ver.12.0 金糸の妖精と、銀炎の虎①
「いやぁー! なんやのこれ、助けてぇえ!」
「なんでヤンスか! どうなっちゃうんでヤンスぅう!」
「やかましいわね」
「だ、大丈夫です! 落ち着いてください!」
阿鼻叫喚である。突如としてこの場所全体から立ち込めた黒い霧。その現象にあたしとカナリアさんは見覚えがあったが、初見らしいふたりは大いに取り乱していた。
「せ、せや! ウチの『子供』たち! リュックはどこや!?」
子供たち……? 少し離れたところに転がるリュックに駆け寄るウラン。その間にも黒い霧はそこかしこで立ち昇って濃度を増していく。それはこのダンジョンをクリアし外に戻る演出のようなものだと思うのだが、
「あ、危ないでヤンス! 戻るでヤンス!」
「リュック重っ! ウチひとりじゃ無理や、誰か手伝ってくれへん!?」
「じゃ、じゃあ、あっしに任せるでヤンス!」
「うわぁあ! 爪こっわ! アカン、近づかんでやぁああ!」
「うるさいわね」
なんというか、急激にパーティが賑やかになったな。少女の叫びが木霊する中、充満する霧にキラキラとしたエフェクトが散りばめられて、輝きが視界を埋め尽くした後には、あたしたちは森の外へと出ていた。
「そ、外……? 終わったんでヤンス?」
「ちょ、離してんか!? ウチのリュックや!」
闇の混じる広大な大地。あたしたちはその中に戻ってきていた。そして前方には、Stevepunkさんに出会う前にあたしたちの行く手を遮っていた闇に代わって森林が深く、そして広く存在していた。そこは確かに岩が乱立する“石の森”ではあったが一本道の隘路ではなくなっている。岩と木が混在して乱立する樹海とでも言えるだろうか。
「おお、すごいでヤンス。こうやって世界が元に戻っていく、って感じなんでヤンスね」
まじまじと森を見上げるStevepunkさん。その手に掴むリュックをウランちゃんが引っ張っているが、ビクともしない。
〘世界分岐が進行し、忘れられた時系物に囚われていた世界の記憶が在るべき場所へと還りました!〙
現れるポップアップウインドウ。イベント進行のお知らせだ。
〘これによりフィールド『石の密林』は“常在地形”として世界に還元されます。〙
〘貴方とパーティーメンバーには『還元者報酬』と『初回報酬』がそれぞれ手に入り、更に『WIS(World Impact Score)』が加点されます。また、それらは忘れられた時系物所持者である還元者プレイヤーに最も多く分配されます。〙
〘WISは世界への影響度として集計され、ランキングされます。また、これはゲーム世界においては“名声”として扱われます。〙
また見慣れない単語が多いけれど、森の名前が石の密林で、常在地形っていうのは前の洞窟と違ってダンジョンではなくオープンフィールドってことと理解する。続けざまに、ぴこぴこぴこん、とSEが鳴って、
〘ワールドアナウンス:PN【Stevepunk】とパーティーメンバー2名がダンジョン【石の密林】を踏破。同ダンジョンは常在地形としてフィールドに還元されます。また、これにより【屑鉄の真言者 ウラン・コーリー】が世界に返還。貢献したプレイヤーにWISが加点され、ランキングに変動があります。〙
〘【4月 WISランキング】
1位 Nine Re:birth 120P
2位 Chompoo 80P
3位 BabyTiger 72P
4位 Canary 70P
5位 DoReMi 60P
6位 Stevepunk 50P
7位 QueenQ 48P
8位 SENRYOact 35P
9位 Yuzuharu 32P
10位 road 10P〙
……やば。なんであたしが1位キープして得点伸ばしてんの。注目されないうちにカナリアさんにトップに立ってもらわないと。というか、
「ウランちゃんは真言者なのかしら」
あたしが気になった部分をすぐ聞くカナリアさん。羨ましいほどの言動の速さだ。
旧作からのあたしの知識では、真言者とは所謂”王様“のことだ。とはさすがにざっくりし過ぎているが、確か『真実の言葉で民衆を導き、先を行く者』とかいうニュアンスだったハズ。つまりは王、国主、総督、大統領……。この世界におけるそういったトップに立つ人間の肩書のことだった。だからこのウランという少女も幼いが王女や姫などにあたる立場の人物なのだと思ったのだが、
「なんやねんそれ。そんなワケあらへんやん。第一、ウチは魔術も使えんしやな。ていうか、ウチってそんな悪人に見えるか?」
と、ウランちゃん。彼女の認識とあたしの記憶にはどうも齟齬がある。「そんな偉い人に見えるか?」ならまだしも、魔術だとか悪人? 旧作から時代が進んでいるという話ではあるはずだから、違いがあることには驚かないけれど。システムアナウンスを否定するからにはなにか理由があるはず。
じゃあ、真言者ってどんな人? と聞こうとしたあたしを遮るように、
「おー、本当に森ができてるじゃん。すごいすごい」
「言った通りですニャしょ? ワタクシ嘘はつかないんですニャよ」
と聞こえた声がふたつ。全く聞き覚えのない男性の声と、聞き覚えはないが察せられる声。
男性はプレイヤーだ。PNは【Very Nice】。切れ長の目にシャープな顔立ち。刃物のような色をした銀髪は短く切りそろえられている。現代エージェントのような黒一色のボディスーツを纏って、左手には『猫』をぶら下げている。そしてその猫。見た目と話し方からおそらくStevepunkさんの言っていた”ナッテア“だろう。
「プレイヤーさんも4人……いや、3人いらっしゃるのね。うんうん、好都合だよ」
「好都合じゃありませんですニャ。いつまで捕まえてるんですニャ! 早く下ろすんですニャ!」
「おっとと、ごめんごめん」
ジタバタと暴れる猫から手を離して、
「や。こんにちは。俺はVery Niceだよ」
と、爽やかな挨拶だったのだが、
「ちっ」
カナリアさんが小さく舌打ちをする。すぐに彼女はメニューウインドウを開いて、
「悪いのだけれどカナリアたちは忙しいわ。他をあたってくれないかしら」
と、素っ気ない。知り合い……かな?
