせよ術は発動せず、高らかに宣言し、なにも起こらない間抜けなあたしが完成しただけだった。


 しーん、という文字まで見えるくらいの変な間。その気まずさはあたしに正気を取り戻させた。もし魔術が発動していたら、双子が、この場所がどうなっていたかわからなかったことも考えれば、結果オーライもオーライ。むしろなにも起こらなくて良かった。


「な、な、なんだよ。ハッタリ……か?」


「びっくりしたぁ……」


 恐る恐る動き出す、双子。あたしはと言えば、極力カナリアさんたちを振り向かないようにしながら、話題を変える方法を探す。いや、恥っず!


「なんだかよくわからないのだけれど」


 とカナリアさん。本当、その、すみません……。


「これは戦えば良いのよね?」


「え、そ、そうだな」


 ワイザ少年との間にも、気まずい空気。いや、本当……。


「ご、ゴホン! とにかく、いけ!」


 主からの命令を待ち続けていた岩の兵隊は、ようやく与えられた命令に歩を進める。カナリアさんが迎撃に構え、あたしも――


《そこまでだ。双方武器を収めよ》


 頭の中に鳴り響くような声。エコーがかったその声は少し(しわが)れるも聞き覚えのあるものだった。


「お、お師匠!?」


「わぁ、やっぱり怒られる……」


 双子の反応から見ても間違いない。ガライアの声だ。


「あ、お、ちょっと……!」


 言われた通りに術を中断しようとしているのだろう。ワイザが電池の切れたリモコンでテレビを消そうとするように、兵隊に向かって何度も手をかざしているが、魔術の兵隊はガシャガシャと音をたててあたしたちに向かって歩き続けている。


「な、なんで! この!」


《……仕方ない。『水色休日(アクアノートホリデー)』》


 頭に響く声が呪文を唱えると、岩の兵隊は泡に包まれて、がしゃりと力なく崩れ落ちた。


「……ふ、ふぅ」


「ワ、ワイザぁ。ガライア様に力を使わせないでよぉ」


「わ、わかってるよ」


《子どもたち。家の中へ。彼らと話がしたい。案内してやってくれ》


「え、ま、マジかよ」


 顔を見合わせる双子。どうやら珍しいことらしい。ワイザは眉間に皺を目一杯寄せながら、


「こんなことねーけどよー。お師匠が言うんなら仕方ねぇ。ついてきな」


「狭いとこですがぁ、どうぞー」


 今度はあたしたちが顔を見合わせて、双子に続いてピーマンの中へと入っていった。







◆◆ NOW LOADING…… ◆◆







「おほほ、なんやのこれ! おもろいわぁ!」


 ピーマンの家の中は、どちらかと言えばキノコというか、焼きたてのパンというか。ふかふかとした地面や壁で作られていて、ウランちゃんがはしゃぐのも頷けた。あたしたちにとってはゲーム内感覚が制限されているのが口惜しい。


 入ってすぐにキッチン、傍らには彼らが使っているであろう二段ベッド。家具は全ておもちゃみたいなデザインで可愛らしい。そして奥にはカーテンで仕切られた部屋があり、案内されたのはその中だ。


 占いの館のような薄暗い照明。円形の部屋の中央にあったのは、銅像だ。まさに公園とかにある偉人モチーフのそれで、その人物は装飾のないローブに身を包み、片手で魔術書を開いているポーズ。ボサッとした黒髪、肩まである長髪、尖った耳と、顔の下半分を覆う髭。


 壮年というよりは老年の森林族の男性。あたしの知っている姿からは大分歳を取っているが、それは紛れもなく、


「ガライア……アニュエ」


 あたしに奥義の魔術を伝授してくれた、その人だった。


「銅像、なのね」


《そうだ。こんな格好ですまないな》


 頭に響く声。銅像は銅像のようで、口や手が動いたりはしない。決して合わない視線のまま、声だけが聞こえる。それも銅像のある方向から聞こえるわけじゃないから、目の前にしていてもそれが喋っているとは思い難いが。


《自己紹介をしなければな。私はガライア・アニュエ。実を言うと、私はとっくに死んでいる》


「えっっッ!」


 ……衝撃の事実。ネタバレ。いや、旧作のストーリーをクリアしていないあたしが悪いし、それこそ200年後の世界。生きてないよなー、と自分でも思ってたくせに、変な声を出してしまった。覚悟が足りないな、自分。


