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盾の魔術師、トップを疾走れ!  作者: 九五
【終わる世界、始まる世界】
13/33

ver.10.3 石の森と、不器用な狼④

「はぁ、落ち着け、あたし……。大丈夫。大事なのは分析。観察だ。やれる。大丈夫。できる」


 錫杖を握りしめて、自分に言い聞かせる。戦う相手がどういう攻撃パターンを持っているか、弱点はどこか、使えるギミックはあるか、まずは一歩引いて全体像を見ろ。


 とは以前友達のプロゲーマーに教わった初心の心得だ。大事なのは観察して、分析すること。どんなに凶悪で無理そうな難易度の敵でも、ゲームである以上はクリアする道筋が必ずある。


 カナリアさんが華麗に、Stevepunk氏がちょっと不器用な感じでそれぞれ大樹に挑んでいく姿を遠巻きに視界に収めながら、必死に観察を試みる。


 幸い、あたしが今いる入口すぐの場所は、大樹の攻撃が届いていない。数歩で攻撃範囲に入りそうだが少なくとも安全地帯があるということだ。


 その攻撃も、今は茨のツルによるものしか見られていない。メインは突き刺しと鞭のような叩きつけ。払ったり振り回すような範囲の広い攻撃パターンや、それ以外の行動はまだない様子だ。


 視線を少し上げればあたしが魔術を当てた部分は樹皮が大きく抉れている。それは明らかにダメージがあったということの証明で、突破口だ。


「やっぱり一番有効なのは属性相性っぽい。ということはStevepunkさんに頑張ってもらうのが一番なんだけれど……」


 その彼、プロであるカナリアさんと比べるのは申し訳ないが、なんというか随分とこう、慌ただしい動きをしている。


「う、うわぁあ!」


 と声を上げて急ブレーキ。勢いを殺せず尻もちをついて後ずさり、なんとか茨のツルを避けている。……ああ、あれ、すごい気持ちがよくわかるな。


 あまりにリアルなゲーム世界。その非現実に慣れるまで、あたしもかなりの時間がかかった。感覚云々の話ではなく、『現実に限りなく近づけているけれど痛くも痒くもないから安心して剣でお腹を貫かれてね』と言われたところで恐怖心はどうしても感じる。なにせ、現実と錯覚するように作られているんだし。


 カナリアさんみたいな反応ができるのはやはり訓練や経験の賜物であって、むしろあんな風なリアクションが普通だと思う。つまりは、彼はゲームキャリアが浅いのだろう。もしかしたら、あたしよりも。となると過度な活躍を求めるのは酷だよね。


 となるとカナリアさんに頼るしかないのだけれど、ここまでの彼女の戦い方を見るに体術系スキルが中心で、相性はあまり良くない。というかそもそも開始一日程度で臨機応変な数のスキルを所持してるなんて人もそうそういないだろう。


 そしてあたし。幸運にも初期属性にはこの場で有効な獣属性を選んでいたわけだが、さっきの『白黒脱兎』で精霊力の在庫はもう半分。魔導書なしで、記憶にある呪文のフル詠唱でムリヤリ魔術の手動(マニュアル)発動をしてるだけだから、かなりの背伸びだった。現段階でなんでもできるわけじゃない。


 うーん、さすがに属性付与の呪文の全文までは覚えていないなぁ。現状の戦力でなんとかするしかないか。


「くぅう……。なんかないか、思い出さないか」


 今のままじゃ役立たずだ……! と、あたしは足りない頭をフル稼働させるのだった。





◆◆ NOW LOADING…… ◆◆





 幹に近付くほど茨のツルの攻撃は激しくなり、もはや波状攻撃とも言えるそれをいとも簡単に捌きながら、カナリアは幹を登るルートを探していた。


 涼し気に見えるその表情ほど余裕のある作業ではない。しかし彼女にとって、特別難しいことでもない。それほどに捌く、受け流す、避けるという技術にプロとしての鍛錬の時間、その多くを費やしてきた。


 一度、安全な場所に退避してもいいのだが、それをしないことにも理由がある。それはこのゲーム唯一にして最大のキャラクター成長システムである【ソウルタブ】だ。


 それはあらゆる経験の結晶化。イベントクリアでもらえる称号のようなものから、特定の行動を反復することで得られる特技、個性のようなものまで、あらゆる体験が形になりステータスを育てていく。


 カナリアは昨夜ステータスとスキルを確認していた時に、このシステムの検証を兼ねてしばらくのプレイはギリギリのラインで無茶をしてみようと決めていた。経験が能力になるのなら、あらゆることをしてみようと。


(登れるような取っ掛かりや、そのためのルートもなさそうね。用意されていないということは、正解ではない……?)


