【悪 -ルフィール=ティアーズ-】
闘技場。
コロシアムサバイバル
[ミッション13・トロール狩り]
[グアアアアッ!]
トロールの断末魔が闘技場内に響き渡る。
ドスン、と大きな音と共にトロールが倒れれば観客席からは歓喜の声が煩いくらいに上がる。その声を聞きながら私はトロールの背中に刺さった剣を抜いて、付着した血を払い落としてそれを鞘に収めた。
羽織っている白い衣服と胸の辺りまで伸びた紺色の髪の毛にもトロールから出た黒々しい血がべっとりと付着していて、これはあとで洗わなければいけないなと思いながら息を吐く。
剣を抜かれたトロールは地面に書かれた魔方陣の力によって消滅し、私はそのまま挑戦者入場口へ。そこでは、朱色の髪を持った彼が呆れた表情を浮かべながら私を見ていた。
「…どうだった?」
「最後の1匹まで無傷で倒すなんて、どんな事したらそんなチート出来るんだ?」
腕を組んで溜め息混じりに言った彼の言葉を聞きながら、顔を覆う仮面を外す。仮面にもトロールの血がべっとりと付着していてちょっと嫌な気持ちになった。
よく見ると、血の他にも無数のひび割れがある。
「…この仮面もう駄目ね。新しいの売ってるかしら?」
「……………」
この仮面気に入ってたのになぁ。と、眉を下げて肩を落とし、それを彼…レオに渡した。
「それで、このあとはどうするのだったかしら?」
「このあとは船に乗るんだよ。俺らが来たら出港だと」
「そう。…じゃあ、行きましょう」
言って、歩き始める。
闘技場の熱は冷めていない。
それどころか、もう次の試合が始まっているようで更に盛り上がりをみせているようだった。
レオは私の後ろを歩き、私の背中を見つめる。
彼と出会ったのは2年前。
彼は傭兵だった。お金さえ払えばなんでもやってくれる傭兵。その場には他にも何人か傭兵が居たけど、私は彼にお願いした。
理由は色々ある。
顔が他の人よりも格好よくてタイプだったから。優しそうだったから。強そうだったから。報酬は依頼を完了してからだと言ってくれたから。などなど。
その中でも、私が彼を雇った最大の理由は……。
+
「…で、このあとどうするんだ?」
「とりあえずは、船でここまで行くわ。その後は…そうね。馬でも借りて平野を突っ切るのが近道かしら」
闘技場を離れ、港に停泊していた船に乗る。先に取っておいた部屋に移動し、私たちはそのままテーブルの上に地図を広げて話し合いを始めた。
私たちの次の目的地は工業都市トゥーア。まずはここアクセラから船で港町センティアへ行き、そこから馬でトゥーアを目指す。港町からトゥーアまでは結構な距離があるため、馬は絶対に確保しておきたいところ。
しかし、馬が借りられなかった場合は仕方がないので徒歩で行くしかなくなるけれど、馬がなかった場合、トゥーアまでは急いだとしても最低1週間は掛かってしまう。もうそうなってしまえば絶望的だ。
「工業都市トゥーア。…こんな所に何の用が?」
「剣を直してもらうために行くのよ。それと、情報収集のためね」
私の剣、刃こぼれしちゃったから。
言いながら腰に差している鞘に触れる。旅立った頃から使っている大切な剣。できれば手放したくない。
「買えばよくないか?」
「それは駄目。私は、この剣で旅をするって決めているの。他の剣なんて使えないわ」
断言する。
その言葉を聞いたレオは肩を竦めて息を吐いた。どうやら彼には私の信念がわからないらしい。
「そーかい。じゃあ、話は終わりだな。…俺はこれから寝る。着いたら起こしてくれ」
「着いたらって、…一体何日寝てる気?」
そう言ってレオは部屋に備え付けのハンモックに飛び乗り、仰向けになって目を閉じた。なんて呑気なのかしら。と、早々に寝息を立てて眠った彼の顔を見て溜め息を吐く。
テーブルに広げた地図を折りたたんで、私も同じくハンモックに飛び乗り目を閉じた。
+
夢を見る。
子供の頃の夢。
まだ何も知らなかった頃の夢。
私は、彼と一緒に村の近くにある花畑に居た。
花冠を作って、それを彼の頭に乗せて、楽しそうに笑いあっている。凄く幸せだった。ずっと、あの時間が続けばいいってどんなに願ったか。
『フィール!ほら、こっち!』
『待ってよ、レイ!そんな早く走れない!』
彼と一緒に、花畑を走る。
花畑の向こうには綺麗な湖があった。彼が見つけた、小さな湖。
私は、その湖のある場所がお気に入りだった。彼との2人だけの秘密の場所だったから。
『なぁ、フィール。大きくなったらさ。また、ここで…』
『……、うん!』
+
「……………」
あの時、どんな約束をかわしたのかは記憶が飛んでいて思い出せていない。とても大切な約束だったような気がするけれど、どうして私は忘れてしまったのか。
あの時、突然居なくなった私を、貴方は一体どう思っただろうか。
「………レイ」
ゆっくりと目を開いて、ここには居ない彼の事を想う。
彼は今、何をしているのだろうか。
「…そんな事、もう思っちゃ駄目よね」
…もう一度、彼に会いたい。
だなんて、今さら思うだけ無駄だわ。もう、彼の事は忘れないと。
「待っていて。必ず、…必ず私がやり遂げてみせるわ」
右腕を伸ばし、中指に嵌めている指輪を見つめる。緋色に染まっている宝石が天井にぶら下がる電球の光に反射してキラキラと輝いていた。
代々受け継がれてきた、緋色の指輪。私はこの指輪をとある場所に置きに行くために旅をしている。
けれど、この旅は簡単な、子供でも出来るおつかいみたいな旅ではない。レオには内緒にしているけれど、いつかは彼にも話さなければいけない時が来る。
「…………、」
本来ならこの旅に傭兵はいらない。この旅は、私1人でやり遂げなければいけない旅だからだ。なのに、何故私は傭兵を雇ったのか。
それは、……。
「………大丈夫。今までだって、平気だったわ。きっと、まだ大丈夫」
いつか、私がこの指輪に喰われた時に止めてもらうため。そのために私はレオを傍に置いた。
レオの力だったら、必ず私を止めてくれる。
「…………」
チラリ、と眠っているレオの方を見る。起きる気配はない。熟睡しているようだ。
私も、もう眠ろう。
そして私は腕を降ろして、ゆっくりと目を閉じた。
ーー港町センティアは、まだまだ遠い。
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