わたくしは、わたくしのためならば、努力は惜しみませんわ
わたくしは、わたくしのためならば、努力は惜しみませんわ。
ですので。
「その婚約破棄、わたくしから父に申し上げておきますわ」
と、自称ヒロインとやらに心変わりした王子から悪女に仕立てあげられつつも婚約破棄を華麗に受け止め流し父に放り投げ、わたくしは婚約破棄をされた傷物令嬢として隣国と接する領地に引き込もっております。
世間では醜聞を噂に尾ひれを付けて嘲笑ってらっしゃるらしいのですが、わたくしとしては領地万歳!!スローライフ最高!!ですわ。
そもそもわたくしには王妃の座は荷が重すぎて何度も婚約を解消していただくよう不躾ながら国王陛下にお頼み申し上げておりましたが、王子があんまりにもアレなので陰日向となり支えてやって欲しいと涙ぐみながら仰られては話を立ち消えさせられました。
国王陛下と王子が水虫と薄毛で悩むよう呪術を調べあげたことは王子の仰っていた悪女の行いとして認めておきましょう。
……治りましたのかしら、あれ。
「さて、今日は何をしましょうかしら?」
昨日摘んできた木苺をジャムにしてスコーンに塗って食べるのも、寝る前に読んでいた読書の続きもいいですわ。
それとも怠惰に惰眠を貪るのもよろしいんじゃないかしら?
ああ、自由って素晴らしいですわ!!
と、わたくしが快適に過ごして一週間後に王都から早馬が届きましたわ。
ふむふむ。内容はかなりオブラートに幾重にも包まれておりますが、王子とわたくしの後釜に座ったヒロインさんが使えなさすぎて公務が滞って大変なので婚約破棄を白紙撤回にするから戻ってきて欲しいと…。
……思っていたより大分お馬鹿さんでしたのねぇ。
わたくし、思わず感心してしまいますわ。
それに厚顔無恥。婚約破棄をした女性に仕事が出来なくて縋るとか、恥ずかしくないのかしら?
わたくしなら死んでも嫌ですわ。
と、いうことで心に深い傷を負ったため王都に行くと息切れと目眩がするので無理ですわとお返事しておきましょう。
ついでに口臭が臭くなる呪術も掛けておきましょう。
さあ、木苺をジャムにしてスコーンで食べながら読書の時間を作りましょう。
それが終わったらお昼寝タイムですわ。
わたくしは田舎の郵便…早馬ではなくロバでの配達を頼むと早速準備に取り掛かりました。
返事が遅いロバを選んだのは単なる嫌がらせですわ。
「……さて、そろそろですわね」
木苺を摘みながら独り言を言うと目的の人物がやってきました。
「やあ、こんにちは」
「ごきげんよう、侯爵様」
隣国…とはいっても隣の領地の侯爵が木苺を摘むわたくしに挨拶をします。
侯爵が入りやすいように隣国ギリギリまで畑を作っておきましたし、侯爵がわたくしに興味を持ってくださるように日々頑張りました。
にこりと、ヒロインと違って大きな口を開けて笑いませんわ。
わたくしは貴族ですし、お相手も貴族なのですからこれでなんの不具合もありません。
王子達がヒロインと関わってからおかしくなったのですわ。
そのようなおかしな人物とは関わり合いたくありませんもの。
「本日も木苺をジャムにするのですか?」
「ええ、先日作ったものがとても美味しく出来ましたので」
「そうですか…。それは残念だな。そんなに美味しく出来たのならあなたの作るジャムを食べてみたかったな」
「まあ、本当ですか?とても嬉しいですわ。今回作って美味しく出来上がりましたら侯爵様にお裾分けさせていただきますわ」
にこり、にこりと相手に分かるように上機嫌に。
あなたに好意がありますとほんの少し仄めかせながら。
案の定、侯爵も少し頬を染めます。
侯爵は貴族に向いてらっしゃらないのでは?貴族の仮面を被っていただかないと。
ですが、そんなところもかわいいですわ。
わたくしと侯爵はそうして密やかにしっかりと仲を深めていきました。
順調すぎて我ながら怖いくらいですわ。
本当に悪女の才能があったのかしら?