 回避を続けながら少しずつ交代。避けたツルが地面に突き刺さり、ハシゴのように斜めに道を作った。


「スキルON、『加速舞踊(バストアムーブ)』」


 スキルで加速してそれを綱渡りのようにして一気に駆け上がる。囚われの少女の位置はビルにして4、5階程度の高さだ。伸び切っていたツルが引き戻されて、緩む。登り切るには少し時間が足りず、空中に放り出される形になったカナリアに、追撃のツルが伸びる。


「スキルON、『写身弾捌(オボロムラマサ)』」


 寄る辺のない滞空中で、器用にも彼女は自分への攻撃を受け流(パリィ)する。発動したスキルは受け流した衝撃を増大させて弾き飛ばす効果だ。本来は相手との距離を離すための防御スキルだが、彼女はそれを自分の下方向に向けて効果を発揮させ、自分の身体を更に上空へと押し上げた。


 そしてその勢いをうまく利用して空中で姿勢を制御し、少女が眠る幹の頂上へと着地した。


 すぐさま警戒の構えをとったがしかし、大樹のツルの追撃はこの場所へはこないようだった。外側でツルが攻めあぐねるようにウロウロとしている。


「この子を傷つけないようにかしら。当たりだったかもしれないわね」


 カナリアはゆっくりと少女に近づく。自宅のソファでうたた寝でもしているかのような穏やかな表情だ。ここまで登るのに簡単なルートではなかったことを考えれば、この少女を助け出せれば終わりでは、とも思ったが、


「そう言えば、カナリアの攻撃じゃあ、この木を切れなかったのよね。どうしようかしら」


 少女を抱きかかえる太い枝を見て考える。一先ず当たり障りのないところでも斬りつけてみようと更に近づこうとして、カナリアは咄嗟にバックステップして幹の縁まで下がる。


 少女が椅子のように腰掛ける部分から二羽の半透明な鳥が湧き出てきていた。その焦げ茶色の身体の頭の上には赤い文字で『突撃(トツゲキ)ーウィ』と書かれていた。





◆◆ NOW LOADING…… ◆◆





「おりゃあ! でヤンス!」


 大樹の正面でStevepunkはその鋭い爪を振るっていた。有効な攻撃とはいえ相手は直径何メートルもある巨大な樹木である。大きな爪痕を残すものの、手放しで効果的とも言えそうにはなかった。


「これ、ナタで大木をコツコツ伐採するようなもんでヤンス。仮にチェーンソーだったとしてもこの太さ、一筋縄じゃいかないでヤンスよ」


 昨今のリアル志向ゲームでももちろん敵にはHPがあり、見た目に破壊や損傷がなくてもダメージが計算されている。しかしそれ以上に視覚的に見える効果(ダメージ)というのは重要な判断基準だ。


「あいててて! 撤退でヤンス!」


 加えて近接攻撃をするには大樹に肉薄しなければならず、必然的に攻撃が激しくなる。カナリアほどの回避技術を持ち合わせていない彼ではどうしても被弾をしてしまう。


「この身体(アバター)のお陰でダメージ少ないとは言え、殴られながら殴り続けるのは無理でヤンス……」


 攻撃が当たらないよう遠巻きにぐるぐると歩き回りながら思案する。なにか手はないかと思っていると、


「あ、あれって……」


 幹が地面から盛り上がりデコボコになった地面に押されて、まんまるのリュックサックが大樹から少し離れた場所に転がっている。おそらく捕らえられている少女の持ち物なのだろう。


