表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盾の魔術師、トップを疾走れ!  作者: 九五
【天は世界の理を、煉獄は過去を渇望す】
22/33

ver.15 忍び寄る恐怖と、現実の親友

「うわぁ……」


 あたしは街並みを見渡しながら、思わず感嘆の声を上げた。


 【偽由国(ぎゆうこく)ハドライン】


 それは旧作Shadow Rebellionでは存在していなかった街だ。広大な土地に整然と石造りの建物が並んでいる。白を基調としながらも、要所で色味のある石が使われていて温かみも感じる街並みだが、異常にも思えるほどに高い城壁がそれを囲って影を落とし、空を切り取っているため同時に無機質な印象も与えている。


 その中で、かなりの数の人が生活しているようだ。その殆どがNPCであり、入国を躊躇(ためら)わせる警告文が出るイベントの影響か、プレイヤーはチラホラ、という程度だ。


「いらっしゃい! 旅のお方! 安いよ!」


 露天商が活気のある声で呼び込んでいる。覗き込んでみると八百屋らしく、店先にはアーモンドのような形のオレンジや、烏賊のようなフォルムのトマト、飴玉サイズのスイカなど、ゲームならではというような商品が並んでいる。


「そう言えば、カナリアたちってお金いくら持っているのかしら」


 並んで歩くカナリアさんが呟く。先走って入国した彼女とも無事合流できた。


「あー、前作からモンスターはお金をドロップしなかったので、素材や換金用アイテムを売るとか、どこかしらで報酬を得られる依頼をこなすとか、そういう仕様だと思います」


「じゃあ、ボスを2体も倒しているから、素材は結構溜まっているんじゃないかしら?」


 と、ウインドウを開くカナリアさんだが、


「あら。思ったより少ないわ」


 そりゃあ、あなた一度アイテム全ロストしているので……。ちなみに今調べてみたが、モンスターなどにやられた場合は所持金のみ半分に。PKを受けたことによる所持金やアイテムのロストはないようだった。ということはおそらくあの闇に飛び込んで死んでしまった場合のみ、全ロストなのだろう。


「ごめんなさい、ウランちゃん。今日はカナリアたちは野宿だわ」


「あんたら文無しかい! なんや、裕福な冒険者に拾われたかったわ……」


 という会話を聞かれていたということはないだろうが、


「そこ行く冒険者さんたち! 外国の人たちはハドラインでの宿泊はタダですよ! 是非うちに泊まっていってくださいな!」


 元気なおねぇさんが呼び込みをしているのを振り返れば、そこは宿屋のようだった。


「ずいぶん太っ腹な街ね。ありがたいわ」


 システム的に言えばプレイヤーはこの国に軟禁されるような状態だから、お金やアイテムは調達しづらくなることへの配慮だろうか。見れば宿屋以外も、冒険者への無料提供を謳っている店が多いようだった。これはむしろ、装備品の新調とかを積極的にやっておくべきかも。


「なぁなぁ、ウチも外国人やんな! あれ食べたいわ! あれ!」


 ウランちゃんが年相応の笑顔で指差したのは屋台だった。加工された肉の串焼きだろう。あたしたちに匂いは感じずとも、縁日のそれを連想する見た目と焼き音は確かに食欲をそそる。


「そうね、腹ごしらえもいいかもしれないわね」


「ひゃほう!」


 あたしたちを置いて屋台に駆け寄るウランちゃん。そう言えばあたしたちプレイヤーにも所謂『空腹度』が設定されていて、これが空になり続けるとスタミナが減少し、次いでHPが減少して餓死するということは判明している。回復アイテムとしても一番お世話になるだろう食事は疎かにしないほうが良さそうだ。


「おじさん、それみっつくださる?」


「あいよ! おねぇさん綺麗だから一本サービスしちゃうぜ!」


「あら、ありがとう。でもやるなら皆にサービスしてくださるかしら」


「せやで! ウチも可愛いやろが!」


「あっはっは! わかった、お嬢ちゃんたちにも一本サービスだ!」


 ゲームとは思えないやり取りだな。というかNPCがアバターの見た目を評価して対応を変えるのか? 好みが設定されているのか、リアルタイムでAIが思考するのかはわからないが、相変わらずとんでもなく自然な世界を作っている。


「うひひ」


 両手に串焼きを持って大満足なウランちゃん。あたしもひとつ食べ、もう一本をインベントリに仕舞う。と、


「た、助けてくれ! お願いだ!」


 ざわっ、と空気が騒いだ。振り返れば往来で取り押さえられている男性が大声を上げていた。その人の腕を掴んで地面に押さえつけている複数の男は衛兵だ。壁門などにも立っていた兵と揃いの鎧を身に着けている。


「な、なんで俺なんだ! 頼む! 見逃してくれ!」


「抵抗するな! あんたもわかっているだろう! 大人しくしてくれ!」


「い、嫌だ! 助けてくれぇ!」


 悲痛な叫び。会話の内容からは、どうやら単純な盗人などの捕物ではなさそう。


「どうしたのかしら」


「……さぁ」


「痴漢でもしたんか、あのおっちゃん」


 串焼きを頬張りながらウランちゃんがそう言うが、気になるのは被害者的な人物がこの場に見当たらないことだ。痴漢にせよ盗みにせよ、女の人やら店の人が近くにいそうなものだが。


