ver.18.0 知らない双子と、知ってる名前①
「ちゃんとご飯は食べてきたのかしら」
「え? えー。ちゃんと食べてきましたよ」
お昼を食べ、Watchと話して再び戻ってきたゲームの世界。三度合流したカナリアさんに言われたセリフに激しくデジャヴュ。ゲーマーたるもの一番大事なのは健康、でしたっけね。
「そういうカナリアさんこそ、ちゃんと休憩したんですか?」
「あら。気にしてくれるのかしら。ありがとう」
返答になってないですよ、おねぇさん。
「でも大丈夫よ。カナリアは集中して競技するときは休みはいれないことにしているの」
矛盾してますよ、おねぇさん。
「それに、プレイしながら“パフェフー”は囓っているしね」
「……あー、アレですか」
通称パフェフー。つまりは【パーフェクトフード】で、完全栄養食バーと呼ばれる固形食料のことだ。軍用レーションの家庭版とでも言えばいいのか、今や随分とポピュラーになった。過去やサバイバルのそれに比べれば美味しいらしく、アスリートや時間のない人、食に興味のない人が好んで食べている印象がある。一日三食これで過ごしてみた系の配信者の動画を観たことがあるが、本当にそれだけで平気らしい。あたしも食べたことはあるが、味気ないし飽きるから嫌いだけれど。
「プロゲーマーで、アレとエナドリで過ごしてるような人、多いですよね」
Watchも確か、そういうとこある。
「いるわね。でもそれはしないわ。カナリアはあくまで時間が惜しい時だけ。いつもはちゃんと食べているから」
「なら、いいですけど」
「そういえば、さっきのお友だちの子とは一緒にプレイしなくていいのかしら? なんならカナリアとは一旦別行動でも構わないのよ」
「あ、いえ。彼女は自由なタイプなので、そういう時は勝手についてきますから気にしなくて大丈夫ですよ」
「そう。それなら良いのだけれど」
そんなことを話しながら、あたしたちは街の宿屋へと戻る。部屋の扉を開けると、
「遅っそい! いつまで閉じ込めとんねん! 退屈でカビ生えるわ! 苔生すわ!」
扉が開ききるのも待たず、食い気味に飛びついてきたのはウランちゃん。借りた宿の一室で待っていてもらったのだが、
「外出たいわ! 買い物したいわ! 走り回りたいわぁああ!」
子供らしい駄々こね。とは言っても、この子を解放したイベントはスティーブさんのものだから、あたしたちが連れ回す訳にもいかない、という判断だ。思わぬところでイベントが進行してしまったり、ましてや万一戦闘に巻き込んで失ってしまったら取り返しがつかない。彼女の扱いを前もって相談しておけば良かったが。一応、スティーブさんにはメッセージを送信済み。ただ時差がある上に学校だと言っていたから返答はしばらく先だろう。
「残念だけれど、しばらくはあなたを安全なところに置いておくのが一番いいと思うの。“生贄”に選ばれるのがこの国の住民だけ、というわけではなさそうなのよ」
そう。そこが一番のネックだ。街中では戦闘こそそうそう起きないと思うし、この子が他のイベントの重要人物であるならそう簡単に危険が迫ったりもしないと思うが、どれも確証はない。とはいえ24時間護衛するわけにもいかないし……。
「えぇやん。大丈夫やろ! ウチ、逃げ足には自信あんねんで」
そこは発明品で戦う! とかじゃないんだ。とは言ってもなぁ……。
「そこで、なのだけれど」とカナリアさん。あたしがログアウトしていた間に街をうろついていた彼女が“丁度いいところ”を見つけたらしい。
それは街外れ。街の入口から最も遠いところにある丘の上だった。オルチタの居城の真裏に位置し、町並みがすっかり途絶えてしまった奥の奥。そこにあったのは家ではなく、巨大な……ピーマン?
「……な、なんですか? これ」
「たぶんピーマンね」
いや、それは、まぁ、わかるんですが。形は間違いなくピーマンのそれだが巨大で、くすんだオレンジ色。この場合はパプリカと表現したほうが正しいのか。
「もしかして、家なん? あれ」
ウランちゃんの言葉と同じことをあたしも思った。その理由は、丁度いい箇所にある“扉”が理由だ。どういうことかピーマンの下側に、木の扉が設置されている。
「なんや、ごっつい気になるで」
ウランちゃんが眼鏡を押し上げながらそれに近づこうとすると、
「性懲りもなくまた来やがったな! この魔女め!」
頭上から聞こえたのは子供の声。見上げればピーマンのてっぺんに人影が。それはそこから「とうっ!」と飛び降りて、
「あいてっ!」
と、あたしたちの目の前で着地を失敗する、少年だ。そしてもう一人。
「ワ、ワイザ、危ないからやめなよぉ、それ」
ピーマンの家の扉をガチャ、と開けて出てきたのは、少女だった。
◆◆ NOW LOADING…… ◆◆
「うるせぇなストラ! 英雄に大事なのは説得力だ! ハッタリだ! 登場それだけで敵の戦意を喪失させる! それが醍醐味で全てだゼ!」
「ハッタリって言っちゃってるよぉ……」
やたら賑やかな少年――ワイザが胸を張る。黒髪短髪で猫目に不敵な笑み。Tシャツに短パンとまるっきりいたずら小僧というような格好で、その手には竹箒を持っている。
もう一方の少女――ストラは伏し目がちのツインテール。おそろいのTシャツにこちらはスカート姿。怯えるように全身を小さくしており、顔を隠すかのように両手でしっかりとフライパンを握りしめている。顔と背丈の印象からすると、双子かな?
