第56話
泣いたり笑ったり驚いたりと、忙しく感情表現をしながらも、リィはパンがゆを完食した。次は休息が必要なんだが。
「今、国はどうなってるの? リィは知ってる?」
あらら、ルゥが訊いてるよ。自分の国の事だから気にはなるだろうけど。
「ワタシにも全部は分からないの姉さま。すべてはあの大神官様が動かしてる」
そりゃあんな部屋に閉じ込められてたからな。わかる方がおかしい。
「ワタシは会議とか催事があるときに表へ出て挨拶するだけなの。あとのことは大神官様と宰相が二人で決定していたわ。表に出ていても何かに縛られているようで、ぼうっとしているから……ごめんなさい姉さま、姉さまを『黒の森』へ出す決議も後から知ったの。サインだけすればいいって宰相が持ってきた書類にサインしたら、姉さまを、ひとりで……」
そこまで話してまた思い出したんだろう、涙があふれてくる。その肩を抱きしめて、
「アタシは大丈夫だよ、キールがいたもん。だから泣かないでリィ」
「姉さま……」
そのままことり、と寝入ってしまった。腹が膨れて安心したからだろうな。
「リィ、よく頑張ったね。えらいよ」
自分の肩で寝息を立てる妹姫の頭をなでているルゥの顔は優しい姉そのものだ。5年も離れていたとは思えないほど、あっという間に関係が修復されたよな。
歪んだ関係を強要する魔法は本物に勝てないって訳か。
それにしても。
「ここダンジョンだからな~。寝室とかベッドとかないよな、ガル爺さん?」
「そう思うじゃろ。何故かあるんだな、これが」
「……まさか、もう一度寝たいと考えた……とか?」
「なんでわかるんじゃ」
あの厨房見たからなっ!
「ルゥ、ベッドがあるらしいから妹さんを寝かせてあげよう」
「うん、そうだね。……アタシ、そばに居ていいかな?」
「ああ、そうしてくれるとありがたい」
『ワタシも行きます』
『我が主殿が行くなら我も行く』
結局、全員でぞろぞろと移動することとなった。
厨房の隣にある扉のその奥にベッドがあった。オレが抱えていた妹姫をそっと降ろす。傍の椅子にルゥが陣取り、聖獣たちはベッドの足元に寝そべった。
静かに扉を閉め、オレは大きく息をついた。
「役得じゃったに、なんじゃいそのため息は」
「そうは言うけど、疲れ切ってやつれてる女の子って軽いんだよ、不安なくらいに。力入れると壊れそうでさ」
本当に気を使った。フィリーの時も思ったけど、女の子ってほっそいんだよ。今のオレが普通に扱ったら、ずぇったいに壊すか怪我させる。力の調整に気を取られて他の事なんか覚えてないんだ。女の子っていい匂いだとか柔らかいとか……あれ? いつ気が付いていたんだ、オレ?
と、とにかく、ベッドまで運ぶのに気を使ったんだ、そうなんだ!
「お前さん、大胆かと思うたが、奥手じゃのう」
うっさいよ爺さんは!
「妹姫さんが起きるまでちょっと休憩だな、こりゃ」
「そうでもないぞい」
爺さんから待ったがかかる。なんでだ?
