第84話
巨人族VS小人族? の喧嘩です。
「お、おおっ、何だお前っ! 邪魔するな!」
一瞬ひるんだ顔をしたものの、すぐに怒鳴ってくる、幼い顔。背丈はオレよりやや高く、体格が凄い。マッチョなボディビルダーだな。年齢的には10歳前後、巨人族の子供だろう。
そして、オレの掌の下で頭を抱えてうずくまっていたのは…いや、今は目を丸くして見上げているな…小人族の子供で合ってるか。ホントに小柄で、オレの膝に届くかどうかの背丈だ。
「邪魔しなかったらお前、殴り飛ばしてたろ。そうなったら怪我じゃすまなかったかもしれないんだぞ。分かってるのか?」
「な、何だよ、お説教か!? 俺たちの方が強いんだから何しても勝手だろ、そんな事!」
「勝手、だと? そうか、ならオレが強かったら何しても良いって事だな?」
「はん! お前みたいなチビでやせっぽちが何言って……っ!? い、痛たたっ! 痛い、放せ、その手を放せぇっ!! 痛いいぃぃっ!」
「背丈に関係ないんだよ、強さってのは、な?」
掌を軽く握りしめてオレは笑う。はた目には拳を受け止めているだけだが、小柄な俺が笑っているのに、どでかい拳の持ち主が痛みに身を捩って叫んでいるという、不可解な状況だ。
「え、ええ? お兄ちゃん、何やってるの? ガッシュが痛がって泣くなんて」
目を丸くしていた男の子が訊いてくる。
「こいつ、ガッシュって言うのか? 強いから勝手にするんだって言ったから、どっちが強いか力比べしてるところだよ」
「力比べ? でも受け止めてるだけだよね? どこで比べてるん?」
「痛い痛いいたぁぁいっ! 放せよぅっ! お、俺の父ちゃんは、族長だ、ぞっ! こ、こんなことしてっ、た、ただじゃ済まな……いった~~いっ!!」
「子供の喧嘩に大人の権威を持ち出すんじゃない、バカかお前は」
オレは呆れて手を離した。ガッシュと呼ばれた巨人族の子供はその場にうずくまって手を抱え込む。
「痛いよ痛いよ~、手が壊れちまったよ~!」
「だ、大丈夫かガッシュ! ああっ、手が腫れてるぅ~!」
「大変大変! 早く治さないと手がおかしくなっちゃうよ!」
「痛い? ねえ、大丈夫? ちょっとそこのチビ! なんとかしなさいよっ!」
仲間と思われる子供が駆け寄り、口々に騒ぐ、が。口元が緩んでいることにオレは気づいた。こいつら、気に入らねぇっ。
でも、だからと言ってこのままじゃ問題ばかりが大きくなる。オレはうずくまっている男の子に近づき、手をかざした。
「『ヒール』。これで痛みもないだろ。こんなんで泣くくらいなら、力自慢なんぞするな、みっともない」
「痛い痛いいた…く、ない? あれ? 治ってる」
押さえていた手の腫れが引いているのに気づき、ぽかんとオレを見る顔は年相応の幼さだ。それにオレはニヤリと笑いかける。
「ヒッ!」
びくついて肩を揺らすガッシュとその取り巻きに対し、オレは宣言する。
「これでどっちが強いかわかったな? オレが命じるぞ。お前らさっさとここから去れ!」
「「「「「うわあぁぁっっ!!」」」」」
クモの子を散らすような、という比喩があるのは知っていたが、本当にそうなんだと今初めて知った感じだ。一斉に走り出して橋を渡り、向こう側へと逃げていく様子はまさにそれだ。
それにしても、向こう側へ行くという事は。
「あいつら、何で橋のこっち側にまで来るんだ?」
「おいらたちを川から追い払うためだよ」
「追い払う?」
声のした方を見ると、オレの横に男の子が立っていた。あの、殴られそうになっていた子だ。
「うん。川を巨人族で独り占めして、水をおいらたちに使わせないんだ」
「この川、単なる境界線だろ? 誰かの所有じゃないはずだが?」
「そう、なんだけど、あいつら、自分の物だって。ジェイルニークス様からもらったって言ってた」
「ええ?」
そんな事、オレは聞いてないぞ?