「やいやいやい! また来やがったな美人の魔女! 略して美女め!」
「それは褒め言葉だよぉ、ワイザ」
「うるせぇ! お前も魔術師ならしゃっきりしろ! この場所を認識されちまってることがすでにやべぇんだゾ!」
「わかってるけどぉ……うぅ」
「一体何の用だ! 何しに来やがった!」
「えーと……」
事情も何もわからないのでとりあえずカナリアさんを見ると彼女は微笑んで、
「可愛いでしょ?」
「クソガキやんか!」
ウランちゃんが突っ込む。というか、どっちもそこじゃなくて、
「目的はなんだ! 用がないなら立ち去れ!」
いや、用はこっちが聞きたいんだけれど……。
「どうやら彼らはここにいない、という扱いらしいのよ」
と、カナリアさん。“ここにいない扱い”とはどういう――
「な、なんてやつだ! 美女め! お師匠の偉大な魔術で“オルチタに絶対見つからない”この場所をオイラたちが守っているってことを、どうして知っているんだ!?」
全部説明してくれちゃったっぽい。少女ストラは頭を抱えている。
「ここはカナリアたち以外には見えない場所なのよ。一般の住民はここに道があるってこともわからないみたいだったわ。つまり、ここはオルチタの目から逃れられる『安全地帯』ということになるんじゃないかしら」
なるほど。つまりは、ここならウランちゃんを安全に匿えるかもしれない。ということなのか。
「仕方ねぇ! 追い出すぞ! 手伝えストラ!」
「もう、ワイザのバカ。本当にもう……」
意気揚々と箒を振り回し、少年は意志ある言葉を紡ぐ。
「其に象るは空虚の兵隊。我が敵に、立ち塞がれ! 『土塊兵装』!」
ワイザの目の前、小さな範囲の地面が波打ち噴水のように隆起する。それは瞬きの間に岩の兵隊を形作った。
「そ、其に命じるは果なき忠誠。我が声に、応えよー! 『即席傀儡』!」
続いたストラの呪文でその兵隊の目に光が宿る。土色だった全身が鈍色に染まり、ぎしぎしと音を立てて動き出す。
「精霊魔術……! そうか彼らは――
生み出された魔術の兵隊を前に、あたしは思わず呟く。精霊魔術。世界観的に言えばそれはプレイヤーに与えられた固有の魔術だ。この世界の住人でそれを扱えるのは一部の種族だけ。それに思い至って彼ら少年少女をよく観察する。透き通るほどの白い肌。碧い瞳。尖った耳。その特徴は紛れもなく、
――【森林族】だ……!」
他ゲームやファンタジーで言うところの『エルフ族』である。子供とは言えなぜすぐ気が付かなかったのか。彼らには旧作で散々お世話になったというのに。
「ふふふ。お仕置きが必要のようね」
怪しい微笑みを浮かべて、すらりと刀を抜くカナリアさん。……なんというか、今のセリフといい、昨日カラんできた三人組を『躾けた』と言っていたのといい、彼女の特殊ななにかが垣間見えた気がした。
ともかくイベント戦闘っぽいのであたしも武器を構えると、ワイザ少年はへへん、っと鼻を指で擦りながら、
「やる気だな! 大賢者の弟子であるオイラに敵うと思うなよ!」
「うぅ……。こんなとこで戦って、ガライア様に怒られないかな……」
……ん? ちょっと待って。
……森林族……大賢者……ガライア…………?
「ね、ねぇ、待って。あなたたちのお師匠って、もしかして【ガライア・アニュエ】のこと?」
「な、なんだよ。ねーちゃん、お師匠のこと知ってんのか?」
……。
…………。
「………………え、えぇぇぇえええええー!?」
人生で五指に入る大声が出た。
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≫≫≫≫≫ Save and continue……
【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●ケータイ端末と電子機器
この作品世界での現実は、時代的にはふわっと近未来にあたり、自動車は空は飛ばないがタクシーは無人で全自動が当たり前。ケータイ端末はほぼスマホだが完全ハンズフリー。ネットは高速が当たり前で、地球上どこにいても繋がらないことはない。という感じです。
一話前で主人公が使っていたケータイの空間粒子という機能は、端末から空中にナノ粒子を散布しそこに映像を映し出すというもの。ホログラムと表現しましたが、ジェダイのウォーズみたいなやつではなく、某お花の名前の機動戦艦であるウインドウみたいなやつです。




