ver.17 秘蔵の書物と、いつかの夏の日
◆お詫び
先週末、更新できず申し訳ありません。代わりに中途半端なタイミングですが、本日更新します。
武術は経験。反復して鍛錬を積み重ねて育てていく一方、魔術は知識だ。
一度、フル詠唱で唱えてしまえばそれ以後は短縮詠唱による口頭発動が可能になるため、経験も必要だが使えるようになった魔術を適切に取捨選択し、有効なタイミングで使用ができるかどうかというのが大事なところだ。
あたしはパスタのソースをはねさせないように慎重に口へと運びながら、分厚い書物こと『設定資料集』のページを繰る。
そもそも旧作Shadow Rebellionの魔術については、ゲーム内【清森都市パレムスーン】の王立図書館にてそのほとんどのことを知ることができた。これはそのゲーム内書籍を編集して現実に販売されたグッズであり、ゲームそのものが新しく作り変えられてしまった今では貴重な一冊かもしれない。今も買えるとしても、買っておいて良かったと思っている。高かったけれど。
精霊魔術を行使するために必要なものはリソースである“精霊力”と、呪文である“魔術式”だ。『意志ある言葉』で撃鉄を起こし、『起動呪詛』で引き金を引け。とはゲーム内表現だが、要するに決められた呪文を唱え、正しい魔術名を叫べば発動するよ、ということ。
この呪文と魔術名さえわかれば、理論上はどんな魔術でも使えるというわけだ。ただ消費する分の精霊力を持ち合わせているかはもちろんだが、自身のステータス、特定のイベントやソウルタブの所持が条件になるものあり、文字通りに呪文がわかっていればなんでも使えるというわけではないのだけれど。
ともかくここまでの所感では、一番心配な世界観、ストーリー部分はまだまだ判断ができないが、システムや操作感といった点では旧作Shadow Rebellionをそのまま踏襲しているという風に言って間違いがなさそうだ。
あたしは魔術の一覧の頁をぱらぱらと捲りながら見ていく。すぐに使える魔術を仕入れるためにこの本を持ち出してきたが、そもそも今必要な能力とはなんだろうか。
目標となるオルチタ=グラヅネカは魔物でないからハッキリとした属性相性があるかもわからない。攻撃パターンもまだ全くと言っていいほど見れていないから、直接的な対策を講じるというのも難しいだろう。
作戦の日までに個人的に勝負を挑んでみる、というのも……なしだな。これだけリアルな世界だ。どんな行動がフラグになり、状況が変わるかはわからない。沢山のプレイヤーが関わることになった以上、勝手な行動は控えるべきだろう。
とすると、考えるべき部分はそのプレイヤー側。パーティを組む人それぞれの役割からアプローチするか。
今のところ、見た感じの印象と確認できた“獲物”はこうだ。
◆yuzuharu【細剣】→DPS
◆LANCER【両手剣】→盾役 or DPS
◆Hachi【片手剣】→DPS
◆Watch【弓矢】→DPS
◆ikeO-jiKinya【戦庖丁】→盾役 or 回復役
◆Peach【片手杖】→回復役
◆Canary【二刀流】→DPS
たぶんこんな感じ。そしてあたしが、
◆Nine Re:birth【錫杖】→DPS
役割に関しては予想も入っているが、少しDPSが多そう。ikeO-jiKinyaさんが盾役もしくは回復役なのは、その武器に起因する。
『戦庖丁』は両手持ちの大刀で完全なるパワータイプの武器なのだが、ソウルタブ【職業:料理人】の専用武器でもある。
回復や強化の手段としてプレイスタイルに関係なく使用できる消費アイテムはどのゲームでも使い勝手が良く重宝されると思うが、特にこのゲームにおいての料理、食事はその役割の比重が大きい。
使用に関しては満腹度の管理こそ必要になるが、食事アイテムは安価で手に入りやすく、自作するためのハードルも低い。逆に回復薬などの薬品アイテムは、満腹度はほとんど増加させないが高価で作製にもいくつかの必須ソウルタブがある。
そういう背景から食事アイテムが回復手段として重要な役割を持っているため、その職業ソウルタブを持っていると思われるikeO-jiKinyaさんはプレイスタイルとして回復役もあり得るということだ。
そこから一応、回復役が二人いると考えれば、あたしが回復や補助の魔術を使う場面は少ないかな。逆に物理DPSが多く、かつ遠距離攻撃はWatchのみ。さらに言えば魔法職はあたしとPeachさんだけ、とすれば遠距離と範囲攻撃魔術を覚えるべきか。
思い返して今のところ使った魔術といえば、
『火陽炎珠』
◆属性:火《威力中》
拳大の火球を生み出す。狙った方向に直進して、接触、もしくは一定距離を移動時に炸裂する。
『白黒脱兎』
◆属性:獣《威力小》
七本の魔力糸を放射状に発生させる。糸は接触した対象に付着し続け、その長さに比例しEPを消費する。また『発兎』の声で影の兎を発生させる。兎は糸を辿り駆け、終着点で爆発する。
『旋空戦風』
◆属性:風
術者が視線で指定した箇所から突発的な暴風を起こす。敵を吹き飛ばす他、自分や味方が風を受け、空高く飛ぶこともできる。着地は保証されない。
『隔絶都市』
◆属性:土
術者が視線で指定した場所を中心に地面を隆起させ、3メートル四方のドームを生成する。敵を閉じ込める、盾として使うなどができる。
うーん、まだこんなもんか。もっとばんばん魔術を使いたいけれど、覚えてた旧作魔術を無理やり引っ張り出してきただけだし。それによって得られたと思わしきソウルタブもあり、やっぱり少々裏技感を抱いてしまうが、こういうものは情報が出回れば誰でも取得できるものでもあるから、そんな気にする必要もないか。
