ver.16.0 天理の真言者と、世界一の剣①
「――ち……! じゃなくて、ウォッチ!」
思わず普段通りに名前を呼ぼうとして一文字で踏み止まって、その頭に張り付いているPNを叫んだ。
「あははー。私も始めたよー、ってそのうちサプライズするつもりが、こんな出会いになっちゃうとはねー」
金髪のインナーカラーがあるボブカット、パーツ全体に丸みがあり優しげに見える顔は可愛らしいが、表情は少年のように奔放だ。それは実際の彼女と同じ顔。つまりはリアルトレースアバターを義務付けられるプロゲーマーで、その証に頭の上の【Watch】の文字の横には『公式マーク』が並んでいる。主にFPSの選手として活動している彼女が、まさかMMOを始めるなんて。
「とりあえず、なに、この状況!?」
「そうなのよ、悪いけどここでは手を出さないでほしいんだ。そっちの綺麗なおねぇさんもね」
あたしの危機的状況に動けずにいたカナリアさんを、さらに視線で牽制するウォッチ。その傍らにはいつの間にか屈強な男性プレイヤーが立っていて、
「いやぁ、すみませんねぇ。少しの間だけ、動かぬようにお願いしますよぉ」
優しく丁寧な口調でその壮年男性はそう言うが、道着と割烹着を掛け合わせたような和風の衣装の下には、はち切れんばかりに隆起した筋肉が主張していて。また片手には人間ひとり分くらいの大きさの“包丁”をぶら下げており、柔らかい雰囲気よりも威圧感が勝っている。年輪のような深い皺が多い顔の上には短く刈り上げられた白髪と【ikeO-jiKinya】の文字があり、この人もプレイヤーだ。
「せ、説明してよ!?」
あたしが訴えると、
「むふふ、後でねー。大丈夫、悪いようにはしないから」
と悪戯な笑顔を浮かべるだけだ。……全くこの子は。勢いとポジティブマインドだけで突っ走るタイプの彼女には、普段からあたしはよく振り回されてもいる。脊椎反射人間と言い換えてもいい。経験上こうなった場合は落ち着くまで待つのが吉だ。
「……う、ぐ」
なんとかもがいて顎を上げ、カナリアさんと視線を合わせる。刀を握る手に力の入る彼女に向かって頷いて、今は従うしか無いことを伝えた。
「……なんじゃ。つまらん。お主たちはあれじゃな、『リッケンブラウン』に入り浸っている冒険者たちじゃな? 服従の姿勢は感心じゃが、こっそり爪を研いでおるとの噂もあるぞ?」
「いやいや。そんなことありませんよー。私たちはこうして同業者が騒ぎを起こさないように見回っているだけですから」
「ふん。そういうことにしておいてやろう。妾とて無用な争いは好まん。こう見えて国民を大事に扱う優しい国主じゃからなぁ」
わざとらしく笑みを作る。
「貴様ら撤収じゃ。城へ連れて行け」
踵を返す巫女服の少女に続いて、衛兵、そして抱えられるように項垂れた男性が連れられて行く。最後にほんの僅かに合った視線はあらゆる負の感情を表していて、あたしの胸に小さな棘を残していった。
遠ざかる背中を見送る。しばらくあたしたちはそれから目を離せず、群衆の緊張がようやく解けて喧騒が帰ってきたころ、あたしの腕がごりっと鳴って、あたしのHPがぱきん、と減少した。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「おっとっと。あはは、ごめんー。力入れ過ぎちゃった」
背中に乗りっぱなしの親友が脚で押さえつけていたあたしの腕が、関節の限界を超えそうになったらしい。慌てて立ち上がるウォッチ。身体が自由になってあたしもようやく立ち上がる。痛みはもちろんないが、腕の調子を確認しながら、
「で、なんなの、マジで」
問い質す。彼女は見慣れた笑顔を浮かべながら、
「そんなことよりさ、誰? 誰?? そこの美女」
「そんなことより、じゃないよ。もう。質問を質問で返さないでよ」
「いいじゃない。すぐ説明するからさ」
「……イベント上の成り行きで一緒にプレイしているカナリアさん。プロゲーマーさんなんだ」
「へぇー、へぇー!」
ニッコリと笑い、あたしの顔を覗き込む。なんなんだもう。
「こんにちは! 手荒な真似してすみません。私はウォッチ、こっちはイケオージキンヤさん。ちょっとこっちのやってるイベントの関係でさっきのには手を出してもらいたくなくて、あんな感じになっちゃいまして」
「大丈夫よ。ウォッチさんは、ナインちゃんとは知り合いなのかしら」
「現実の中学からの腐れ縁ですよ。ゲームの好みが違うんで、こうして中で会うのはほぼ初めてですけど」
「そう。仲が良いのね」
チラとこちらを見るカナリアさん。思わず視線を逸らしてしまった。ゲームでの話に限らず、家族との出かけ先とか、いつもと違う場所で出会う友達ってなんでなんか気まずいんだろう。相手に見せていなかった自分を知られるような気恥ずかしさ。あたしだけかな。