《今の私は心残りを言い訳にして、記憶と人格の一部をここに定着させ、みっともなくしがみついているだけの存在に過ぎない》


 そう言う彼の姿を見つめる。あたしが一緒に冒険をしていた頃の彼から見れば、随分と老いた姿だ。寿命の長い森林族の彼がこうなっているということは、クリア後も物語は続き、長く生きたのではないかと推測する。その時間が、幸せなものであったなら良いけれど。


《魔術師の、君》


「え、あ、あたしでしょうか?」


 不意に話を振られてびっくりした。頷く代わりに彼は「そうだ」と肯定して、


《先程の君が使おうとした魔術。あれは紛れもなく私が若い頃に構成した術式だ。環境に依存し、毎回効果や威力が変わるだなどと、突飛なだけの失敗作だと思ったものだ》


 おいおーい! 真面目に「奥義だ」なんて教えてくれたのに、なんちゅうことを言うの……。確かに難しいけど、奥義と呼ぶのに相応しい威力だとは思っていたのに。


《それは、過去の私が教えたものか?》


「はい。そうです」


 あたしの答えに、変わることのない金属の表情がどこか緩んだ気がして、


《それを教えたとなれば、私は君のことを相当に信頼していたのだろう。だが、残念だ。申し訳ないが、今の私はただの記憶で、思念でしかない。存在をこの世に留めておくために、多くの記憶を削ぎ落としてしまった。君が誰なのかは、わからない》


 旧作プレイヤーが優遇されるイベントというようなことはないだろうから、これはきっとファンサービスというか、汎用セリフなのだろう。しかし、あたしの胸に得も言われぬ切なさがこみ上げてくる。


 《だが》と前置き、ガライアは空気を大きく吸うように間を取って、続ける。


《君が背負う、その、盾。なんと、懐かしいことか。彼の名も、思い出も、命と共に置いてきてはしまったが、しかし、それでも仲間と共に過ごした時間は、私の全てに刻まれていたのだと実感する。こんな姿になってもなお、温かい》


 あたしの背中の盾が、ずしりと重みを増して、なにかを答えたような気がした。あたしはなんだか泣きそうになって、気を紛らわすために思い出話のひとつでもしようかと思ってしまったが、


《もはや残り(かす)とも言える私が、よもやこんな気持ちになれるとは。しがみついていた甲斐があったというものだ》


 淡々としたガライアの声が、優しく(ほど)けていく。


《ありがとう。名も知らぬ、()()よ》


 その言葉に、返す言葉を失った。


「ひ、ひぐ、う、うぇえ……」


「な、なんでお前がな、泣くんだよぉ、ストラ」


「だ、だっでぇ、ずっと、ずっど戦ってこられたガライア様の、お仲間(ながま)だなんでいうんでずものぉ……」


「やめろよぉ……うぅ」


「良かった……ずっとおひとりでは、ながったんですね……。良かった……良がっだ……」


 涙する双子。他人のために泣ける、良い子たちだ。


《私の代わりに泣いてくれるのか。子どもたちも、ありがとう》


「なんなのかしら。急に、この」


 カナリアさんが言葉に詰まる。表情こそ変わっていないが、目には涙をためていて。その姿にあたしは、決壊した。


《……すまないな。さぁ、本題に入ろう》


 自然と笑顔になってしまうような温かい空気の中、最初よりもずっと穏やかな声でガライアは語りだす。


 それは、『Shadow Rebellion』から『RECAPTURE HEROS』へ。


 過去から今へと、向かう話だ。








≫≫≫≫≫ Save and continue……

【tips(語られぬ予定の設定たち)】

●旧作プレイヤーへのNPCの反応

旧作Shadow Rebellionをプレイしていたことがアドバンテージになり得るとすれば、プレイヤーそのもののスキルと知識程度で、基本的になにかに優遇されるというようなことはほとんどありません。

時代が進み、世界も変わって当時を知る者も少ないですが、今回のように一部のキーキャラクターは反応が変わったりします。が、本来はその程度の変化です。



……ただし、主人公が持っている特典の『盾』、これだけは特別で、特殊な反応が仕込まれています。他の継続プレイヤーにメールで配られたものとは異質で特別な機能が備わっています。これはとある制作プログラマーの独断であり、会社に見つからないよう巧妙に隠されていて――


――おっと、誰か来たようです。またの機会に。

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