「そいつはごめんなさいだ。でも、発表されたばかりのランカーが三人も揃っているパーティーなんて、こんな楽しそうなのは見逃せないよ」
その台詞に、あたしも薄々気付く。そうか、そういう展開も考えなくてはいけないんだ。
「それにキミはもう友達じゃないか、『金糸の妖精』カナリアさん」
「別ゲーで1、2度対戦があった程度でしょう? 『銀炎の虎』ナイスさん」
と、会話をしながらも視線を合わせず手元のウインドウをいじっていたカナリアさん。クリア素材やステータスの確認をしていたのかと思ったが、その彼女からパーティーメンバー向けに送るインスタントチャットが届く。
『あいつはプロゲーマーで対人ジャンキー』
やっぱり。その内容に緊張が走る。カナリアさんがわざわざチャットの形をとったのは、相手に気付かれないように、だろう。Stevepunkさんも同じようにウインドウを見ている。
『合図をしたら、ウランちゃんを連れて森の中へ。カナリアに構わず安全なところへ逃げて』
顔見知りで、更に対人ジャンキーと表現するということは、相当に好戦的なプレイヤーなのだろう。そしてプロゲーマーにあたしたちが勝てないのであろうことはともかくとして、カナリアさん自身も敗北の可能性がある相手、ということなんじゃないか。
Stevepunkさんと顔を見合わせる。おそらく、彼もわかっている。
「早速だけどさ、対戦申し込みたいんだけれど、良いよね?」
「それはできればお断りをしたいのだけれど」
「おいおい、寂しいこと言わないでくれよ。キミもプロならPvPの楽しさ知ってるだろう?」
「そういうのは貴方の主戦場、格ゲーの方でお願いしたいわ」
「いやさ、格ゲーってPvPありきのくせにさ、戦うのに申請や承認が必要なんだよね。自由じゃないんだよ。でもリアル志向のMMORPGはさ、カルマ値とかPKに対するペナルティとかあるけどさ、そこに目を瞑ればいきなり攻撃しても大丈夫なのも多いじゃん?」
「システム的にOKなら何しても良いわけじゃないでしょう?」
「そう? システム的にOKならOKでしょ?」
このゲームにおけるPvPのシステムはまだ知らないが、限りない自由を謳うこの世界を考えれば、彼の言う事がまかり通っている可能性は十分ある。
だが、カナリアさんが警戒しているのはきっとそれとは別の部分だ。
「じゃあ、ふたりとも行って」
「うわぁ! なんやねん!?」
合図だ。Stevepunkさんがウランちゃんを抱えてリュックを掴み、走り出す。あたしもそれについて森の中に入った。
「ちょっとちょっとぉ。なに余計なことしてるのさ」
「残念ね。貴方とは意見が合わないわ。ここで帰ってちょうだい」
走る速度を落とさぬままでちらりと振り返る。Very Nice氏は追いかけてきてはいない。立ち塞がるように、カナリアさんが刀を抜いた。
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≫≫≫≫≫ Save and continue……
【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●【石の密林】と【因ら葉、大呪の陰】
岩と木々が乱立した密林。サウザンドがある半島と大陸の間に横たわるように大きく広がっています。『呪属性』を蓄える肉食の樹【呪木】が多く生息していて、他の生物は少なく、生息するものも呪属性の影響を色濃く受けたものばかりです。また『霊属性』のモンスターと共生して旅人などを誘い込むという生態があります。眠り続ける美女がいる森とか、そういうイメージの場所。
ダンジョンとして攻略する場合は大きく作りが異なっており、呪木の大樹である【因ら葉、大呪の陰】とのバトルになります。
ちなみに、ゲームの仕様的に施設や地形の解放ができるイベントは全般的に難易度が低めに設定されています。