第1話 夢を見る小さな怪物
新作です。成長系の話が好きな自分が書いてて活き活きするのはやっぱりこういう作品なんだなと思いました。良かったら、読んでみてください。
この世界には怪物という不思議な生命体がいる。
とある小さな怪物は―――人間に憧れた。
小さくて弱くて個では無力と言っても過言ではないその生物は若干小学生ほどの小さな怪物からすれば赤子の手を捻るように殺すことが出来る。
そう作られたのだから殺せるほどの力が無ければ今頃生きてはいない。
そんな本来憧れるべき対象とは程遠い生物にその小さな怪物は憧れた。
それは彼が持つ本当の夢の通行手段として必要だと考えていたからだ。
小さな怪物の容姿は頭と首、上半身が狼で腕が大型のトカゲ、下半身がオオワシのような猛禽類の足、そしてその猛禽類の生物についている三又の尻尾。
小さな怪物はいわゆる複合生物というものだ。
複数の生物を死後に切り刻み、子供がおもちゃで遊ぶように他生物同士の部品を繋ぎ合わせ、一つの新たなる生物として誕生させられた存在。
生物としてなぜ生きているかわからないが、小さな怪物は生きている。
生きていることが全ての小さな怪物はそこに疑問を感じたことがない。
感じても意味がないというべきか。
透明なガラスに覆われた中で小さな怪物は絵本を読んでいた。
人間の子供が読むような本だ。
その本は「姫と騎士」というタイトルのもので、内容としては騎士が怪物に捕らえられた姫を助けに行くという王道過ぎてつまらなくすらあるストーリーである。
しかし、小さな怪物はその本がたまらなく好きだった。
この絵本の騎士という存在をカッコよく感じたのだ。
だが、それは研究員達からすれば酷く汚らわしい思考であった。
******
乾いた風が吹き荒れる廃城の地下にあるとある施設では多くの研究員が忙しく働いていた。
白衣に身を包み、何かの研究資料を片手に行ったり来たり。
研究員が通り過ぎる両端には酸素カプセルのようなものに緑色の液体が満たされていて、その中には悍ましい怪物らしき肉片が浮いている。
それは一つだけではなく、いくつも並んでおり研究員は見慣れたそれを気にすることなく、その肉片の様子を観察したり、記録をつけたりとやることを数えればキリがない。
当然そんなに忙しくしてやるには理由がある。
それは彼らにとってとても崇高なる願いであり、醜いほどの野望であった。
とある研究員の男がガラス張りの廊下を歩ていく。
その時、小さな怪物が“また”どこからか持ち出した人間の絵本を読んでいたことに気付いた。
本を読むこと自体は問題ではない。
怪物が人間を巧みに騙し、操るには知能の発達は不可欠であるから。
問題はその小さな怪物がキラキラした瞳でその絵本を読んでいること。
人間を殺すことを目的として作られた怪物が人間に同情するようなことがあれば本末転倒。
そもそもこの小さな怪物だけ他の怪物とは異質なのだ。
他の怪物は彼らが望んだように殺戮に愉悦を感じ、木人相手にすらその感情を感じる。
しかし、その怪物達は知能を全く身に着けようとはしない。
ただひたすらに強靭な体で特攻を繰り返すという頭の悪い行動をするばかり。
それは一部では有効だろう。
しかし、同じ人間である研究員達からすれば人間の最大の脅威は知脳であると理解しているために全く知能を身に付けようとしないその怪物達に手を焼いていた。
その一方で、小さな怪物は優秀であった。
自ら率先して書物を読み、戦闘訓練においても唯一自分の体を理解している様子で複合した生物の能力を使って考えながら戦っていく。
故に、小さな怪物はその研究員達にとって希望の存在になる―――はずだった。
唯一欠点を挙げるとすれば怪物に必要な他生物を殺した時の喜ぶ行動が一切ないことだろうか。
そればかりかまるで人間に憧れるかのようにどこからか持ち出した絵本を何度も何度も繰り返し読んでいくばかり。
「はぁ、またリヒトの奴は絵本を読んでいるのか」
「これで何度目だ? というか、一体いつ盗み出している? 教育に悪い。いい加減処分しろ」
「だけど、それでリヒトちゃんが機嫌を損ねたらそれこそ一大事よ」
研究員達はリヒトの扱いに酷く頭を抱えていた。
リヒトとは小さな怪物の名前である。
由来は「人の理を超えし者」から“リヒト”。
この研究施設で全てが番号で呼ばれる中、リヒトだけ唯一のネームドである。
つまりそれだけリヒトの存在は期待されていたということだ。
あの小さな怪物が願いを叶えてくれる希望の星となる、と。
当然の話だが、当の本人であるリヒトにはそんな期待など関係ない話だ。
彼はガラスの向こう側で研究員達が何を話しているかなど目をくれることもせず、ただ両手に持つ絵本を食い入るように眺めるだけ。
研究員達は絵本を読んでいるリヒトが言語を理解しているように思っているが、実際リヒトはその絵本の内容は何も理解できていない。
言語教育されてないのだから当然だ。
どんなことを話してるかはわかる。
しかし、何が書いてあるかは読めない。
そのためその絵本を読んでいても見つめているのは専ら絵のみだ。
だが不思議とその絵だけでストーリーは想像できる。
リヒトはそれだけで十分に楽しみ、この絵本の人間という存在に興味を持った。
ウィンとドアが横に開き研究員の男が入ってくる。
その男は「訓練の時間だ」と絵本を奪い取るとリヒトの手を取って強引に訓練場へ連れて行く。
長い廊下を歩かされ辿り着くは多くの他の怪物が敷き詰められた広い空間。