「それはないだろ。自然は誰にでも平等に与えられるもので、それを独り占めにしたり使わせないようにするのはもの知らずの馬鹿野郎だけだ」
「もの知らず……」
「馬鹿野郎……」
オレの言葉を口にして顔を見合わせ、そして。
「「「「プププッ!」」」」
みんな、口を押えて笑い出した。
「あいつら、馬鹿野郎なんだ」
「もの知らずなんだね、おまけに!」
「あははは、面白~い!」
「逃げちゃったよあいつら! やった~っ!」
ひとしきり笑い転げた後、全員が俺の前に集まって頭を下げた。
「お兄ちゃんありがとう!」
「あいつらを追い払ってくれてありがと!」
「叩かれずに済んだのお兄ちゃんのおかげだよ!」
「これで水を汲めるんだ、ありがとー!」
きゃいきゃいと騒ぐ声にオレの顔もほころんでしまった。
「お兄ちゃん、どっから来たの? 名前は?」
最初の子がオレを見上げて訊いてくる。オレはしゃがんで目線を合わせた。
「オレはケインて言うんだ。冒険者でな、ちょっと手違いでこっちへ来ちまったんだ」
「手違い? 何か間違えたんだ?」
「まあな。で、良かったらみんなの村へ案内してもらいたいんだが、駄目かな?」
地方の閉鎖的なところだと同族しか入れない、なんて種族もあるんだ。もしここがそうなら無理は言えないな。
そう思って聞いたんだが、その子の顔がぱあっと明るくなった。
「良いよ、来て! みんなに紹介するから!」
「そうか、ありがとな。それより、水を汲んでいかなくていいのか?」
「あ、そうだった、忘れてた!」
ちょっと離れた場所に置いてあった革袋を取りに走る。ほかの子はすでに川で水を汲んでいて、どの子も背丈ほどもある大きな革袋に紐をかけ、背中にしょっていた。オレと話していた子も同じくらいの革袋に水を汲みいれ、ひょいとばかりに背負う。
「みんな、力持ちなんだな」
オレがそう言うと、
「いつもやってることだもん!」
「おいらの父ちゃんなんか、おっきな木を片手で持ち上げるんだよ」
「うちのとっちゃんだって、この間ウルフを張り倒したんだから!」
「おいらんとこの母ちゃんだって凄いんだぞ!」
ワイワイと元気よく自慢しながら歩いていく。子供でこれだけやれるなら大人はもっと力がありそうだ。みんなの話を聞きながら、オレは樹々の間についた細い道をたどっていった。
「ケイン兄ちゃん、あそこがおいらたちの村だよ!」
森の中を歩くこと20分、前方に開けた土地が見えたと思ったら、そこが彼らの村だった。
周りを木の柵で囲い、堀を巡らすやり方は『鵺の里』と同じだが、ここは更に予防策をとっている。堀の中を覗いたオレは底にたまる物を見て顔をひきつらせた。
「あれって、重油じゃないか?」
ドロリとした粘性の高い黒色に見覚えがある。でも、あれは生成しないとできないはずだ。ではこれは……原油かな?
オレのつぶやきを聞いたんだろう、チコルが訂正する。
「違うよ兄ちゃん。あれはマイト椰子からとれる油なんよ」
「マイト椰子? てなんだ?」
「知らないの? この大陸のどこにでも生えてくる大木で、おっきな実をつけるんだ。その実を絞って出てくるのがマイト油で、使い道がないからこうして溜めとくんよ」
冬場の燃料としてね、そう言ってにっかり笑う。なるほど保存用の燃料なんだな。
「それより、こっちに来てくれよ。長老に紹介するからさ」
オレの手を引っ張るのはルイエとトラグ。双子らしく、動作もシンクロする。
「あ、今家に水を置いてくるから待っててよ!」
慌てて駆けて行くのはマート。さっき殴られそうになっていた子だ。
「母ちゃん、水汲んできたよっ!」
「あらまあ、今日は早かったのねぇ。あっちに邪魔されなかったの?」
「うん、おっきい兄ちゃんが助けてくれたんだ! 今から長老のとこへ案内するんだ、行ってくるね!」
「あ、ちょっとマート……」
言葉半ばに家から飛び出し、駆け足でオレの方へと向かってくる。マートを迎える他の子も手を振って待っている。
「お、お待た、せ~!」
「あはは、マートったら息切れてるよ」
「マートの母ちゃん、話長いもんな。捕まったら最後だし」
「そう言うチコルん家だって似たようなものでしょ~?」
「そうそう。母ちゃん連合はみんな話が長いんだ」
「そんなこと言ってるとおっこられるんだから~」
「聞こえなきゃいいんだよ~だ」
「あははは」
オレにつかまり、わちゃわちゃと話しながら歩いていく。どの子も元気で笑いが絶えない。俺もつられて笑顔になってしまう。
集落の一番奥にある、ちょっと大きめの家まで連れてこられた。
マートが入口を遮る布(?)タペストリー(?)を捲って声を上げる。
「長老~っ! お客さんだよ~~っ!」
読んでいただき、ありがとうございます。
ケンカ腰の出会いなんて印象が悪すぎますが、どうなんでしょう。
小人族の村では果たして……?
10/22(火) 所用により更新をお休みします。




