ver.16.2 天理の真言者と、世界一の剣③
定期更新予定の土曜日が、年末年始のあれこれでズレています。すみません。ご査収ください。
あ、あけましておめでとうございます。
「リスナーの皆さんわかりますか? 見えてますか? 今、若い男性が連れ去られようとしています。もしもーし、何があったんですかぁ?」
「な、なんだあんたは! 離れなさい!」
「皆さん兵隊さんですよねぇ? この人はなにか悪いことをしたんですか? 泥棒? 強盗? それとも詐欺??」
「あっち行ってなさい! 冒険者だろう、あんたは! 邪魔するようならあんたも連行するぞ!」
「なに言っているんですかぁ、ワタシはインタビューをしているだけですよぉ。ちなみにアナタはなにしちゃったんですか? 今、どんな気持ちなんですかぁ?」
……これは、その、すごいな。彼女のその行動が生んでいるのはなんというか、静かな混沌。その場にいる全員が頭の上に『?』を浮かべて戸惑っている。あたしたちはともかく、そのほとんどがNPCなのに、AIが戸惑い微妙な空気を醸し出していた。ひょっとして、ゲーム側も敵対行為と判断できず“巫女服少女”を送り込めずにいるのでは? ある種新しい攻略法とでも言えるかもしれない。
「なんだか周りの人が気の毒だわ」
同感。あたしたちはすぐにその間に割って入る。
「はーい、すみませんけど、ちょっとこっち来てもらえますか?」
「え、ちょ、なんですかあなたたち。あ、今度はワタシが連行されますぅ! 皆さん、Peachは一体どうなっちゃうんでしょう! チャンネルはそのままぁ〜!」
大した商魂と言うか、プロ意識というか。オーバーにも思えるリアクションの彼女をなんとか力ずくで路地裏に連れ込んだ。
「なにすんですかぁ! エロ同人みたいな展開はBANですよ、BAN! って、女の子ばっかり? ネカマですか? それともワタシのファンですかぁ!?」
その人は【Peach】というプレイヤーだ。鮮やかなピンクのミディアムボブ、胸元ガン開きミニスカートの露出の高い魔法少女然とした格好、頭飾りも腰巻きもモフモフのなんともコンセプトのしっかりしたスタイルだ。配信者のようだがライセンスの有無を示す公式マークはなし。
「ちょっと落ち着いて聞いてくださいね。私たちはこの国のイベント攻略のためにメンバーを募ってる者なんですが」
「わあ、スカウト? スカウトですね!? よく見たら二人もプロゲーマーの方! 大歓迎ですよぉ!」
テンション高いなぁ。
「わぁああ! しかもアナタは大人気インフルエンサーのCanaryさんじゃないですかぁ! 是非、是非コラボお願いします!」
「ごめんなさい。カナリア、貴女が苦手かもしれないわ」
「なんでですかぁ! そんなこと言わないでくださいよぉ!」
初対面でこうハッキリ言われてもグイグイくる人。この僅かなやり取りでこの方の大まかなキャラクター性が把握できた気がする。それを踏まえて“関わらないようにする”という選択肢があたしの頭の中では大きく表示されたが、ハートの強さとコミュニケーションに定評のある親友は臆さない。
「すごい可愛い衣装ですねー。配信者さんなんですか?」
「ありがとうございますぅ。『Peachのピチピチゲーム散歩』っていうチャンネルをやってますぅ」
あたしの視界にウインドウがポップする。瞬時にURLが送られてくる早業。チャンネル名でお腹いっぱいだなぁ……。
「是非、是非よろしくお願いしますねぇ」
「なるほどー。あ、『Like a GOTOKU』やってるんですねー。私も好きですよ、このシリーズ」
「そうなんですぅ! ワタシも大好きでやってるんですけどぉ、なかなか伸びなくてぇ――」
こちらも相手のチャンネルに一瞬で目を通す早業っぷり。スムーズに会話を展開するウォッチを見守る。
「――それで、RECAPTURE HEROSを始めたんですけどぉ、配信がまだ許可されていないのでぇ、ひとまずずっとプレイ録画だけしてるんですよぉ。あ、編集でお名前は伏せますのでぇ安心してくださぁい」
と言ってウインクする彼女。テンションが落ち着いてきたら、まぁ話せない相手ではないことがわかってひと安心だ。
「それでですね、イベントクリアを目指して私たちと一緒にプレイしてもらえないかって件なんですけど」
「もちろんですぅ! 悪の親玉をやっつけるんですよねぇ!? こちらこそお願いしますぅ!」
