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盾の魔術師、トップを疾走れ!  作者: 九五
【終わる世界、始まる世界】
17/33

ver.12.2 金糸の妖精と、銀炎の虎③

「ふぅー。やっぱり対人は面白い!」


 結局ほぼパーフェクトじゃない。さぞ楽しかったでしょうね。そんな負け惜しみくらいは言いたかったが、カナリアの声はすでにVery Niceに届かなくなっていた。


 Very Niceが現在持つスキルの中で最も威力の高い一撃だった。直撃したカナリアのHPはほぼ底をつき、僅かに残った分も弾き飛ばされて森の入口の大木に衝突した時点で全て吐き出された。


 衝撃に大木はへし折れ、切り株程度に残った根本にもたれてカナリアは、動かなくなった身体で、薄暗くなった視界でその成り行きを見ていた。


「反応も判断も早くて素晴らしいね。お互いもっとステータスが育ってからまた対戦したいよ」


 サービス始まってまだ一日。ここで負けるのであれば単純な実力差だわ。と、カナリアは聞こえない声で言う。コントローラーと指で操作し、キャラクターがボタンに対応して決められた動きをしていた時代と違って、VRゲームにおけるアクションの難易度は、自由度の高まりに比例して年々上がっている。


 アバターの動きをどれだけ正確に想像(イメージ)できるかが重要になる拡張感覚操作に、現実で武道や格闘技を習ったり、スポーツ工学や人体の動きを勉強する(ゲーマー)も増えてきた。それでも実際に身体を動かすのと、現実ではありえない動きもできる仮想器官(アバター)を動かすのでは必要となる能力には大きく違いがあった。仮想の器官をどれだけ自分の一部と“勘違いできるか”が重要とも言われ、世間では催眠術にかかりやすい人の方が上手く操作できるなどという根拠のない噂まである。


「さて、さっきの二人、特に女の子の方が今1位の娘なんだよね。いやー、強いのかな。楽しみだな」


 ウインドウを開きながら、無邪気さすらある笑顔で言うVery Nice。それを見ていることしかできずカナリアは、リアルを追求して作られた世界なら、死にかけでも這いずって首元に噛みつけるくらいの機能もあればいいのにと思った。ただ画面に表示されている復活(リスポーン)までの数十秒がもどかしい。


「それでこの森を……あれ、猫さんはどっか逃げちゃったか。まぁいいや。お、本当にポイントもらえたね。これでこの世界では犯罪者ってことになっちゃうらしいけど、逆に言えばPC、NPCどっちも強い人が挑んでくるってことでしょ。素晴らしい」


 カナリアにはまだ意味のわからないことだったが、Very Niceの手元では確かにランクインした自分の名前があった。


「さて。スキルON。『放浪奇縁ベイグラントストーリー』」


 Very Niceがスキルを発動すると、白紙部分が大半の彼の地図に光点がひとつ浮かぶ。それは自分から程ない位置で、おそらく出現したばかりの眼の前の森の中を示していた。


「いやぁ、便利。ランダムで一番近くのプレイヤーを見つけてくれるスキルなんだよね。これ」


 消えかかっているカナリアのアバターに向かって、ニヤリと笑みを作り、言う。


「たぶん、キミの仲間のどっちかだと思うけど、ま、違う人だったとしても、それはそれで」


 この、身勝手な対人ジャンキーめ。対戦したくない人もいるのよ。くそ。思わず悪態をつく。その声は自室の天井にのみ染み込み消える。


「じゃあ、俺は行きます。リベンジ、いつでも待ってますよ」


 明らかな挑発。カナリアを焚き付けている。いや、彼にとっては遊びの誘い程度のものなのかもしれない。


 跳び、一瞬で森の中へと消えていく背中を睨むように見つめながら、カナリアの心境はスタート前の短距離走者のようだった。復活まで、あと32秒。端末を握る手に力を込めて、身構えた。






