ver.10.2 石の森と、不器用な狼③
「そこにけもの道があって、鳥はそっちへ逃げていったわ。道は低くて険しいし、茨が密集していてさすがに入れな――」
「せ、説明は後でいいですから!」
「なんで冷静なんでヤンス!?」
追いついた先のカナリアさんは呪木の茨のツルに囚われていて宙吊り状態だった。無表情に状況を説明しだすので慌てて助けるあたしたち。
Stevepunkさんがその爪で茨を切り裂き助け出す。拘束を解かれ、カナリアさんはぽすんと人狼の大きな腕に落ちて、
「ありがとう」
「……! あ、いや! のー、ぷろぶれむ! でヤンス!」
一瞬できた、お姫様抱っこのような状況。微笑みかけられてStevepunkさんの顔がわかりやすく緩んだ。というか、完璧に獣の顔をした人狼が顔を赤らめて見えるって、感情の読み取りもアバターへの反映も、相変わらずすごい技術だな。
そのStevepunkさんの表情に気付いたのか気付かなかったのか、自然にさり気なくするりと腕から降りるカナリアさんと、抱えた腕の形のまま硬直するStevepunk氏。まぁ、美人だもんね。本当。
「これで、進展。かしらね」
ひたすら真っすぐに伸びた隘路。そしてその途中にある、茨で隠れて気付きにくい通路。おそらくここが正解の道だろう。あたしの錫杖から伸びる魔法の糸も、その先へと繋がっている。さらに言えば、底をつく前にEPの減少も止まった。ということは鳥が足を止めたということ。あたしたちが見えなくなって安心しているという可能性もあるが、終着点がある可能性も十分だ。
「じゃあ、切り拓いてもらえるかしら」
「は、はいぃ! でヤンス!」
もしやすでに虜だな。これは。随分とチョロい美女と野獣だが。
言われるがままにしゃがみ込んで穴の入口の茨をちぎり始める、野獣。現状は彼のイベントを彼のお陰でサクサク進めているわけだから、少しくらい良い思いをしてもいいと思う。
「し、しかし、狭いでヤンスね」
匍匐前進で、爪と牙を使ってなんとか前に進んでいくStevepunkさん。その後ろをしゃがみ歩きくらいでついていくあたしたち。体格差が影響しているので、彼はすこぶる移動しづらそう。でも、先頭を行ってもらわないといけないし。
「ごめんなさい。もう少し、早く進めないかしら」
「い、いやー、狭すぎて、肩がぶつかってダメージになっちゃうでヤンスので、慎重に」
「申し訳ないのだけれど。さっき縛られた時のダメージがあって、割と死にそうなのよね。カナリア」
「か、回復してくださいでヤンス!」
「アイテムひとつも持っていないのよ」
そうだった。この人、全ロストしてた。街出るのになにも用意してきてないあたしも大概だけれど。
「が、頑張りますでヤンス!!」
……ふたりしてなんか、すみません。
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秘密基地に繋がる内緒の通路のようなそれを抜けると、ちょっとしたホールくらいの大きさの空間に出た。忽然と緑が消え、視界を土肌色に染める開けた一帯。そこをぐるりと囲う岩壁は天に届くくらいに一際大きくそびえて行き止まり、しかし天井はなく、嘘のように光が収束していて眩しいくらいに陽が射し込んでいる。その光をスポットライトにして、空間の中央にぽつんと樹が生えていた。二本の大樹が絡み合い、歪んで反り返っている。その特殊な形状の樹を椅子のようにして、何者かが座っている。
「女の子……?」
その木がおそらく呪木の本体。それそのものは大樹の形で完結するはずだから、別件だ。
赤髪の三つ編みで、瓶底メガネの女の子。背丈や顔つきからは中学生くらいに見えるだろうか。穏やかな表情で眠っている姿は、囚われの子供にも、木の精や森の姫にも見えなくはない。足元の木の根っこには、バカでかくてパンパンに中身が詰まったリュックサックが置いてあって、そこまでを加味すれば、不思議の世界に迷い込んだ一般人という線も考えられる。ともかく彼女の頭の上には名前がなく、NPC。この期に及んでこの場にいるということは、間違いなくキーキャラクターであるだろう。
「もぐもぐ行きましょうかもぐ」
Stevepunkさんにもらった回復アイテムのパンをかじりながら言うカナリアさん。なかなかに自由な人だ。ちなみにありがたいことにあたしも貰いました、パン。まだ余裕があるので、温存。
しかし、行くとは言っても、どう考えてもボス戦だ。円形のフィールドの中央に固定され、攻撃をしてくるタイプのはず。
「あの木って、強いんでヤンスか? あっしはあんまりステータス育ってないでヤンスし、人狼になった時に鎧とかも弾けて無くなってしまったんでヤンスので……」
彼もなかなかに運がいいのか悪いのか。装備品は、決まった装備部位がない代わりに物理的に着れるかどうかが重要なシステムだから、体格が大きくなって着れなくなってしまったのだろう。彼は『獣人の街』まで行かなきゃ装備が手に入らなそうだ。というかこのシリーズのイベントは装備を奪うのが前提なのかな。
「わからないですが、すごく強いボスという感じでもなかったと思います。ただ、その種族はそもそもの肉体が強いので、大丈夫だと思いますよ」
それよりも蟹との一戦しか交えずここまで来ているあたしの方が足を引っ張らないよう気をつけなくては。というかステータスや【ソウルタブ】の確認も全然していなかった。始まってこっち、ずっとテンパリ過ぎだ……。