ウォッチのお陰で無事に勧誘に成功する。あたしたちの時と同じく一度リッケンブラウンへと戻ると、
「ぎやぁああああ! 世界一位の方ですぅう! バズが! バズが見えますぅううう!」
「……どうか、落ち着いてくれないか」
こうしてユズハル氏をも困惑させるやり手、Peachさんが仲間に加わった。
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かくして出来上がった8人の急造パーティ。早速向かったのは親玉ことオルチタ=グラヅネカの居城。ハドライン城だ。派手な装飾はなく、シンプルに見える作りで大きさもやや控えめ。衛兵が立っているものの門は開け放たれて、何事もなく入城することができた。
「へー、こんな感じになってるんだねー」
と、あたしの横でウォッチが言う。
「あれ、ち……じゃなかった。ウォッチは入ったことないんだ?」
「うん。私はなんかイベントを怪しんじゃって。衛兵に連れられていく人を尾行したっていうね。そしたら偶然城の前であの人たちに会ってさ」
話が聞こえていたのか、前を行くLANCERさんが振り返って親指を立てる。それに小さく手を振り返すウォッチ。その慣れた様子にあたしは思う。
いやー、しれっと参加しているけれど、この多人数マルチに流されていっている感じはあんまり良くないなぁ……。カナリアさんとウォッチがいるから成り立っているものの、一人だったら間違いなく逃げ出す自信があるよ。ウランちゃんもリッケンブラウンに預けてきているのでツッコミも望めず所在のない視線を泳がせるだけのあたし。
ぞろぞろと城内に入っていくと、広間のような場所に出た。左右にそれぞれ大きな階段があり、上の階へと伸びている。正面には巨人の住処かと思うサイズの巨大な扉。高い天井まで届くほどのそれは、見栄えはすごいが実用性は皆無に見える。
「オルチタがいるのはこの先だ」
ユズハルさんが正面の大扉を指さして、
「まずは攻略法を検証する。皆、攻撃は二の次で回避と生き残りに専念して欲しい。倒せなくとも攻撃パターンを出せるだけ出させよう」
と提案する。まさに正攻法。こと戦闘において難しいのは初見の対応。“わからん殺し”が一番厄介だ。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず。というやつですね」
ikeO-jiKinyaさんが渋くも優しい声で言った言葉にユズハルさんが小さく頷く。
「あのぉ、もしもぉ、これで倒しちゃったらどうするんですかぁ?」
「そんな簡単ではないですよ。yuzuharuさんが敵わなかった相手です。勝つことが第一目標じゃない様子見段階とはいえ、油断しないで真面目にやってください」
Peachさんが手を上げて甘ったるい声で言うのに、ハッキリとした口調で返すのはHachiさん。
「わかってますよぉ」
「倒しちまったらそりゃあ万々歳でしょう。二人とももっと肩の力を抜いて良いと思うぜ」
「わぁあ、ありがとうございますぅ」
「……ふん」
LANCERさんのフォローに甘えた様子のPeachさんと、不満げなHachiさん。というかHachiさんはどうも初対面からPeachさんへの当たりが強い。
「……はぁ」
そんな軋轢とも言えない軽いやり取りに、マルチプレイの難しさのようなものを感じ取ってしまい、あたしの肩にのっそりと憂鬱がのしかかる。果たしてうまくいくだろうか……。心配……。
「大丈夫。カナリアがついているわ。たとえ劣勢になったとしても、貴方ひとりだけはクリアさせるわ」
「……ふふ、それはどうかと思いますが、でも、ありがとうございます」
カナリアさんの言葉はオーバーだが、それでも今この中での彼女の存在はあたしにとってやはり大きい。偶然出会った親友も。
「さぁ、皆。無駄口は終わりだ。行くぞ」
そんなあれこれを無駄口と一蹴して、ユズハルさんが扉に手をかけ前進する。LANCERさんと二人で重そうな扉を左右に観音開きにすると、その先は研究所のようだった。
広い空間に用途のわからない装置が乱立している。水で満たされた筒状のガラスケース、これはよくアニメや映画で化物を培養しているような装置だろう。小さな檻の中には目だけが光る形のない獣がいて、唸り声を上げている。
