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聖と悪の恋歌   作者: aki.
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【聖 -シュレイク=ハーグレイグ-】

 




 帝都ストレイアス。




 この世界で一番の大都市にあたるこの国には、毎日世界中から多くの種族が様々な理由を持って集まってくる。


 商売のために遠い小さな国から出稼ぎにやってくる人、やんごとなき事情から移住してくる人、観光客、旅人や旅芸人、亡命者、…言い出したらキリがないからこれ以上は割愛するが、とにかくこの国には毎日毎日止まる事なく色々な事情を持った人たちがやってくる。


 かくいう俺もその1人で、今は休憩がてら立ち寄った宿屋の一室で旅のお供である剣の手入れをしていた。




「……………」



 外からは沢山の声が聞こえる。


 がやがやと賑わうその声をBGMに、俺は今朝方に手に入れた情報を頭の中で整理していた。




「……アクセラ、か」



 帝都ストレイアスから遥か遠くにある国・アクセラ。


 アクセラは地図に載っていない“幻の国”として俺たち旅人の間で噂されている国で、そこには俺たちが知らない…想像もつかないようなものがいくつも存在しているらしい。


 この世界には、未だに解明されていない謎が数多く残されている。


 アクセラもその1つであり、そしてあそこねは…俺の捜し求めている人物が居るかもしれない国でもあった。




「……刃こぼれが酷いな。こりゃそろそろ買い換えかもしれないな」



 眉間に皺を寄せながら剣の刃を見つめて、うーんと顎に手を添え考える。


 村を出てから今までこいつ1本で頑張ってきた手前、手放すのは大分惜しいが、これからもこの刃こぼれした剣でアクセラまで旅を続けるっていうのもなかなかにハードだ。


 …かといって、今は買い換える程の金は残念だがまったく持っていない。



 アルバイトをして稼ぐ事も出来なくはないが、この国の条例では確か「商売人と移住者以外の者の金策行為は禁止」と定められているため、それは絶対に出来ない。


 売れる物もあんまり持ってないし、これはかなり困った事になった。




「…とりあえず、街に出てみるか」



 剣を鞘に収めて、よいしょと立ち上がる。


 街に出ても特にする事はないのだが、せっかく立ち寄った世界一の大都市。思う存分飽きるまで堪能したい。


 旅に出る前から憧れだった夢の帝都に来てるんだ。楽しまなきゃやってられないし、戦士にはたまの息抜きだって必要だ。



 …という軽い言い訳を自分に言い聞かせて、ちょっとだけ観光客気分で部屋を出る。



 ロビーに居る店主兼掃除婦のお姉さんに「夕方までには戻ります」と伝えて、俺は宿屋の扉を開けた。




 +



「よぉ!」

「…?」




 宿屋を出て、しばらく歩く。


 商業区から住宅区を繋ぐ橋の上で足を止めて、これからどうしようかと模索していると突然背後から声がして軽く背中を叩かれた。


 反応して振り向くと、そこに居たのは黒い服を着た白髪の短髪男とオレンジ色の服を着た赤髪のツインテールの少女。俺の背中を叩いたのはどうやら男の方のようで、彼は片手をあげて懐かしむような表情で俺を見つめていた。


