第14話 村の悲劇
「討伐依頼?」
家を訪ねてきたカマタが口を開いた言葉にリヒトは思わず聞き返した。
確認するようにメットルとターリエの二人に視線を送るが二人は首を横に振る。
どうやら小遣い稼ぎにそのようなことをしてるわけじゃないらしい。
ま、魔物に襲われてた時点でそれは無いか。
そんなリヒト達の反応を見てカマタは怪訝そうな顔をした。何を言っているんだ? と。
その反応にリヒトの頭はすぐにこのすれ違いに対する解に辿り着く。
即ち、相手を勘違いしてると。
「村長さん、すまないが俺達はただの旅人だ。恐らくあんたの思ってる冒険者とは違うぞ?」
「そ、そうなのか? それはすまないことをした」
カマタは驚きながらもすぐにリヒトの事実を受け止め、「邪魔したの」と家を出て行こうとする。
しかし、リヒトは村長に待ったをかけてその動きを止めた。
「俺とアルナは一宿一飯の恩にそういった荒事を解決してんだ。
それが俺達に解決できるかどうかはわからねぇが、とりあえず事情を話してくれねぇか?」
リヒトの提案にカマタは逡巡したがハァと一息吐くと「わかった」と答え、囲炉裏を囲むリヒト達の開いているスペースへと座った。
そして、カマタはこの村の事情を話し始めた。
その事件は半年前に起きた。
きっかけは一人の子供が近くの森で失踪してしまったということだった。
しかし、当然最初はその少年が魔物に襲われてしまったと思われ、悲しい事件だと思うが村人は魔物の仕業なら仕方ないと諦めた。
だが、しばらくして今度は村の猟師が襲われた。
それも男性二人とも同時に。
その男性二人は村にとって貴重な若い人材だったのでその事件は村に大きな打撃を与えた。
また、同時に先日に起きた子供が失踪した事件の恐怖も思い出させる結果となった。
村はすぐさま動ける人にコーシェンにある冒険者ギルドに依頼を頼みに行った。
依頼を出すお金もバカにならないがそれでも村がつぶれてしまうよりはマシ。
他に選択肢は無かった。
しかし、小さな村で襲われた事件であったために来る冒険者は少なく、数週間経ってようやく一組の冒険者パーティがやってきた。
その間、村は一切の猟が出来なかったようだ。
その冒険者四人はカマタから事情を聞くと楽勝な雰囲気を出して森に入っていった。
だが、その冒険者四人が戻ってくることはなかった。
それは村にさらなる恐怖を与えた。
カマタから見れば素人ではない冒険者が誰一人帰って来なかったのだ。
その森の近くでの猟は一切禁止にせざるを得なくなった。
また、冒険者が死んでしまったことで依頼内容のレベルが跳ね上がり、それに対する報酬金も跳ね上がってしまった。
それは村にとっては痛すぎる金額であった。
しかし、背に腹は変えられない。
カマタは無理言ってお金をかき集めて依頼を出した。
しばらくして冒険者がやってきた。
報酬金も高くなった影響か先の冒険者よりも日数はかかっていない。
その冒険者は三人組の男女で格好も先の冒険者よりも良い装備に身を包んだ人達だった。
カマタは「今度こそ大丈夫だ」と思った。
そう信じるしかなかった。
だが、その想いは容易く裏切られる。
一人の冒険者が傷だらけで帰ってきたのだ。
片腕が無くなっている。
その冒険者は言った―――怪物がいる、と。
これまで村の近くで人を襲っていたのは凶悪な魔物なんかではなく、魔物なんかが可愛く見えるほどの存在である怪物。
そのことにカマタは戦慄した。
討伐依頼も怪物となれば話は全く別になる。
報酬金など村が支払える限度などあっという間に超えていく。
そもそも冒険者で受ける人が少ない。
コーシェンは街であるが大きくはない。
所謂田舎にある街という感じであり、また冒険者ギルドがないためそもそも怪物を倒せるほどの腕っぷしが訪れにくい場所なのだ。
村は大混乱に陥った。
村を移そうとも森の一部を切り開いて出来たこの場所からどこに移そうというのか。
そもそも森のどこに怪物がいるかもわからない。
村は怯えながらずっと暮らしていた。「森には入るな」と子供達に言ったが怖いもの見たさで入った子供がそのまま帰って来ないこともあった。
それから半年、生きていくには苦しくなるがようやく溜まったお金で怪物の討伐依頼を出した。
それから数週間と現れず、ようやく村にやってきたのがリヒト達であったようなのだ。
そして、カマタはリヒト達を冒険者だと思い込んでしまってあのようなセリフを言ってしまったらしい。
「......なるほどな」
リヒトはカマタの話を真面目な顔で聞いていた。
一方で、カマタは「つい熱が入って話過ぎてしまった」と謝罪していく。
しかし、どこか一縷の望みを見るかのような目でカマタはリヒトに尋ねる。
「それで、この話を聞いてお主はどうにかできそうなのか?」
「任せろ......と無責任なことは言えねぇ。だが、どうにかしたいとも考えている。少し時間をくれねぇか?」
「ハハッ、若いもんが気を遣う必要はない。怪物は格が違う。そう思ってくれてるだけでも十分じゃ」
リヒトの言葉を気遣いと捉えたのかカマタはと乾いた笑みを浮かべた。
そして、「話は以上じゃな」とカマタは立ち上がり家を出て行く。
その後ろ姿を四人は静かに見つめていた。