特に便利なものをいくつか選んで、あとはゲームに戻って探そう。ハドライン内にも魔術書が見れるところや、教えてくれる魔術師なんかがいるといいけれど。
ひとつ気にしなければいけないのは属性値。魔術のカテゴリーに関するステータスだ。あたしの現在値は、こうだ。
●属性値
『光』ー『闇』ー『神』ー『魔』ー『無』ー
『火』①『水』ー『風』①『雷』ー『氷』ー
『地』△『呪』ー『霊』ー『機』ー『獣』①
『壊』ー『気』ー
キャラメイク時に決めた『体質属性』は、簡単に言えば得意分野のことだ。これしか使えない、というわけではなくて成長が優遇される、他より上手くできるというニュアンスのはずだ。その証拠に、最初は選ばなかったが一度使用した『地』属性は△に成長している。と言ってもこれは段階としては『レベル0』。習得には至っていない扱いで、反復して使用を重ねていくことで△→〇→①→②→③……と成長していく。
「体質属性に選んだ以外をまともに使用できるようにしておくには事前に何度も唱えておかなきゃいけないから、やっぱり街の中で魔術の使える場所の確保は必須かな」
丁度いい空き地でもあればいいのだけれど。そう考えながら候補の魔術を選んでいると、
『着信があります。友人、浮尾千絵さんからです』
「応答。エアモニターで映して」
AIコンシェルジュの知らせに答えると、ベッド上に放り投げられていた携帯端末が、空間粒子で電話の相手を空中に表示する。等身大のホログラムモニターが映し出すボブヘアーのよく知った顔。ついさっきまでゲーム内で顔を合わせていたWatchその人だ。
「やほー、たまこー。今、大丈夫ー?」
「うん。大丈夫」
「見たらいなかったから、平気かなーと思ってさ」
「……うん、ありがとう。あたしも、自分で思ったよりか、大丈夫そう」
「そっか。よかった。いやー、なんていうか、だいぶ面倒くさい展開になっちゃってるからさー。ちょっと気になってねー。もしマルチキツかったら言ってよ。ユズハルさんには私から言うからさ」
……この友達には本当に頭が上がらない。療養中だったあたしを、こうしてずっと気にかけてくれている。彼女にも、早く大丈夫だと言えるようになりたいな。
「……ありがとう。実を言うと、昨日はちょっとヤバかったんだ。でも、あのカナリアさんって人が助けてくれて」
「そっか。ってか、あの人結構な有名人だよ。何がどうなって一緒にプレイしてんの? しかも、すでになんか親しそうだったし」
それに関してはあたしも疑問だ。なにをそんなに気に入ってくれたのかはわからないけれど。ともかく千絵にはこれまでの経緯をありのままに伝える。
「ふーん。なるほどね。それは、本当に良かったね。同じイベントに導かれるっていうのはシステムとしてありかなしかってのはまぁ置いといて、厄介や出会い厨なんかに会う可能性もあったわけだし。彼女がそんな風な人で良かったよ、本当」
あたしも同感。ネットの世界で初対面じゃ、どんな人かなんてわかったもんじゃない。最初に関わったのが、彼女で本当に良かった。そうでなければ、変わりたい、だなんて思わなかったかもしれないし、続けていたかすらもわからない。
「じゃあ、しばらくは彼女と一緒にプレイするんだ?」
「うーん、一応。その、猫のイベント次第ではあると思うけどね」
「うんうん」と満足そうな笑顔で頷く、親友。それを見て、なんだかあたしも安心する。
「それでさ、魔術を見てたんだよね。設定資料から攻略に使えそうなやつがないかなって」
「あー。あの辞書みたいなやつ。電子じゃなくて書籍を買うなんて、ハマりすぎてるんじゃないかーって心配になったけどね」
うそ。そんな風に思われてた? あたしはむしろ好きになったらそういうの集めるでしょ、って思うけれど。
「そ、そうかな」
「ま、私はグッズ方面買わな過ぎっちゃあ過ぎだからねー。いいじゃん。好きが役立ってるよ」
「そ、そうだね。えーと、それでね、あたしなりに考えてみた今のパーティの現状と必要な戦力? 戦法? っていうのがあるんだけどさ」
「お、いつものやつねー。聞かせてー。私ら脳筋にはそういう分析助かるよー」
自分がそれほどゲームをやってこなかった分、幼い頃からいつもそばで彼女のプレイを見てきたあたしは、よく思ったことを聞いてもらっていたっけ。
脳裏に蘇ったのは、まだ頭が小さくてVRヘッドギアがかぶれなかったくらいのころ。お父さん世代のレトロゲームのコントローラーを握って、ゲームのキャラクターになりきって跳ねながらプレイする千絵。その後ろで冷静にボスの動きを教えるあたし。
そんな夏の日の思い出と、魔導書のページをそれぞれ捲りながらあたしは話し始める。自分では気が付かない無意識の何処かで、随分と久しぶりに人と話すことを楽しいと思いながら。
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≫≫≫≫≫ Save and continue……
【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●職業ソウルタブについて
ソウルタブの中には【職業:】と付いたものが存在します。これは他ゲームのようにプレイスタイルを固定するものではなく、一部成長が優遇されるというようなニュアンスに近いです。
得意武器、専用武器を装備するために必要となる場合も、その【職業:】を所持していない場合は専用武器の能力を最大限引き出すことができない。というもので、装備自体は可能だったりします。