「イベントかもしれないわね」


 そうなのだ。あたしたちにとってはこういったトラブルは本来積極的に関わるべきものだ。目立つ事件や明らかな変化はストーリー等の進行フラグだと見るべき。特にこの街を出るためにイベントをクリアしろと言われているからには、その考えが一番しっくりくる。


「助けろ、ということでしょうか」


「そうだと思うわ。いきましょう」


 頷いて、渦中へと近づくあたしたち。気になるのは、それを見ている取り巻く群衆、街の人達がどうもなにかに耐えているような表情を皆一様にしていることだ。目をそらし、唇を噛んでいる。それが直視したくないもののように。


「お待ちなさい」


 カナリアさんが声を掛けると、再び空気がざわりと震える。


「……あんたら余所者には関係のないことだ。余計なことはせずにいてもらいたいんだが」


 男性を押さえつける衛兵が、こちらに鋭い視線を投げつけて。


「弱いものいじめ、にしか見えないのよ。悪いのだけれど、そういうのを見過ごせる(たち)じゃなくって」


 すらり、とそれ以外の衛兵が剣を抜いた。随分と話が早い。


「邪魔をしないでくれ。あんたらの軽率な行動が、この国の全てを左右してしまう。頼むから、余計なことをしないでくれ」


 衛兵は繰り返して言う。なにかがおかしい。彼のセリフも、剣を構える他の衛兵の表情も。なにより押さえつけられている男性が、声を上げることをやめている。助けを求める表情にも、それを押し殺している表情にも見えた。


「困るのぉ。郷に入っては郷に従え。異界の人間はちゃんと外来らしく自覚を持って振る舞ってもらわねば」


 更に聞こえた声。一層空気が張り詰めた気がする。その主は、少女だ。ウランちゃんと同じくらい、10歳前後に見える少女。巫女服をベースにした白衣? のようなデザインの白装束。濃いアイラインのメイクはどこか歌舞伎などの和風な要素も感じさせる。


「妾が来たからにはもう安心じゃ。お主等は自分たちの仕事を全うするがよいぞ」


 少女が見た目にそぐわない口調で言うと、衛兵たちは剣を納めて男性を連行することに専念し、抵抗していた男性も、観念したような表情で大人しく従い始めた。


「悪いのだけれど、それで引き下がれる場面じゃないのよね」


 カナリアさんが刀を抜いた。あたしも錫杖を構える。見るからにこの少女が重要人物だな。この場で戦う相手と見える。


「ほう、刃を向けるか。余所者も余所者、全くの新参じゃな、お主等。それと……」


 余裕の笑みであたしたちを値踏みするように見る少女。その視線がウランちゃんで止まって、


「……貴様。いや、まさかな。そんなこと、ここ数百年は起きなかったことじゃ。それに全く魂に()()()()()()()などと、あり得んわ」


 ひたすらに意味深な事をいう少女。うわー、なんかフラグかな。やっぱりウランちゃんはこの世界的に見て重要人物なんだろうか。スティーブさんのイベントで出た子なのに、なんか申し訳ないなぁ。でも、なんでこう世界観が見え隠れするとワクワクするんだろう。謎が深まるほどもっと知りたくなる。もっとちょうだい。


「何も知らんようだから親切にも妾が教えてやろう。この国は衣食住を保証し、その上なにをするにも自由じゃが、決して(たが)えてはならん掟がふたつだけある」


 腕組みをし、顎を上げて言う少女。


「ひとつは決してこの国から外に出ないこと。そしてもうひとつは、この国の支配者たる妾に逆らわぬことじゃ」


 緊張が走った。その言葉に反応したのはあたしたちではなく、周りの人たちだった。怯えと怖れが充満する空気。すごい……。この世界(ゲーム)のNPCには確かな感情がある。


「その抵抗しておった男も、城に参内せよと妾の命が下っただけじゃ。大人しく従わん場合は本来なら極刑じゃがな。今回はまぁ、大目に見てやろうかのぉ」


 チラとその男性を見る。絶望に染まった表情。城に来いとの命令、それがいかにろくでもないものなのかが明らかだ。


 あたしたちは視線を交わす。カナリアさんも同じ気持ちだというのが伝わる。ゲームの中の話とは言え、いや、ゲームの中だからこそ正しく悪には抗いたい。


「ほう、それでもやる気か。よかろう、ならば少し遊んでやろう」


 カナリアさんと少女。ジリジリと二人の距離が近づく。まさに一触即発。あたしも魔術の呪文を頭の中に思い浮かべ――


「うぶっ!」


「っ! ナインちゃん!?」


 ――急な衝撃と共に、あたしの視界が地面に埋め尽くされた。身体が動かない。これは、腕をとられて押さえつけられている……!


「やっほー、ゲームの中(こんなところ)で会うのは珍しいね」


 頭上からの緊張感のない声。なんとかできる限りに首を捻って目線を上げればそこにあったのは、あたしを地面に押し付け背に乗って、眼前に弓矢を突きつけ尻に敷く現実世界での親友の顔だった。








≫≫≫≫≫ Save and continue……

【tips(語られぬ予定の設定たち)】

●偽由国ハドライン

ナインは前作では存在しなかった街だ、と言っていますが、実はShadow Rebellionでも存在していた街でした。この間の数百年で支配者である『真言者』の意味合いが変わり、名前も街並みも変わっています。特に巨大な城壁は今作からできているものです。彼女なら街を隈なく歩けば気付けるかもしれませんが、イベント攻略上では特別必要な情報でも、重要なことでもありません。過去作をプレイしていないと理解しきれない、というような要素は基本ない仕様です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