 少女の方は男の後ろに隠れてじっとしていて、俺はその男の姿に少しだけ目を見開く。



「久しぶりだな、シュレイク。こんな所で会うとは偶然!」

「ゼ、ゼルス…!」



 ゼルスと呼ばれた男は、あげていた手を腰に当てて嬉しそうに笑う。


 背後に立っていた少女に俺の事を友人だと紹介し、彼は橋の下に流れる川を見ながら俺の隣に立った。



「友人、というと…貴方がシュレイクさんですか?」

「え、あ、…うん」

「シュレイク=ハーグレイグ。気軽にレイちゃんって呼んでもいいぞ」

「レイ、ちゃん…?」

「レイちゃんって言うな」



 口を開いて、少女は言う。


 話し方から、ゼルスが連れ歩いているにしてはちゃんとしている子のようだ。



 …レイちゃんって呼ばれたのは久しぶりだ。


 というか、俺をそう呼ぶのは今のところゼルスしか居ないから旅人の間で浸透する前に心の底からマジでやめてほしい。



「ゼルスさんから貴方の話は聞いています。…私は、つい先日よりゼルスさんと共に旅をしていますセルティアール=スワンといいます。ルティアと呼んでください」

「あ、…はぁ。よろしく」



 深々と頭を下げて自己紹介を済ませるセルティアール。


 そのあとで差し出された手を握って握手をすると彼女は口元を緩ませて、にこりと笑った。




 …なんだかとても礼儀正しい。



 どうしてこんな子が、ゼルスみたいな“いい加減に世界を旅してる男”と一緒に居るんだろうか。




「…で?どうなんだ最近?」

「ん?」

「ん?じゃねーよ。あれから何か進展あったのか?」



 ルティアとの会話が終わると、それを見計らったようにしてゼルスがそう聞いてくる。


 一瞬、何の事を言っているのかわからなかったが、ゼルスは俺が何故旅をしているのかという理由を知っている数少ない人物なので、すぐに俺は「ああ」と頷いた。



「有力な情報が一つだけな」

「へぇ。良かったじゃねーか」

「…でもな。問題があるんだ」

「問題?」



 もう一度、頷く。



「あいつが居るらしいって国がさ、…どうも…アクセラらしくて」

「アクセラぁ?アクセラって、あの…幻の国って言われてる?」



 言うと、ゼルスは眉間に皺を寄せて俺の方に顔を向ける。


 俺たちの会話を静かに聞いているルティアも、アクセラという名前を聞いた事があるのか肩をピクリと震わせた。



「そ。その幻の国」

「はー。…こりゃ行くのに相当苦労しそうだな」

「今まででアクセラに行こうとしていた旅人が何人も居たっていう話だが、結局それからどうなったのかはわからない。…たぶん行けなかったってオチなんだろうけど」

「何処にあるかもわからん国に行くんだ。何の情報も無しに辿り着くのは無理ってもんだよ」

「……………」



 地図に載っていない国に行くっていうのは困難極まる。


 確かにゼルスの言う通り、アクセラについての情報を何かしら持っていないと辿り着くのは無理だろう。



「…行く方法がわからないんじゃ、八方塞がりだよな」



 はぁ、と溜め息を吐く。


 …ったく。どうしてよりによってあいつは幻の国と呼ばれているアクセラなんかに居るんだ。


 捜す身にもなってくれっていう話だが、捜しているのはこっちの勝手だし、アクセラに居るのもあっちの勝手だ。こんな事で文句を言うつもりはない。


 あ、いや…アクセラに居る“かもしれない”って話だから確定で物を言うのは駄目か。



「あと、深刻な問題が1つ」

「まだ何かあるのか?」

「…これはあいつとはまったく関係ない、超個人的な問題なんだが」

「うん」

「剣の刃こぼれが酷くてさ。買い換えたいって思ってるんだけど、生憎と金がなくて」

「……はは、そりゃ問題だな。死活問題だ」



 眉を下げて言うと、ゼルスは肩を落として笑う。


 旅を続けている以上、金はそこそこ余裕があるくらいに持っていないと話にならない。


 魔物を倒したらそこから金が湧いてきますって、そんな夢みたいな事があるわけがないし、それに魔物の皮を剥いで問屋で売るにしても大した額では売れず、この方法はもう俺の知っている旅人の中では誰もやっていない。


