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盾の魔術師、トップを疾走れ!  作者: 九五
【天は世界の理を、煉獄は過去を渇望す】
27/33

ver.16.3 天理の真言者と、世界一の剣④

 誰も、動くことができない。


 ユズハルさんはオルチタの出方を窺っているのか、それとも犠牲も致し方ないと判断しようとしているのか、突きつけた剣の切っ先を下げようとはしない。柄を握る手には力が入り、鍔がちきり、と音をたてる。


 二人の間に突如現れたのは若い男性だった。見えないなにかに縛られて身体は硬直し、宙に浮いている。顔面蒼白で、眼前に突きつけられた剣を前に、ガチガチと歯が鳴るほど震えている。


 数秒の睨み合い。静寂を破ったのはオルチタのくつくつと笑う声だった。


「くく、さてどうする。こやつの身体を貫けば、その刃は妾に届くかもしれんぞ」


 余裕たっぷりでいやらしい笑みを浮かべるオルチタ。まさに悪役、ボス敵と言う感じ。しかし、憎らしくともその挑発に乗ることは、少なくともあたしには無理だ。それだけすでにこの世界(ゲーム)の住人たちに『(リアル)』を感じてしまっている。


 このゲームにはきっとプレイヤーの選択に『正解』は存在しない。あの男性もろとも攻撃することだって、ゲームとしては不正解ではないはずだ。どんなにリアルに見えても実際は紛れもないゲーム内のキャラクター。プログラムである彼らをそのまま認識し、そう扱うのも間違いじゃない。むしろただのキャラクターと理解し、自由の代償としてオルチタに生贄として差し出す選択をした人たちだって、むしろ真っ当にプレイをしているのだとすら思える。


「……っ! は、は……っ!」


 あたしよりも少し年上くらいの若者だろう。呼吸すらまともにできていない息遣いだ。見開かれた瞳から流れる涙。あんな表情をしている人を、あれだけ怯えた人を、見過ごし、見捨てることなど、あたしにはできない。


 ぐっと、錫杖を握る手に力が入る。ユズハルさんの判断を注視する。もし、彼の次の行動が強硬なものであるなら、あたしは――


「ふぅ……」


 ユズハルさんが息を吐き、ゆっくりと、剣を収めた。


「くくくくく。意気込んだ割には、随分と良い子ちゃんじゃの」


 悪戯な子供のように、嗤うオルチタ。


「どうした? 良いのか? 今がチャンスかもしれんぞ? ん?」


「……うっざ」


 Hachiさんが小さな声で呟く。


「スキルON『領域侵犯(サイレントライン)――ッ!」


 スキルの発動言い終わりに突如何らかの力でユズハルさんが吹っ飛んだ。


「おっといけない」


 すかさず前に出たikeO-jiKinyaさんが彼を受け止めるが、ユズハルさんのその腹部は、ハンマーでも叩きつけられたかのように鎧が砕けていた。


「……ふん、余計なことを」


 舌打ちを含んだオルチタの台詞。見ればユズハルさんの左腕には盾にされていた若者が抱えられていた。“領域侵犯”は確か魔術解除のスキル。彼を拘束していた力を無効化して助け出したのか。


「興醒めじゃな。甘ったれもいいところ、所詮は薄っぺらな正義じゃ。その程度の覚悟で妾と対峙しようとは笑止千万」


 相当なダメージだったようで、ユズハルさんはikeO-jiKinyaさんに抱えられたままだ。危機から解放された男性も、ユズハルさんの腕から離れて力なくへたり込む。


「……皆、撤退する」


 その言葉に、あたしたちは或いは胸を撫で下ろし、或いは納得のいかない顔で、それぞれ城内を後にする。背中越しに「ふん、情けないの」と、オルチタが吐き捨てた。







◆◆ NOW LOADING…… ◆◆







「スペルON『愛乃雛鳥(スマイルアゲイン)』ですぅ!」


 幸運というか偶然というか、もはや出来すぎだが、Peachさんは回復役(ヒーラー)だった。彼女の唱えた魔術が生んだ癒やしの鳥がユズハルさんの周りを舞うと、その傷がみるみると塞がった。