なんの躊躇もなく歩き、大樹へと近づいていくカナリアさん。それに反応してざわざわとあたしの後方、出口が塞がれる。
轟音と共に隆起する地面。急激な成長を遂げるみたいにその全貌を表す呪木の大樹。起きぬままの少女は、ジェットコースターのセーフティバーのように現れた枝に抱かれて見えぬほど高くに登っていく。茨の枝葉が天を覆って全体に薄暗くなり影を作り、明るかった一帯はその雰囲気が一変し、まるで呪いの森だ。
EN:《因ら葉、大呪の陰》
どこに隠れていたのか、カラフルな疑似餌ミューがしれっと大樹に吸収されていく。あの手のタイプはなんて言ったか、半分幽霊みたいな存在で魔物と共生関係にある。精霊力を拝借する代わりに獲物をおびき寄せる役目をする。
鳥が逃げ込んだ幹の中腹に、あたしの影の糸がそのまま繋がったままだ。二人も臨戦態勢っぽいし、ここは、思い切って口火でも切ってみようか。
「あ、あの、い、いきます! 『発兎』!」
あたしが錫杖で地面を叩くと”呪文“に応えて目の前に生まれる影の兎。それは導火線の火だ。疑似餌ミューが吸収された場所目掛けて猛ダッシュで糸を辿り、駆けていく。
対して何本もの茨を触手のように操り、それを撃ち落とさんと仕向ける大樹。影の兎は糸を弛ませ、天地逆さになり、迫りくる茨のツルを避け、まさに脱兎のごとく走り抜ける。
到達。そして炸裂。小さく爆炎が上がり、それが開戦の狼煙となった。
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「カナリアの攻撃って、効くのかしら」
素早く幹の根元に到達したカナリアは、刀を抜き放って数度斬りつける。樹皮を裂くことはできたが、有効なダメージがあるようには見えない。
「茨もうまく切れなかったものね。なにか属性付与的なものがないと厳しいのかしら」
変わらぬ涼しい顔でぶつぶつと分析をしながら、次々迫りくる茨を受け流して凌ぐ。
「ギミックとしてStevepunkがいないと攻略不可、は乱暴すぎる。あくまでも攻略難易度が高まる。という範囲でしょうね。対象が猫ちゃんの薬を飲まない選択をすることもあるだろうし。普通に考えてそれ以外の攻略法もおそらくある」
バックステップをみっつ。間髪入れず、通り過ぎた場所に茨のツルが突き刺さる。少し距離を離して大樹の全体像を見据える。
「セオリーとしては弱点があるパターン。特定の攻撃時に弱点部位が露出する、一定のダメージを与えられると弱点を曝す。などかしらね」
そういう視点で大樹を見れば、特に目立つものが、ひとつ。
「彼女を助け出せばパターンが変化する、あるいは弱体化する、が吉だけれど。もしも、子供を攻撃しなくちゃいけなくなるとしたら、相当趣味の悪い開発ってことになるわね」
まずは、高く上がった囚われの少女のもとへ。カナリアは茨のツルの嵐をものともせず、平然と大樹を登るルートを探し始めた。
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「これは、あっしが頑張らないといけない展開でヤンスね。ううぅ、身震いするでヤンス」
Stevepunkは緊張を振り払うようにその巨体をぶるぶると震わせた。それというのも、彼は数ヶ月前にVRゲームデビューを果たしたばかりだった。
「えっと、武器はないでヤンスから爪と牙で頑張るしかないでヤンして、スキルもまだひとつだけ。EP消費を考えたら一回きり……大事なのは使い所、でヤンスね」
手持ちの武力を数える。その心許なさに再び身震いしそうになるが、なんとか気合をいれて大樹に向かい合う。
「や、やってやるでヤンス!」
どしどしと走り出す。すぐさま大樹の探知範囲に入り、降り注ぐ茨のツル。
「う、うわぁあ!」
その迫力に思わず急ブレーキ。尻もちをついて後ずさる。かろうじて避けたツルが地面に突き刺さった。
「お、思った以上のリアリティというか、り、臨場感がすごいでヤンスね……」
視界の向こうで、華麗に刀でそれを捌くカナリアの姿が見え、感嘆の息を吐く。
「はー、さすがプロでヤンス……。あんな風に格好良くやりたいでヤンスが、ゲームとはいえ立ち向かうのは結構、こ、怖いでヤンスね」
よいしょ、と立ち上がる。自分のたくましい手を見つめてぎゅっと握る。今度は自らを落ち着かせるためにふー、と息を吐く。
「ここ、で頑張れなきゃ、駄目でヤンス。もう、二度もがっかりさせてしまっているでヤンス。今度こそ、ここでこそ、頑張れ! スティーブ!」
自らを奮い立たせる。今度は野生動物を思わせる低い姿勢で鋭く疾走り出す。
彼もまた、この世界のトップを夢見て歩き出したばかりだった。
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≫≫≫≫≫ Save and continue……
【tips(語られぬ予定の設定たち)】
●イベントの発生条件について
イベントのきっかけやフラグは様々ですが、ハイエンドMMORPGたるRECAPTURE HEROSでは『NPCの思考や判断』がイベントフラグとなるシステムを採用していて、超高度精密AIが自ら考えてイベントのフラグを立てています。
例えば猫たちは、
キキタに『こいつはカモにできそうにゃ』と判断されること。
ジバニが『この子はめちゃタイプ! お知り合いになりたいニャ』と思うアバターであること。
ナッテアには『こいつは楽に言いくるめられそうですニャ』と下に見られること。
などが条件やフラグになってたりします。