「さっきアーミンたちから聞いたことがあってな、ちょうどいいからお前さんと詰めておこうと思っての」
「なら、研究室で」
そこにはまだアーミンたちが残っていた。
「また何か見てきてくれたんだってな。ありがとう、世話掛けたな」
礼を言ってクッキーを取り出す。
「キュ~!」
「キュイキュイ」
「キュルキュル」
「キュ~イ!」
「きゅきゅ?」
「キュ~~!」
一斉に啼いてクッキーに群がる。まるで猿山のエサ取り合戦みたいだ。
オーリィまで参加してる。ま、数はあるからいいけど。
「で、何だって、爺さん?」
「うむ、さっきの話にもあったが、今、この国の決定権は大神官バルラトゥール・カヴィラスが握っておることは確かなようじゃ。実質的な事務は宰相のマディーノル・コーランドが一手に引き受けておっての、この男が回しておる。
性質が悪いことにこの男、大きな事を決定するごとに姫のサインを振り翳しておるのじゃ。自分ではない、王族の生き残りが決めた事じゃと喧伝しながら仕事に見せかけた私利私欲を太らせている。大神官へもその利益を横流しして、ふたりしてやりたい放題し放題の贅沢を満喫しておるようじゃと、アーミンたちが知らせてきおったわ」
話しながらもイラつくんだろう、ガル爺さんの膝がカタカタとなっている。人間なら貧乏ゆすり、といったところか。自分たちで樹立させた国をいいようにされているから腹が立つ気持ちは分かるけど、結構煩いんだよ、それ。
「他の人間はどうしてるんだ?」
「大神官の言いなりみたいじゃ。ただ、将軍が疑っているようじゃと」
「将軍……そいつも妹姫の味方って言ってなかったか?」
確かルゥは『宰相も大神官も将軍も、みんな妹の支持者でね』と言っていた気がする。
「そうなんじゃがの。元々将軍のラルカンス家は王族に従っていた一族なんじゃ。今代は確かフェルディート・ラルカンス、少々頭は固いが忠誠心の高い男じゃったと記憶しておる。こやつ、姫の様子がおかしいことにうすうす気づいておるようじゃ」
なら、まずはその将軍にターゲットを絞るか。
「将軍はどこに居るんだ?」
ガル爺さんに訊いたつもりだったけど、答えてくれたのは、
「キュルッ!」
オーリィだった。
テーブルの上に置いたままだった王城の図面に飛び乗り、ある一画で座り込む。
「そこか? 爺さん、どこなんだそこ?」
「……騎士の訓練場じゃな。あやつは大抵そこで剣を振るっておると言うておる。そ奴と話すなら、すぐ横に裏庭がある故、そちらへ誘導すればいい筈じゃ」
「分かった。今から行ってくる」
図面で見ると、一番初めに移動した庭の小屋に近い。あそこならオレも覚えているからな。
まずは小屋へ『瞬転』して次に『陰伏』をかける。それからおもむろに訓練場へ向かった。
近くまで来ると、剣の打ち合う音や気合声が聞こえてきた。そっと覗くと、訓練場で何人かが動いている。
(しまった、将軍が誰かオレ見当つかねぇよ)
そもそも会った事のない人間にいきなりなんて無茶な話だ。分かっては居たんだが、どうにもイラついていたんだろうな。頭から吹っ飛んでたんだよ。
出直そうかと思ったが、すぐにひとりの騎士が目についた。
特に華美な鎧でもなく、服装も普通なんだが、動きが他と断然違う。蝶のように舞い、蜂のように鋭い一撃を繰り出している。他の騎士たちも頑張っているんだが、そいつの動きについていける奴がひとりもいない。
重い両手剣を軽々と振り回し、それでいてきれいに見えるなんて至難の業だ。多分こいつが将軍じゃないかな。
そのうち両手剣から槍に持ち直し、今度は訓練場の隅にあるわら人形目掛けて刺突の訓練を始めた。こっちもまた見事な型を見せてくれる。オレではとてもじゃないが相手にならない。
うっかり声を掛けようものなら串刺しにされそうだ。
どうしたもんかな。
ああでもないこうでもないと考えていると、従者と思しき少年が騎士の所へ駆け寄っていく。
ちょっと話を聞いてみるか。
少年は騎士の傍まで行き、直立不動の姿勢になった。
「ラルカンス将軍、鍛錬途中にお声をかけることをお許しください!」
またえらくでかい声だ。聞き耳立てる必要がない。
なのに騎士は知らん顔で槍を使っている。あいつ、耳がないのかな?
「わ、わたくしは、軍参謀テイリー・ガロットの従者でありますっ。将軍のお目に止まるようなものではありませんが、言伝を言いつかってまいりました!」
この従者、スゲェ緊張してる。必死に口上を続けているが、膝小僧が笑いだしてるな。
「先日の件について、是非ともよい返事を戴きたいと参謀から申し付かってまいりましたっ。将軍、いかがでありましょうかっ!」
「……その場で否を伝えているはずだ」
深い、どっしりとした声が答えた。
「何ゆえにまた返事を求められるのか。その気はない、と主に伝えよ」
「は、し、しかし、あるじは良い返事を、と……」
「くどい。それ以上の答えはない」
「ですが……ひっ!」
重ねて声を出しかけた従者の横に、薙ぎ払われた人形の腕が飛んできて突き刺さった。
あれは絶対、狙ってやってるな。
「帰れ。次はない」
「は、はひっ、ししし失礼っ、致し、たし、ましたぁっ!」
お~お、あの従者、スゲェ走りっぷりだ。今夜夢に見ないといいけど。
周りの騎士も怖がって近寄ってこないし。
よし、チャンスだ。……かなりこわいけど、な。
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