◆◆ NOW LOADING…… ◆◆






 森の中、木々を足場にして文字通りに飛ぶように進んでいくVery Niceの姿は、まさに風だった。密集する木、生い茂る葉、視界を遮る枝、突如飛びかかってくる凶暴そうな顔の猿。その全てをいとも簡単に対処しながら、地図上の光点に向かって一直線に進んでいく。


「そろそろ追いつきそうだ……けどっ」


 枝を鉄棒のようにして一回転。くるりと勢いを殺し、樹上に着地して止まる。一気に距離を詰めているのは違いないが、しかし目的にしている光点。その人物は少し前から動いていないようだった。それについて僅かに思案し、警戒するが、


「まさか諦めたり……してないよね。戦う気になってくれたなら、嬉しいけど」


 またすぐに動き出す。間近に迫って地上に降りると、けもの道の真ん中で腕組み仁王立ちをしている大きな人影があった。それにゆっくり歩いて堂々と近づくVery Nice。


「やぁ。久しぶり」


「……不意打ちとかは、しないんでヤンスね」


「おいおい。人を悪者みたいに言わないでくれよ。不意打ちやステルスでやっつけちゃったらなんも面白くないじゃない。俺はちゃんと声をかけてから殴るんだ」


 軽く言いながらも目ざとく観察をするVery Nice。少ないながらも他には見たことがない大柄で筋骨隆々な獣人アバター。防具の類は一切装備しておらず、傍らには地面に突き刺さった巨大な戦斧が一本。これらから推測すれば、膂力に任せた力押しが得手、怯み無し(スーパーアーマー)でも持っていそうな明らかなパワー型だが、足元を見ればベタ足ファイターという感じでもない。スピードも出そうだ。未知の能力を持っていそうな相手に、Very Niceは思わず舌なめずりをする。


「なるほどね。1位とNPCを逃がして、キミが足止めってわけだね。懸命だし堅実だけれど、ちょっとつまんなくも思っちゃうなぁ」


 これには逸る気持ちを隠す意味もあったが、半分は本音だった。戦って楽しい相手と対戦したいことはもちろんだが、たとえ相手が強くても弱くても、一通り全部を味わってみたいのがこのVery Niceというプレイヤーだった。


「あ、あっしは、素人、でヤンスよ」


「うんうん。大丈夫大丈夫。アマチュアでも強い人はいっぱいいるし、何より俺はね、PvP(対人戦)の楽しさを皆に知ってもらいたいんだよね」


「あなたは、その、プロ、なんでヤンスよね? それって明らかな……弱い者いじめ、では、ないんでヤンスか?」


「いやいや、それこそやってみなきゃあわからないじゃない。プロだから絶対に勝てるってわけじゃないし。それに、勝ち負けも大事だけど、他人と戦うってことそのものが面白いんだよ」


「うーん、微妙に話が通じないでヤンスね……」


「ともかく、一回()ってみようじゃない。そのためにここで立ち止まっていたんだろう? キミもきっと、楽しいよ」


 笑顔で戦闘の構えに入るVery Niceを見て、言葉を諦めるStevepunk。両手を開いて爪を立て、ぎこちなくも迎え撃つ構えをとる人狼に、Very Niceはその傍らに突き立つ武骨な戦斧を顎で指して、


「おや、その強そうな武器は使わないのかい?」


「これは、えーと、奥の手でヤンス」


「へぇ。そいつは良いことを聞いた。是非とも使ってもらえるように頑張らなくちゃ」


 満面の笑み。その表情にStevepunkはごくりと喉を鳴らした。


「――速っ!」


 Stevepunkの目には、一瞬にしてその笑みが目の前に現れたように見えた。自身が気持ちよく攻めるためだけに動くアバターに応えたステータスは、すでに相当なAGI(俊敏さ)を彼に与えている。たった一歩で10メートル近い距離を詰められ、反射的に拳を振るうStevepunk。Very Niceは待っていたとばかりにそれを搔い潜って、突き上げるボディブローを放つ。


