ver.14 偽りの自由の国と、革命の日
今週から週末更新としています。
その日は雨が降っていた。激しい雨と言うには少し足りないが、ひっきりなしに雨粒は屋根や窓を叩いている。
「お母さん、へいたいさんがいっぱい」
外に遊びに行けず、暇を持て余して窓ばかりを見ていた幼い男の子が窓の外を指さして、
「駄目よ、危ないからこっちへいらっしゃい」
母は優しくその子を抱き寄せる。
「あぶないの? なんで?」
「雨が、その、入ってきたら濡れちゃうでしょう」
母の手。寄り添うそれは優しかったが、冷たく、小さく震えている。
「どうしたの? お母さん、さむいの?」
子どもの問いに母は小さく微笑んで、
「大丈夫、大丈夫よ。きっと」
そう言って窓の外を見た。特徴的な音を立てる衛兵のブーツが、慌ただしくばしゃばしゃと雨水を蹴り上げどこかへと走っていく。
ついに、始まってしまったのか。母親は表情を固くして、子供を思わず強く抱く。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
自分のマネをしてそう言う子供。母は溢れそうになる感情を押し留めて、
「……ありがとう。そうね、きっと、大丈夫よね」
自身に言い聞かせるように、呟く。
この先どうなってしまうのか、それは誰にもわからない。支配する者だろうと、支配される者だろうと。そして、見知らぬ冒険者たちだろうと。
彼らを信用できないわけではない。この国に真の自由がやってくるのであれば、それはどんなに喜ばしいことだろうか。しかし、どんな強者が集まったとて、あの【天理の真言者】が倒れる姿も想像することができないのだ。
たとえどんな結末になったとしても、ただただ、この子が笑っていられる明日がきますようにと祈ることしかできなかった。
◆◆ NOW LOADING…… ◆◆
「貴様ら! 自分がなにをしているのか、本当にわかっているのか!? 妾を知らんわけではあるまい!」
巫女服のようなデザインの白装束を着た少女は追い詰められていた。元々は純白だったであろうその衣服は降り続く雨と泥で汚れており、袖や裾は破れ、また刀傷のように裂けているところもある。
その少女を狭い路地で取り囲んでいるのは複数の男女。戦士風の男、盗賊のような格好の女、その出で立ちは様々だが、皆一様に頭の上に文字を乗っけている。それはこの世界における冒険者である証明だ。
「もちろん。よくわかっていますとも。あなたがこの国の支配者たる【天理の真言者】、『オルチタ=グラヅネカ』だということは」
答えたのは小柄な剣士だ。急所のみに防具をつけた身軽な装備。清潔感のあるおかっぱ頭で、少女とも少年ともとれる中性的な見た目。頭上のPNは【Hachi】。真っ直ぐにオルチタと呼んだ少女を見据え、細身の剣を突きつけている。
「あなたの人を人とも思わない非道な所業。これ以上見逃す訳にはいきません!」
「……異界の冒険者風情が、知ったような口を聞きおって。だが残念じゃったな。所詮妾はただの分身じゃ。倒したところで――」
「わかっていますとも。国民を常に監視しているあなたの分身11体、今この時刻をもって全て制圧しています」
「な、なんじゃと!?」
オルチタの幼い顔が驚愕の色に染まる。感覚を共有する他の自分と繋がろうと試みて、反応がないことに歯噛みする。どうやら、ハッタリではない。
「……ちっ。戦闘に気を取られ、気付くのが遅れたか。貴様ら一体何者じゃ。なにを目的にこんなことを」
「目的? そんなもの、あなたが一番わかっているでしょう。自分の胸に――」
会話の最中、膝をつくオルチタの手が魔術を放つ形に変化したことをHachiは見逃さなかった。一足飛びでその距離を詰め、手に持つ剣でオルチタの薄い胸板を刺し貫いた。
「――聞いてみなさい」
「ぐ、くそぅ……!」
ひとつ呻いて崩れ落ち、地面に倒れ込むオルチタ。仰向けに倒れるその身体は、輪郭が揺らいで滲むように静かに消えていく。
「……ふ、ふん。気に食わんが、妾の負けか。だが、その程度の腕では真理の端にもたどり着けぬわ。精々、蹂躙されるがいい」
その捨て台詞と少女の身体は、雨に散らされ煙のようにかき消えた。
「な、な、なんということを……」
剣を納めるHachiのもとに、バタバタと衛兵が駆けつけた。消え去るオルチタの姿を目撃して、青ざめた表情になり、
「あ、あんたら、こんな事をして、どうなるかわかっていないのか!?」
「そ、そうだ! お前ら冒険者たちはこの土地を離れれば住むが、お、俺達はここに暮らしているんだ!」
「あぁ……い、一体、どんな報復があるか……」
衛兵たちは口々に言う。彼らを拘束するという仕事すら早々に放棄し、血の気が引いた顔で立ち尽くしている。
「ご安心ください! 我々は“ハドライン解放戦線”です!」
Hachiが高らかに宣言する。
「現時刻をもってオルチタ=グラヅネカの監視用分身11体を全て撃破したことを確認しました! 皆さんの安全は保証します! ハドライン軍に所属の皆さんには、情報リスクの観点から事前に計画をお話することができませんでしたが、我々の精鋭部隊が今、城へと攻め入っています」