カマタの足音が消えた所で最初に口を開いたのはメットルだった。
「なんつーか、とんでもねぇ話を聞いちまったな。しかも、相手は怪物と来た。
さすがにリヒトさんでも怪物相手はヤバイんじゃないか?」
「そうだな......」
リヒトは空返事をするように何かを考えながら返答していく。
そんな彼を見たアルナはサッと立ち上がると「少し外の空気を吸いに行こう」と提案した。
荷物番で残ったメットルとターリエをよそに二人は家を出て夜の村を歩いていく。
昼間よりも冷えた今は空気が澄んでいてさらに美味しく感じる。
明かりはほとんどないが、代わりに月明かりが夜道を照らし、見上げれば満点の星々が輝いている。
アルナとリヒトの間に会話はない。
ただ二人並んで道を歩いていくだけ。
二人の沈黙をかき消そうとしているは虫の音色のみ。
リヒトが口を開いた。
「......やっぱり対話は難しそうだな」
「その怪物の話? まぁ、すでに人を襲っちゃってるしね」
そう返答するアルナは気づいていた。
リヒトが本当に気にしてるのはそこではない。
その言葉はただ話のきっかけを作りたかっただけに過ぎないと。
アルナはササッとリヒトの前に出ると振り返る。
そして、後ろ向きに歩きながら率直に今の彼が考えてるであろう言葉を口にした。
「リーちゃんが悔いてるのはもし半年早く出発していればこの村でここまで被害が出なかったってことでしょ? 違う?」
リヒトはその言葉に立ち止まり一瞬目を見開くと「お嬢には敵わねぇな」と苦笑い。
アルナは歩き出したリヒトが横に来るとクルッと反転して一緒に歩き始めた。
「リーちゃん、さすがにそれは過ぎた願いだよ。過去に起きたことは取り戻せない。
ま、そういう所もリーちゃんの良いところと思うけどね」
「過去に起きたことは取り戻せない、か」
リヒトは夜空を見上げた。
キラキラと輝く星は遠くにあるとわかっているのにどうしてこんなにも手に届きそうと思ってしまうのか。
アルナはリヒトの言葉に「うん、それは出来ない」とハッキリ断言しながら言葉を続ける。
「リーちゃん、私達は人間であろうと怪物であろうとしょせんはちっぽけな一つの存在なんだよ。救える数には限りがある。
それこそ孤児院で過ごしてる頃にだって世界にはどこでも人が死んでいる」
「......そうだな」
「だからこそ、救える命をリーちゃんは救っていけばいいんだよ。
少なくとも、今のリーちゃんならこの村にいる人達を救うことが出来る。
もちろん、私も手伝えばこのくらいの数はなんてことないでしょ?」
アルナはリヒトの顔を見てニコッと笑った。
その表情にリヒトは「あぁ、お嬢がいれば百人力だ」と笑みを返した。
その返事は乙女のアルナとしてはちょっと不満。せめて五十人力にして欲しい、と。
その時、アルナは目の端で赤っぽい何かを捉えた。
暗いためよく見えないが確かに小さな何かがいる気がする。
あの呪われてると言われてる廃屋に。
しかし、一番疑問なのはアルナが視界で捉えられる距離感でリヒトが一切気付いてないということだ。
夜目も聞くはずだし、もっと言えば耳と鼻が先にその何かを捉えてもおかしくないはずなのに気づく様子はまるで無し。
アルナは首を傾げながらもリヒトの裾をちょいちょいと引いて廃屋の方へと指さしていく。
リヒトは「なんだ?」と指さされた方向を見てみれば赤いワンピース服を着た少女がいるではないか。
年齢は五、六歳ほどだろうか。
「リーちゃん、見えた?」
「あぁ、小さな女の子がいる。全く気付かなかった。考え事に熱中していたせいか?」
「かもね」
一先ずリヒト達はその少女に声をかけていく。
廃屋は村の外れで森に近いのだ。
それに今は夜。
森の近くは危険でしかない。
駆け足で近寄っていくとその少女はリヒト達の姿に気付いた様子ながらもその声を無視するようにドアの無い廃屋へと入っていった。
リヒトはお爺さんに「呪われてるから入るな」と言われたのを思い出したが、少女がこんな夜遅くに入ってしまったならば背に腹は代えられない。
仕方なくその廃屋へと入っていった。
廃屋の中は案の定ボロボロであった。
よく見れば乾いた血の跡もある。
もう随分と昔のものらしく染みついてしまっているが。
後は割れた壺が並んで置いてあったり、至る所に蜘蛛の巣があって埃っぽいぐらいで特筆すべきことは特にない。
廃屋の観察はほどほどにして少女の捜索へと切り替えた。
すぐさまリヒトはニオイと音で探ってみるがアルナ以外のニオイと音が一切しない。
それどころかどこ見渡しても何もいない。
「リーちゃん、どこにもいないみたいだよ」
「あぁ、だな。コイツはもしかすると......」
リヒトに一つの可能性が浮かび上がった。
するとその時、背後から声がかけられた。
少女の声だ。
場所は入ってきた入り口の方。
「この家は呪われてないよ」
リヒトとアルナが振り返れば月明かりに照らされて花飾りをつけた緑色の髪をした少女の姿があった。
靴も履いてないようで裸足のまま。
何かを持ってる様子は無し。
リヒトは少女の足元を見て納得した。
一方で、少女はニカッと笑って二人に言う。
「かくれんぼで遊ぼう!」
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