今日も木苺畑で侯爵を待ちます。
獲物を狙うときは焦ってはいけません。
ゆっくり、しっかり、自分の射程範囲に入ってから言葉を紡いでほんの少しの甘い言葉を言うだけです。
ヒロインさんのように焦ってはいけません。
昨日届いた王都からのお手紙ではとうとう五股が発覚したらしいですし。
学園時代から王子達以外分かりきっていたことじゃありませんの。
わたくしは心底呆れましたわ。
本当に婚約破棄をしてよかった。
……来ましたわね。
「侯爵様」
声を弾ませて、侯爵の来訪を心から喜びます。
ヒロインさんと違って演技ではありませんわ。
わたくしは本当に侯爵を愛していますもの。
しばらく話をしたあと、わたくしは恥ずかしがりながら自国の恥を告げました。
「自国の恥ですから他言は無用でお願い致しますわ」
「わかりました」
侯爵は神妙な顔で頷きました。情報通な方ですから既に存じ上げているかもしれません。
「実は、婚約破棄をされた王子から再度の婚約を迫られているのです。わたくしを裏切って新しく見付けた真実の愛の相手が王子を含む五人もの男性と交際していたことが発覚したらしく……今までお断りしてきましたが王命をちらつかせられて、わたくしは大変に困っておりますの」
ヒロインさんはなにかあると子供のように大声で泣きじゃくっておりましたが、涙とはここぞという時に使うものですわ。
わたくしは目の縁に少しの涙を溜めてハンカチーフで拭いました。
「こんなこと、隣国の方にご相談しても致し方ないことでしょうけれど、どうしてもあなたに聞いてほしくて…」
ヒロインさんの誰にでも言うあなただけとは違いますわ。
本命にしか言わないから本当の効果があるんですの。
侯爵には自国に翻弄される憐れな令嬢に見えたことでしょう。
わたくしの前に跪き、手を差し出して来ましたわ。
「……ずっと思っていたのですが、やはり耐えられません。もしよろしければ私と結婚してください。そうすればあなたの国も王子も他国の花嫁に手出しは出来ない」
「ですが、そんなことをされてはあなたにご迷惑を掛けてしまいますわ」
困った振りも得意なんですの。まだ手はとりません。
「愛する人から掛けられるなら迷惑でもなんでもありませんよ」
「あら、まあ」
わたくしは頬を赤くして口に手を当て隠します。
笑っているのが分からないように。
「どうでしょうか。私と婚約していただけないでしょうか?」
「婚約者の心も繋ぎ止められず、悪女の評も立てられたわたくしで本当によろしいのでしょうか?」
わたくしが訊ねると、侯爵は微笑みました。
「それは失礼ながら王子に非があるかと。あなたは悪女なんかではありません。どうか私と結婚していただきたい」
散々呪術を掛けてきたので悪女には悪女なんでしょうが、ここはしおらしく差し出された手に手を乗せるだけですわ。
「はい…」
少し頬を赤くするのも忘れずに。
わたくしは王子に一方的に婚約破棄をされ悪女の評を立てられたかわいそうな令嬢なのですから。
ああ、でも本当に婚約を破棄するよう仕向けて良かったですわ。
ヒロインさんが動きやすいようにしただけで勝手に転がり落ちていく王子達のお姿も大変面白かったですが、やはり恋はしたいですもの。
それにしてもヒロインさんがゲームの1しかプレイしていなくて助かりましたわ。
それに、わたくしの理想的な続編の攻略対象である侯爵が見初めてくださるよう頑張った甲斐がありましたわ。
あとはもっと侯爵をわたくしの理想に近付けるだけ。
わたくしのためならば、わたくしは努力は惜しみませんわ。