「リュック……中身、気になるでヤンスね」


 深く考えず直感的に、所持者の分からないそのリュックに近づく。手の届く距離。伸ばした手とリュックの間にぼとりとなにかが通り過ぎた。


「……なんでヤンス?」


 ラグビーボール程もある楕円形の種がふたつ、地面に転がった。それは地に落ちると瞬時に根を張り発芽する。柊のようなギザギザの葉が無理やり人型をとったような植物で『EN:救援(リリーフ)リーフ』とあった。


「邪魔する、ってことは、重要でヤンスね。そのリュック」


 威嚇するように両腕にあたる葉を上げた救援リーフを見て、Stevepunkも戦闘の構えをとる。瞳のないトゲの頭と、睨み合う人狼。


「おりゃあ! でヤンぶふぅ!」


 Stevepunkがその鋭い爪を振るった瞬間、人型の葉っぱにソフトボール大の火球が衝突。炸裂して救援リーフ、Stevepunk双方を火炎で包んだ。


 迸る火花と湧き上がる黒煙の隙間から人狼は、魔術師の青ざめ引きつった顔を目撃した。





◆◆ NOW LOADING…… ◆◆




 巨大ボスとの戦闘とは、得てしてギミック戦であることが多い。


 用意されている大砲を使う、とか。一部の攻撃を跳ね返して当てる、とか。落ちてくる岩を壁にして強力な攻撃をやり過ごす、とかだ。この巨大な呪木も例に漏れず、そういう攻略法だと当たりをつけた。


 そして目に入ったのは中身の分からないリュックサック。子供が遠足に背負っていくようなやつだ。サーモンピンクの布地はパンパンに張っていて、ぎゅうぎゅうに物が詰め込まれているのがわかる。


 これだ。というよりも、他にない。という結論に至った。見ればStevepunkさんも同じ考えのようでそれに近づいていた。


 と、彼に降り注ぐふたつの影。地面に落ちるやいなや発芽したことで種だと理解した。リュックを挟んで位置したことから、それを守る守護者(ガーディアン)だとも分かる。対峙するStevepunkさんを見て、急に助太刀しなくちゃ、という感情が湧き出る。


魔術(スペル)ON! 『火陽炎珠(アランドラ)』!」


 一度発動した魔術は理解したと見做されて口頭(オート)発動が可能になる。素早く唱えた炎の魔術は一直線に敵へと向かう。


 Stevepunkさんが踏み込み、腕を振りかぶるのが見えた。


 思えばあたしは他プレイヤーとのマルチプレイなんてほとんど経験がない。NPCとのそれは幾度もあるが、高度AIのお陰でわきまえた動きをしてくれたり、そもそもシステム的にこちらの攻撃対象から除外されていたり、ともかく勝手が大きく違う。という、言い訳なわけだが。


 だから、それ故に発想がなかった。味方への攻撃(フレンドリーファイア)が有効だったなんて。


 着弾した火の玉。それはキレイに敵と味方を巻き込んで爆発した。吹き飛びのけぞる人狼と、目が合った気がして、


「ごごごごごごごめんなさいぃいいいいいい!!」


 目一杯叫んだ。





≫≫≫≫≫ Save and continue……

【tips(語られぬ予定の設定たち)】

◆スキル、スペルの口頭(オート)発動

『口頭発動スキル』

スキル発動の意思を持って「スキルON〇〇」と口頭で発することを条件にスキルの効果を発揮する方法。発動時点から決められた一連のアクションが自動で開始され、ほとんどのスキルは最後のアクション成立によって効果が発揮されます。途中介入によるキャンセルはいつでも行えるものの、一部物理法則に逆らうような動きはできない場合もあります。また、キャンセルされると基本は発動途中のスキル効果は消去され、体力、精霊力などの消費したリソースは返却されません。


『口頭発動スペル』

スペル発動の意思を持って「スペルON〇〇」と口頭で発することを条件に魔術の効果を発揮する方法。魔導書の購入やNPC魔術師の指導を受けて、一度は呪文詠唱による【手動(マニュアル)発動】をする必要があります。基本ルールはスキルと同じですが、手元を離れた魔術効果はキャンセルできません。

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