それらの中心に玉座のように大きい椅子。各装置から伸びる太いコードのようなものが椅子に向かって集束している。これらだけ見るとSFを感じるような、マッドサイエンティストとの表現も間違いではない世界観。そして、
「あいつか……」
誰ともなく呟かれたその言葉が示す者。それはその椅子に座り、あたしたちを待ち構えていた。
街で会った分身少女バージョンと同じく巫女服をベースとした白衣のような格好の女性。長い黒髪はカチューシャでピシリと揃えられ、容姿端麗な顔がよく見えている。しかし、その整った顔から受け取れるのは冷たさのみで、まるでマネキンに見つめられているかのような不気味さを感じる。目の前に並び立つあたしたちを、一段上から睥睨して、
「無礼であるな」
一言、そう発した。
「ノックもなしに女性の部屋に入ってくるとは、それだけで命を奪われても文句は言えぬと思うがな。さて貴様はどう考える?」
「それは大変失礼した。しかし、まさかあなたからそんな人間味のある話が出るとは思わなかったよ」
「妾をなんだと思っておる、小僧め」
「さてね。国民を食い物にしているケダモノ為政者、とかかな?」
「言うではないか。貴様らこそ、この世界を好き放題蹂躙する害虫のようだぞ、異世界人」
ユズハルさんとオルチタのやり取りに緊張が走る。まさに一触即発という雰囲気。世界一のプレイヤーは役割演技も上手いらしい。
「さて、リッケンブラウンに屯していた貴様らが、今更雁首揃えて妾への服従を誓いに来たわけでもあるまい? なにしに参った」
「わかっているだろう。僕たちはあなたを打倒し、この国に自由を取り戻しにきた」
ユズハルさんが宣言する。腰の細剣を抜き、決闘前の騎士のように掲げた。それを合図にあたしたちも各々武器を構える。それを見てオルチタは、嘲笑う。
「くくくく。可笑しいの。貴様らはそうして思いつきの正義を振りかざしては、ただ彼らを弄んでいるだけだと気付かぬのか?」
背もたれに預けていた身体を持ち上げて、
「すでにお仲間の多くは妾に服従する証として、貴様らの言う可哀想な国民の命を差し出している」
これはすでに聞いた話だが、ユズハルさんたちがハドラインに入国する全てのプレイヤーに接触できたというわけではもちろんなかった。そうする前に彼女に迫られる選択肢、その後者を選んでしまったプレイヤーはすでに多くいて、ここをただの街として中継に使ったり、通過して行ったのだと。
「そうだね。僕らも全て一枚岩じゃあない。それは認めよう。だから、ここで止めるんだ」
ユズハルさんの言葉に、オルチタは笑みの不敵さをさらに強くして、
「しかし残念だが、妾は誇り高き騎士でも、強さ求める求道者でもない。その剣に応じる義務も、必要もないな」
そう言うと彼女は、とすん、と再び背もたれに身体を預け、頬杖、足を組み、立ち上がることすら拒否するようだ。
「そう言っていられるのも今のうちだ。すぐに無視できないようにしてやる」
とてつもなく速い飛び込みだった。まるで瞬間移動にも思える一歩が、ユズハルさんとオルチタの距離をゼロにする。引き絞られた腕が放つ高速の突き。しかしそれが、オルチタに届くことはなかった。
「……卑怯な」
「くく。よく踏みとどまったの」
突き出した剣を止めたままのユズハルさんと、座ったままのオルチタ。その両者の間には、恐怖に支配された一般人が見えないなにかに縛られるように現れ、“盾に”されていた。
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≫≫≫≫≫ Save and continue……
【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●ゲーム配信者
この世界ではゲーム配信というジャンルは一つのエンターテイメントとして確立していて、それを生業にする人も多くいます。
配信機器などはすでに必要なく、ゲームに備わった機能として、ゲームプレイがリアルタイムで録画されています。この自動録画データを企業から買い取り、編集して配信することになるため駆け出しが儲けを出すまでが大変とも。
また、録画データはかなりバリエーションがあり、自分視点や外部からカメラで撮られたようなアングルなど自由度高く選ぶことができるため、高い演出能力が求められるという側面もあります。