「ありがとう」


 回復したユズハルさんがikeO-jiKinyaさんの支えから離れる。その様子にHachiさんが頬を膨らませて、


「なんなんですか。あの卑怯でやけに煽りレベルの高いボスは」


「ああ、あんな展開になるとはね。想定が甘かったし、考えを改めないといけないようだ。やはり一筋縄じゃいかないね、このゲームは」


 そう言うユズハルさんはどこか嬉しそうだ。


「なんつーか、もうどっかで誰かを犠牲にする選択をしなきゃ、クリアできんのじゃないです?」


「LANCER君」


 軽い口調で言った彼に、ユズハルさんは鋭い視線で答える。


「悪いがこの中の誰でも、そういう考えを選択するという人がいるなら、僕は一人で攻略させてもらう」


「え、あ、いや」


 突然の宣言に言い淀むLANCERさん。彼もそういうつもりで言ったのではないと思うが、なるほど結構極端な人なんだな、ユズハルさん。


「あくまで目指しているのは“この国の全て”の解放、救済だ。漏れがあっては意味がないし、そうすべきだと思っている。犠牲はもう、一人も出さない。そう考えて挑んでもらいたい」


「……あー、そっすね。わかりました」


 察して頷くLANCERさん。流れる微妙な空気。それを変えたのは、聞いたことのない(しわがれ)れ声だった。


「おい! ディバル! 無事なのか!?」


 声の主は大柄の男性だった。短髪、無精髭で、日に焼けた逞しい腕を出した袖のない服、腰には薄汚れた布を巻いており、格好から見ればおそらく鍛冶屋かなにかの職人だろう。ネーム表示はなく、NPCだ。


「お、親方……」


 呟き応えたのはユズハルさんが助け出した、オルチタに盾にされていた若者だ。親方と呼ばれた男性は、あたしたちをかき分け彼のもとにドタドタと走り寄ってきて、


「おぉ、おぉ……。お前さんが攫われた時にゃあもう駄目かと思っちょったが、よくぞ……よくぞ無事で……」


「う、うぅ……。親方ぁ……」


 喜び、涙ぐむ二人。思わずもらってあたしも涙ぐむ。だめだよ、目の前でこういうの。感情移入しちゃうから。


冒険者(あんたら)が助けてくれたのか?」


 誰ともなく頷く。


「あぁ、感謝する。あんな風に連れていかれて命があったやつの話なんてまず聞かねぇ。こいつは奇跡だ」


 あたしたちには突然現れたように見えたが、このおじさんからしたら“連れていかれた”という認識なんだ。ここはちょっと気になるところ。


「失礼だが、『あんな風』とは?」


 あたしと同じに感じたのだろうか。ユズハルさんの問いに鍛冶屋風おじさんは、


「ん? ああ、そうだな。とにかくまずはここを離れねぇか。なにより礼もしてぇし、オレの工房まで案内させてくれ」


 と言うと、へたり込んだままの若者を抱き起こして、


「オレはエザイン。こっちはディバル。街で小さな武器工房をやってる者だ」







◆◆ NOW LOADING…… ◆◆







 現実に鍛冶屋など訪れたことはないし、むしろ現代においてゲームで見るような鍛冶屋が存在しているのかもわからないが、ことファンタジーモチーフのゲーム内であれば逆に馴染み深い鍛冶屋と言う存在。


 案内されたエザインさんの鍛冶屋もそのイメージに漏れず、煤けた薄暗い工房の中では炉が煌々と光を揺らいで放ち、あたしたちを迎えてくれた。


「改めて礼を言わせてくれ。こいつを救ってくれて、本当にありがとうよ。こいつは出来の悪りぃ見習いだが、それなりに可愛がっているんだ。あんたたちには感謝してもしきれんのぉ」


「親方……」


 普段はぶっきらぼうな親方さんなのだろう。こういう時には素直な気持ちを言ってくれて、そんな風に思っててくれたんだとジーンとくるやつだ。また少し瞳を潤わせながら、そんな妄想をする、あたし。