「この子、ソロプレイばっかだから、ご迷惑かけてないですか?」
母親みたいな事を言う。
「いいえ。むしろとっても優秀だわ。もう随分助けられているもの」
「え、そうなんですか?」
「ええ。その証拠に、彼女はもうカナリアの相棒になったのだから」
胸を張って言うカナリアさん。いや、それはもう決定事項なんでしょうか、あんまり強調して言わないでほしいんですが……。しかしそれを聞いてウォッチはあたしを振り返り、にこぉ、とまた笑みを作る。
「……良かったね!」
もうウザいなー、とは思わない。その一言には親友の、あたしを心配していた様々な感情が込められていた一言だと伝わったからだ。もう大丈夫、とはまだ言えない。しかし、あたしはうつむき気味ではあるが、
「…………うん」
と、控えめに頷いた。
「さて! じゃあちょっと場所を変えましょう。あたしたちが拠点にしているところがあるので、そこで他の仲間たちにも会ってもらってから、また詳しく説明します」
断る理由もない。あたしはカナリアさんの顔を見て意思を確認してから、ウォッチにも頷いてみせる。
「この街を縛っているイベント【嘘と自由は塀の中、革命の火は真理の外】の攻略パーティーである“ハドライン解放戦線”へとご案内しましょう!」
演技じみた身振り手振りで彼女は高らかに言う。そしてウインクをひとつ。
「名前はひねりがなくてダサいけどね」
余計な一言で締めた。
◆◆ NOW LOADING…… ◆◆
巫女服少女が口にした『リッケンブラウン』とは、街の中央付近にある宿屋のひとつだった。赤茶色の外観をしたレンガ造りの建物で、内装も温かみのある雰囲気。暖炉に暖色の家具、調度品も地味すぎず派手すぎず、入った瞬間に居心地の良さを感じる素敵な空間だ。
そこへ案内されたあたしたち。入るとすぐのところにカウンターがあり、ちょっとしたバーを兼ねた受付といった感じ。その奥では濃いヒゲを蓄えたダンディーなおじさんが静かにグラスを拭いている。
「……いらっしゃい」
低い声でそれだけ言うおじさん。NPCでお店の人だ。
「どもー。また人増えちゃいそうなんですけど、お部屋って余ってますよねー?」
気安くそう話しかけるウォッチ。おじさんは黙って小さく頷いて、
「どもども。じゃあ、一旦こっちへ」
そこを通り過ぎ、ロビーというかいくつもソファが置いてある広い部屋へと案内された。そこであたしたちを待っていた、のかはわからないが、くすんで渋い色になっているローテーブルを数人が囲んでいた。全員プレイヤーだ。
ひとりは革鎧に身を包んだ赤髪で、表情が少しチャラい感じのする無精髭の戦士風の男性。PNは【LANCER】。
もうひとりは鉄の胸当て以外は軽装の、黒髪おかっぱ頭の少年。いや、少女、かな? 童顔で中学生くらいに見える。PNは【Hachi】。ふたりとも公式マークはないのでプロでなく、おそらくリアルの外見ではないだろう。
そして――
「……わ」
思わず小さく声を出してしまった。先のふたりに挟まれて中央に座る人物。もちろん初対面の相手だが、その名前も、顔も、声もあたしは知っている。
白色のシンプルな軽装鎧を身に纏った騎士然とした男性。頑強というよりスリムなそのフォルムは自身のスタイルの良さを際立たせ、短い黒髪と真っ直ぐな瞳は実直で誠実な人柄そのものだ。身につけたものの殆どが白を基調としていることも、その印象を強調するのに一役買っている。腰に細剣を携えて、長い脚を折り曲げて窮屈そうに座っている。
「やぁ。よく来たね。Watch君、ikeO-jiKinyaさんもご苦労だった。さぁ、まずは掛けてくれ。僕からこの国の今の状況を説明させてもらうよ」
穏やかながら、芯を感じる声だ。
彼こそがおそらく、いや間違いなく“日本で一番有名なプロゲーマー”、現・世界一位の獲得賞金額を誇る【yuzuharu】こと、『柚春 新』選手だ。
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【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●著者からのお知らせ
読んでいただきありがとうございます。
なんとなくここからお読みになった方、是非1話から読んでみてください。
追っかけてくださっている方、本当にありがとうございます。
先日評価していただいて狂喜乱舞でした。
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この後書きtipsで簡単な設定などは公開してますので、知りたいことなどコメントしてくださると、こちらで解説するかもしれません。
未熟ですが、引き続き拙作を楽しんでいただければ幸いです。