 旅人というのは常に金欠なんだ。と、以前に知り合いが言っていたが本当にその通りだ。



「金がねぇんならまず稼がねぇとな。武器がねぇとまともに戦えねぇし」

「そうだよな。…はぁ、これからどうすればいいんだか」



 前途多難とはまさにこの事。

 俺は再び溜め息を吐いて、額に手を当てる。


 すると、それまで何も喋らずに俺たちの会話を聞いていたルティアがゆっくりと口を開いて俺の名前を呼んだ。



「あ、あの…シュレイクさん」

「ん?」

「その、武器については応援しか出来ませんが…もう1つの問題、…アクセラについては、力になれます」

「………は?」



 ルティアの言葉に、ぽかんとする。


 ゼルスもそれは同じようで、彼女の方に顔を向けた。



「ルティア、アクセラに行く方法知ってるのか?」

「…はい。知っています」



 こくり、と頷く。


 俺とゼルスは互いに顔を見合わせて、眉間に皺を寄せた。



「その前に、シュレイクさんはどうしてアクセラに行きたいのですか?」

「え?」

「理由を教えてください。…あいつ、と言っていましたが…その方とご関係が?」



 首を傾げて聞いてくるルティア。


 どうしてアクセラに行きたいのか。その理由を問う彼女を見て、俺は困惑の表情を浮かべた。



「…それは」

「言えないのですか?」

「…………。」

「安心しろよシュレイク。ルティアは信用に値する女だ」

「………」



 ゼルスが言う。


 …まぁ、ゼルスが連れている少女だし、警戒心を持つのは杞憂だと思っているが、理由が理由なだけにあまり他人にペラペラ話すっていうのは正直な所したくない。



 でも、ルティアはアクセラに行く方法を知っている。


 理由を話さずに自力でアクセラに行く方法を探すにしてもそれは無理な話すぎるだろうし、それなら理由を話して彼女にアクセラに行く方法を教えて貰った方が効率が良い、か。



 そう思いながら、俺は肩の力を抜いて口を開く。



「…俺がアクセラに行きたい理由は、そこに知り合いが居るかもしれないからなんだ」

「その方は、貴方にとってどのような存在なのですか?」

「え?ああ、ん…そうだな…。大切な友達…かな」

「友達、ですか…」

「彼女は、突然俺の前からいなくなったんだ。何の前触れもなく。突然」

「……それは、いつ頃?」

「2年前…くらいだったか。それから俺は旅をしてる。いなくなったあいつを見つけるために」

「………、そうですか。それで、その友達はアクセラに?」

「たぶん、な」



 俺の話を聞いて、ルティアは眉間に皺を寄せて俯く。


 顎に手を添えてぶつぶつと何かを呟く彼女を気にしつつ、俺はふと空を見上げた。



 …もう夕方か。


 宿屋に戻る時間だ。




「…わかりました。貴方に、アクセラへの行き方を教えます」

「!、本当か?」

「はい。その代わり、アクセラまでの道中は私とゼルスさんも同行します」

「は?俺たちも?」

「はい。それに私もアクセラに行きたいと思っていましたので、ちょうど良いかと」

「…君も、アクセラに用が?」

「……用…という程ではありませんが、興味があるのです。今のアクセラに」

「?」



 胸に手を当てて、ルティアは言う。


 眉を下げてそう言った彼女をゼルスはじっと見つめて、深く息を吐き出してから俺と同じく空を見上げる。




「おー、もう夕方だ。寝るとこ確保しなきゃな」

「…あ、そういえばそうですね。…シュレイクさんは今日泊まる所は?」

「?。俺はもう決めてあるから大丈夫だ」

「金がねぇのに?」

「宿代払ったらそこで尽きたんだよ」

「…そうですか。なら私たちもシュレイクさんが泊まる宿屋に行きましょう」

「は?」

「同じ目的を持った以上、私たちはもう仲間です。それなのに別々の所で寝てはおかしいではないですか」

「……あー、まぁ確かに」

「ふふっ。そうと決まったらさっさと行きましょうゼルスさん!」

「あ、おい!」



 くるり、と身体を反転させてルティアは宿屋に向けて歩き出す。


 1人でどんどん遠くまで行く彼女を見て、ゼルスは眉を下げて呆れた表情を浮かべながら後頭部を掻いた。



「…ったく。いっつも勝手に決めんだからあの姫様は」

「姫?」

「ん、…ああいや。あいつのあだ名みたいなもんだよ。どっかの姫様かっつー勢いで我が道を行くからな」

「……はは、」

「…んじゃ、俺たちも行こうぜ。あいつの話だと俺たちはもう仲間らしいからな」



 言いながら俺の背中を叩いて、ゼルスもルティアに続いて宿屋に向けて歩き出す。

 俺はゼルスの後ろ姿を見て、再び空を見上げた。



 仲間…か。


 まさかこんな旅に、仲間が出来るなんて思いもしなかったな。





「……、…フィール」




 小さく名前を呟く。


 アクセラに居るかもしれない彼女の事を想いながら、俺は服の下に隠れているペンダントを強く握った。





ここまで読んでいただいてありがとうございます。


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