「僕たちがオルチタと対峙しているところに彼が急に現れたんだ。一体、どういう状況だったのかを教えて欲しい。もしかしたら、なにか手がかりになるかもしれない」


 あたしが感じた情緒も余韻もなく、攻略の手がかりを求めるユズハルさん。あたしの後ろでカナリアさんが嘆息した。


「ああ。普通、城に呼ばれる時はまず何らかの通知がくる。何日中に参内しろってな。猶予があるのは領主サマの御慈悲らしいが」


「いつもいきなり連れて行かれるものだと思ってた」とはウォッチ。おじさん……もといエザインさんは小さく首を振って、


「街中で見かけるしょっぴかれている奴らはあくまで要請に応じなかったやつらさ。気持ちはわかるが、逆らったからってどうにかなるもんじゃねぇ。この国で生活しちまってる以上は、覚悟はしとかねぇと」


「ヒドい話ですぅ」とお尻を揺らしながらのPeachさんの相槌に、Hachiさんが眉根にシワを寄せる。


「それに、呼ばれても必ず死んじまうわけじゃねぇ。試される魔術によっては無事に帰ってこれることもある。オレたちにしたら、それを願うしかない」


「それでも非道な行いであることは間違いない。僕たちはオルチタを倒してこの国に自由を取り戻したい。そのために知っていることをなんでも教えてほしい」


「ちょっと待ってくれ。オルチタを倒すって、その、あんたらがか?」


 怪訝な表情になるエザインさん。


「もちろん……実現するってぇなら願ってもねぇ話なんだがね。そんなこと、できるんかい……?」


「ああ。任せてくれ」


 ユズハルさんは、自信満々に答える。正直、さっきの流れからではあたしは可能性を感じないのだが。


「ふむ、まぁ、とにかくさっきのこいつは異例だったってわけさ。いつも街をうろついている子供の姿のあいつの分身がいきなりやってきて、ディバルに魔術をかけた。そしたらこいつの姿が忽然と消えちまったのさ。オレもこれにはやばいと思ってね、取るものも取り敢えずに城に向かったっちゅうわけさ」


「なるほど。君は、その魔術をかけられて、気がついたら城にいたのかい?」


「……あ、あぁ……。そもそも、城に出たということも理解できなかったよ。瞬きしたら、自由を奪われてて、剣を突きつけられてた……というのか……」


「ふむ……」


 ディバルさんの回答に、顎に手をあて思案するユズハルさん。いや、確かにこれは一つの重要な情報かも。やはりゲームはゲームなのだ。行き詰まらせることが目的じゃなく、流れの中にクリアさせるヒントが隠されている。


「ともかく本当に感謝してもしきれねぇ。あんたたち冒険者なら、剣も鎧も入り用だろう。なんでも言ってくれ、オレが拵えてやるさ」


 フゥー、とLANCERさんが小さな歓声を上げた。その後は少し、武具の相談やこの街のことなどを聞いてから、あたしたちは一度リッケンブラウンへと戻ってきた。


「さて、これからどうすべきかなんだが」


 ユズハルさんはあたしたちをぐるっと一度見渡して、


「僕の考えでは、このイベントを正しく攻略するにはもっと沢山のプレイヤーが必要になると考えている」


「え、そうなんですかぁ?」


 Peachさんが顎に指を当て首をかしげる。


「もっと沢山、って具体的にどのくらいですか?」と質問したのはHachiさん。ユズハルさんは深く座って、この先の作戦を話し始めた。








≫≫≫≫≫ Save and continue……

【tips(語られぬ予定の設定たち)】

●ゲーム内の貨幣価値

RECAPTURE HEROS内では固定の貨幣単位はなく、金貨、銀貨、銅貨、鉄銭が世界的な流通貨幣になります。どこの国の貨幣が質が良いなど設定としてはあるものの、ゲームシステムとしては反映されておらず、一律です。

価値の目安としては大体、金貨=10万円、銀貨=1万円、銅貨=1000円、鉄銭=100円といったところです。


まぁ、その、現状あまり買い物シーン出てきませんが……。

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