その言葉を、固唾をのんで聞き入る衛兵たち。雨がより激しくなった気がする。
「我々は今日! 確実にオルチタ=グラヅネカを打倒し、冷酷非道な支配者の統治を終わらせ、この国に平和をもたらすことを宣言します!」
呆気にとられたような空気が徐々に弛緩し、ざわざわと喧騒が生まれる。信じられない、というような疑念を切り裂くように刀を抜くHachi。大袈裟に抜刀してしゃりん、と刀身が音を鳴らす。掲げた鈍色の輝きに、一同が注目した。
「皆で勝ち取りましょう! 平和を! 安寧を! 自由を! 今日こそが、革命の日なのです!」
しん、と静まった。雨音さえも無くなったように感じる静寂。そして、ゆっくりと、遠くから動物の群れが迫ってくるような、地鳴りのような声が沸き起こる。歓声。怒声にも近い悲壮感を孕んだ歓声。こんなことは、親、そのまた親の代でも聞かれたことのない大事件だ。
虐げられていた者たちの叫び。それはいよいよ激しく降り出した雨を押し返すような勢いで、暗い空へと吸い込まれた。
◆◆ NOW LOADING…… ◆◆
その雨の日からゲーム内時間で10日、現実時間で3日ほど前、ちょうどあたしたちがハドラインにたどり着き、入国の注意を促すウインドウに行く手を阻まれた時まで遡る。
「入国したらイベントクリアまで出られない……?」
当然、疑問符が浮かぶ。文言とタイミング、今あたしたち全員に対して発生している事を考えれば、訪れたプレイヤーに漏れなくアナウンスされるものだと見て良いだろう。イベントがなにか、はもちろん気になるが、
「えぇと、どうしましょうか」
思考を委ねてみる。先走って選択するのは苦手なあたしだが、
「え? 当然、入――」
すでに『はい』を押していたらしいカナリアさんが壁門に吸い込まれるように消えていく。この人は……。考えなしなんだか冷静なんだか……。
残され顔を見合わせるあたしとStevepunkさん。そして、当然だが成り行きのわかっていないウランちゃん。
「えーと、あたしはひとまずPvPが起きない街中でしばらく過ごせるのは希望通りかなと思うので、彼女の後を追って入ろうと思います。Stevepunkさんは――」
「あ、スティーブで良いでヤンスよ」
「え、あー……えーと、ありがとうございます。その、じゃあ……す、スティーブさんは、どうしますか?」
いやー、慣れないなぁ、人のこと名前で呼ぶの。無駄に緊張する。歳下だとわかったけれど、タメ口とか、急にフランクにするのも変だし。きっとずっと敬語になるなと思う、先輩力ゼロのあたし。
「そうでヤンスね。どっちでも良いんでヤンスが、どうせ落ちようと思っていたでヤンス。イベントの中身もわからないことでヤンスし、あっしは入国せずにログアウトさせてもらおうかと思うでヤンス。それで、でヤンスね……」
若干口ごもるスティーブさん。
「そのー、フレンド登録を……して、もらってでヤンスね。またインした時に、メッセージでもでヤンスね……」
「あ、あー、そ、そうです……ね。その後のイベントも、そのー、一緒にやるとか、ありますもんね。えっと、えー、あれ? どうやるんでしたっけ」
「い、いや、あっしもこういうの慣れてなくてヤンして……」
「青春か! 急にモジモジしよってからに、なんやねんなおたくら」
ウランちゃんのツッコミを横に、ぎこちなくフレンド申請を消化するあたしたち。如何せん、マルチとかフレンドとか、MMOリア充なムーブはしたことなくて……。というかスティーブさんは最初あたしたちにスムーズに話しかけてきた気がするけど?
「あ、ありがとうでヤンス。ではお疲れ様でヤンした。またよろしくお願いしヤンス」
ニッコリと笑って人狼が光の粒子になって消えてゆく。そのログアウトを見送ってあたしは、目の前に出続けていた警告ウインドウにようやく同意するのだった。
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≫≫≫≫≫ Save and continue……
【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●VRゲーム内のゴア表現
技術の発展によりリアルになり過ぎているゲームに対して、現在もリアルタイムで法律や業界内の決まりが制定されていっています。特に身体的、精神的な被害の訴えから血や怪我、戦闘、暴力などの表現には大きな制限が設けられています。ただ宗教や国で少しずつボーダーが違い、RECAPTURE HEROSは日本企業制作のゲームのため、こういった表現は厳しく制限されている部類に入ります。血液表現はなく、ヒットエフェクトでの表現などです。
これによって大きく影響を受けてしまったのがホラーゲーム系で、国によっては『予想される到達最高心拍』のデータまで提出する必要すらあり、お陰で規制をクリアしてかつ面白いホラーゲームとなって世に出るものは年に数本になってしまいました。そのためファンは今もレトロハードをプレイしている人が多く、企業も需要を見越して突然レトロハードで新作を出したりしています。