その怪物達の誰もがリヒトより大きい。言うなれば大人と子供。
大きい怪物では三メートルに達する者もいる。
その誰もがリヒトを睨んだように見ている。
彼らは理解しているのだ。
リヒトが特別な存在であるということを。
彼らも研究員達からの言葉をなんとなく理解している。
それだけの知能はなぜかある。
故に、リヒトだけが唯一名前で、ある程度のワガママが許されていたことに酷く嫉妬していた。
『それでは今から戦闘訓練を開始する―――』
どこからともなく男の声が聞こえてくる。
リヒトが上を見れば二階席の安全な場所から見下ろしている。
「(なぜ同じ人間なのにあの絵本の騎士とは違うんだろう......)」
人間に憧れている。そこに嘘はない。
しかし、今目に映っている人間は本当に自分の憧れていた人間と思っていいのだろうか。
リヒトの目には悲しみの色が浮かんだ。
同時にブザーが鳴る。
怪物同士ののバトルロワイアルだ。
いや、蟲毒と言った方が正しいのかもしれない。
二回目のブザーが鳴る。
時間としては五分も経過していない。
血みどろでいくつもの肉片が散らばっている空間で立っているのはただ一匹の小さな怪物―――リヒトだけであった。
怪物達の血でリヒトの体は真っ赤に染まっている。
そんな姿にリヒトは自分の手を見つめては悲しみに拳を作り、一方で研究員達はリヒトの強さにまるで甲子園で優勝した球児のように喜びあっていた。
再び自分の部屋に戻されればそこには当然何もない。
先ほど読んでいた絵本などあるはずもない。
ましてや返り血で濡れた体すら洗わせてもらうことはない。
怪物達の血のニオイが死の怨念感じさせるように鼻に纏わりつく。
ウィンとドアが開いた。
その時、リヒトの耳がピクッと反応し、自然と笑顔になりながらその方向へ目線を向ける。
「やぁ、持ってきたよ」
金髪で片目にやけどを負ったような少年が絵本を片手に入ってくる。
その少年はリヒトより二、三歳ほど上で、またリヒトが唯一“兄ちゃん”と慕う人間であった。
少年はリヒトの横に座ると絵本を渡していく。
当然、その絵本はこれまでリヒトが何度も読んできた大好きな絵本である。
リヒトはそれを受け取って嬉しそうな顔をするが同時に少しだけ不安そうな顔で少年に尋ねた。
「持ってきても大丈夫なの?」
その問いに少年は自信たっぷりな様子で答える。
「問題ない。大丈夫さ。なんたってこの研究施設の所長の息子だからね。それよりもリヒトはこれが読みたかったんでしょ?」
リヒトはコクリと頷くとまた最初のページから悔いるように絵を眺めていく。
少年はリヒトが絵本を読む姿を嬉しそうに眺める。
まるで本当の弟のように慈愛の目を向け、優しくリヒトの頭を撫でていく。
リヒトもその撫でてもらうのが好きなのか三又の尻尾がその嬉しい感情を表すかのようにゆらゆらと揺れた。
「リヒトは本当にその絵本が好きだね。騎士になりたいの?」
「うん! 後、この騎士のように強くてカッコよくなりたい!」
そう自信たっぷりに答えたリヒトだがすぐに声のトーンが下がっていく。
「だけど、そんなことは無理だってわかってる。だって、僕は人間を殺すために生まれたんだから」
現にもう生物を殺している。
人間ではないとはいえ、同じ怪物を先ほども殺した。
生きたいがために。
きっとそんな気持ちはどの怪物達も思っていただろう。
その思いを踏みにじってまで得た勝利。
しかし、そこには何の感情も生まれなかった。
生きている喜びすらも。
「それに人間にならなくちゃ騎士になれないでしょ?」
「別にそんなことは.....」
「本当は騎士にさえ成れればいいんだけど」
少年はリヒトが人間という存在に憧れてる意味をすぐに理解した。
彼は少し悲しさが含まれた笑みを浮かべる。
それはリヒトに対する同情の意味である。
少年は再びリヒトの頭を撫でると自信たっぷりに言った。
「大丈夫、リヒトならきっとなれる。
確かにリヒトはこれまでに多くの同じ怪物達を殺してきたかもしれない。
だけど、それはリヒトが、騎士に憧れている君が人間を守るために行った正義の行為なんだ」
俯きがちだったリヒトが顔を上げる。
悲しみの色が多分に含まれた表情をしていたが、その目は少年の言葉によって光を宿していた。
「正義.....なれるかな? こんな僕にも。騎士に」
「騎士になるだけじゃない。騎士の中でもさらにカッコいい騎士にだってなれるさ!」
一体少年のどこにそんな自信があるのか。
そう疑問に思う程その言葉には熱意があり、同時にリヒトの心に火を灯した。
「うん、なる! 僕は絶対に騎士になる!」
「そう来なくっちゃ!」
少年は嬉しそうに笑った。
だが、当然ながらその道はとても険しく厳しい。
この研究施設からの脱出だってそうだ。
そもそもこの研究施設を出なければそんな夢を叶えることなんて出来やしない。
リヒトは他の怪物達よりも頭が回る。
そのことにも当然気づいていた。
そんなリヒトに少年はどこか寂しそうな顔で言った。
「リヒト、僕じゃ君の夢を叶えることは出来ない。だけど、夢を叶える手伝いをすることは出来る」
少年は立ち上がりガラスの向こう側に人がいないことを確認すると素早くドアに向かっていく。
そして、最後にこうも言った。
「それじゃ、僕はもう行くよ。合図はきっとそう遠くない日にある。君を檻から解放してあげる」
その数日後、研究施設は謎の大爆発が起こった。
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