日常の一コマ、お菓子を作ろう
「おはよう、二人とも。昨日はよく眠れた?」
「はい」「うん!」
「それは良かった。それじゃあ、朝ごはんを準備するわね」
「ありがとう! 何か手伝う?」「わーい!」
「ありがとね、風兎君。でも、大丈夫よ。精々トースターでパンを焼くくらいだし」
「それもそっか。何か手伝えることがあったら言ってね」
「ええ。あ、風兎君は飲み物何が良い? 水か牛乳かコーヒーがあるけど」
「うーん。コーヒーで。ブラックでお願い」
「ブラックで? 大丈夫?」
「大丈夫だと思う……。前は飲めたんだけど」
今までの赤木風兎では多分飲めなかったと思うが、今の俺は前世を思い出したわけで。苦みとその後に広がる淡い酸味を楽しみたい。だけど、子供の体に入って、味覚も変わっているかもしれないな。もしブラックが無理だったら、ミルクを追加しよう。
「「ごちそうさまでした」」
食後のデザート(ヨーグルトにフルーツを入れた物)を食べ終え、満腹に。子供の体って、コスパがいいんだなあ。あ、コーヒーはブラックでも普通に飲めた。味の好みが子供に引きずられていないという事は、カレーや寿司(ワサビ入り)も食えるという事。良かった。
それにしても、誰かに朝食を作って貰うなんて、なんてありがたい事なんだろう。前世の俺は、一人暮らしだったからなあ……。どんどん食事が適当になっていく様は、不健康への一直線のように思える。今回は健康に気を使った生活をしたいな。
その為にも、料理を自分で出来るようになりたいな。今の内から練習してみようかな。それに、家事をこなせる男子って、女子から見ると頼りがいがあって魅力的に映るかもしれない。
「俺、料理したい!」
「風兎君が? そうね……。うん。いいんじゃない! せっかくだし、親睦を深める意味でも、みんなで一緒にクッキーでも作りましょうか!」
「やった!」「クッキー! やったあ!」
◆
その後、叔父も加わって家族四人でクッキー作りに励むことになった。叔母の指導を聞きながら、俺達は手を動かす。
「まずは、バターと砂糖を滑らかにしましょう。しっかり混ぜてね」
「うんしょ、うんしょ!」
と可愛らしく混ぜる穂香ちゃん。子供が頑張る姿ってほっこりするよね。眼福眼福。っといけない、そろそろ疲れてきているようだ。
「穂香ちゃん、交代しようか」
「うん」
こうやって、一緒に作業していく中で、仲良くなれるといいな。
「次に、卵を四回に分けて入れていくわ」
卵を分けて入れる。確か、分離しないようにする為だったかな? 詳しくは覚えていないが、ともかく指示に従って生地をこねる。
「最後に、小麦粉ね。ふるいにかけながら入れていくわ」
「はい」「はーい」
「俺がふるいにかけるから、穂香ちゃんは混ぜてもらっていい?」
「うん!」
「良い感じじゃない! もうちょっと綺麗になるまでこねたら、後は薄く延ばして型を取るだけね。ここからはママがするわ」
大人と子供の力の差はどうしても大きい。叔母は力強く生地をこね、それを薄く引き伸ばした。と言うか、いつの間に小麦粉を引いていたのだろう。手際の良さに感心する俺。
「それじゃあ、型をくり抜こうね! この中から、好きな形を選んで」
オーソドックスな円形や四角形の他、星形、ハート形、蝙蝠型、カボチャ型、クリスマスツリー型など様々な形がある。後半三つは、時季外れだなあ……。
穂香ちゃんは四角形とハート形を、俺は円形と星型を手に取り、生地をくり抜いた。こんなペラペラの生地が、焼いたらクッキーになるのか。不思議だなあ。(前世の俺は料理なんてほとんどしなかった人間なもので……。何もかも新鮮だ)
「あとは焼くだけね。15分くらいで完成するわ」
「「わーー!」」パチパチ
「と言っても、もうお昼前ね……。先にお昼ご飯にしましょうか」
「え、もうそんな時間か!」「えーー」
「ご飯の後、いっぱい食べましょうね。あなた、お昼ご飯の準備を手伝って!」
◆
お昼ご飯の後、俺達の前には焼きたてのクッキーが置かれた。香ばしい香りに乗って甘い香りが鼻孔をくすぐる。クッキーって意外と簡単なレシピで作れるんだな。
「それじゃあ、早速頂きまーす。うん? どうかした、穂香ちゃん?」
クッキーが入ったお皿に手を伸ばそうとしたところで、穂香ちゃんに肩を突かれる。穂香ちゃんの方を見ると、彼女はハート形のクッキーに手を伸ばし……。
「はい! プレゼント!」
と言って来た。
な、なんていい子だ! かわいい! 可愛すぎる! 尊い! ちょっとこの子、お持ち帰りしていいですか! ってよく考えたら俺達一緒の部屋で寝泊まりしてるーー!
おっといけない。穂香ちゃんを抱きしめそうになる衝動をグッとこらえ、ハート形のクッキーを頂く。
「ありがとね! 俺からもはい!」
星形のクッキーをプレゼント。
「ありがとー!」
この日、俺が食べたクッキーには、砂糖のそれとはまた違う、幸せいっぱいの甘さが混じっていたと報告しておこう。
◆
こうしたことがきっかけで、初めは穂香ちゃんとの関係も「友達以上、家族未満」だったのだが、徐々に距離は近づき、居候を始めてから二か月後には「お兄ちゃん」と呼んでくれるようになった。やったぜ! 前世では一人っ子だったのだが、ずっと弟か妹が欲しいと思ってたんだよなあ~!
さて、順調な俺の生活にも、ちょっとした不便が残っていた。まず一つ目、スマホの機種が古く、また良いアプリがないという事。若干時間軸がズレているのだろうか? 二つ目が自分で自由に使えるお金が欲しいという事。元社会人の俺にとって、ひと月のお小遣いが1000円しかないのは辛すぎる。
で、その二つを解決するために、元システムエンジニアの俺はスマホアプリを作って、叔父さん(なんやかんやあって「お父さん」と呼んでいる)の会社経由でリリースしてもらった。で、その分お小遣いを増やしてもらった。やったぜ。
なーんてことをしていると時は流れ、俺は中学三年生になった。そして、明日は能力測定の日である。