「お。こりゃあ、すごい」


 人狼の腹部を叩いた拳。端末がその手に伝えた手ごたえは、巨大な岩を殴ったような感覚だった。その身体はびくともせず、不動を保った。すぐにバックステップして後退。ワンテンポ遅れて人狼の爪が空間を薙いだ。


「防御偏重? 見た目通りに盾役(タンク)向きの身体(アバター)なのかな? こりゃあ、骨が折れそうだな」


 嬉しそうに言う。すぐさま懐に飛び込んで、左右の拳を叩きつけていく。


「ぅうう! このぉ! でヤンス!」


 いとも簡単に何度も肉薄されて、Stevepunkも必死で反撃するが、太い腕の大きな振りはVery Niceの影すらも捉えることができない。思い切って両腕で抱き着くように捕まえようとするが、後ろ向きに倒れこんで回避し、そのままヘッドスプリングの要領で人狼の顎を蹴り上げるVery Nice。


「うぐぅ!」


 全身をぶつけられ大きく身体がズレて、二人の距離がようやく開いた。


「HPが高いのか、VIT(耐久力)が高いのか、さすがにノーダメってことはないよね?」


 地面についた両手をぱんぱんと叩きながら言う。答えないStevepunkだが、視界の中のHPゲージは少しずつ減少している。一発は大きなダメージを受けていないが、楽観視できる状況ではない。ノーダメージでなければ遅かれ早かれHPは底をつくし、ましてやその電光石火の攻撃を避けることもできそうにない。


「(さ、さすがプロでヤンス。一人じゃ倒すどころか当てることも難しいでヤンスね……)」


 対するVery Niceは余裕の笑みを薄くして、視界の中の情報を見ながら思案する。


「(かと言って、このままちまちま攻撃し続けて勝ってもつまんないなぁ。もう一発大技撃てるくらいにEPが回復するまで、もう少し楽しむか)」


 と、わかりやすく戦闘の構えを解いて、


「ねぇ、やっぱりその斧、使わないの?」


「こ、こだわるでヤンスね」


「いや、だってさ、強力な攻撃を攻略した方が楽しいじゃない」


「……わかったでヤンス。後悔しても、知らないでヤンスよ」


 ゆっくりと斧を持ち上げ、構えるStevepunk。その姿ににっこりと笑顔を作って、


「ありがとう。そうこなくっちゃ」


 再び拳を構えるVery Nice。両者の間に緊張が走る。どこからか風が吹き、葉が巻き上がる乾いた音がした。


「其を封じ込めしは戦線の都市。この地よ逆立て! 隔絶都市(デススロットル)!」


 その呪文が響いたのは、Very NiceがそのスピードでもってStevepunkへと飛び込んだ瞬間だった。彼らの周り数メートルの地面が立ち上がり、二人を囲うように瞬時に作られる高い壁。それは小さなドーム状に閉じる。訪れる暗闇。戦斧を振りかぶるStevepunk。閉じ込められ、光すらも逃げ場なく失われていくその空間で、人狼の瞳と、斧に付属している石だけが赤く光を放つ。


「嗚呼! 素晴らしい!! ()()()()最高だよ!!」


 叫ぶように歓喜するその男の顔は、隙間なく合わさった土の壁が遮り見えなくなった。





≫≫≫≫≫ Save and continue……

【tips(語られぬ予定の設定たち)】

●この時のプロゲーマー『Very Nice』

格ゲー雑食タイプのプロゲーマーで、ガンガン行くタイプで無鉄砲なようですが、冷静な面も持ち合わせています。彼もサービス開始直後からログインしていますが、システム、操作の把握にそこから半日を費やし検証と理解を行っています。

そのため、主人公パーティに比べて多くのソウルタブ、スキルを持っている状態であり、ステータス的には格上です。

一通り終わって腕試しの相手のプレイヤーを物色しているところ、ナッテアがStevepunkをイベントへと導いているのを目撃して後をつけていました。

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