第6話
いよいよ旅立ちです。
餞別だと言って、グィード爺さんはいろいろ寄こした。傷薬に毒消し、HP・MP回復薬、シップ、滋養強壮剤、ハーブティやタンポポコーヒー。形状記憶修復機能付きのテントに魔力補充型のランプ。鍋やらフライパンやら調味料一式。貴重な魔石までも。
「お前さんのストレージなら、これくらいは余裕じゃろうて。じゃが、小さめのポーチを身に着けて、そこから出すように仕向けるんじゃ。お前さんの凄すぎるスキルは誰からも狙われようからのう」
「わかった。気を付けるよ。じゃ、いってくる」
「おお、いっておいで」
いつも通り裏口から路地を抜けて通りに出る。そのまま門を目指して歩いていくと、
「おい、【生肉】! 昨日はどうしていなかったんだ!」
またしてもピートたちに絡まれた。
そうだ、昨日は動転して早めに帰ってきたから、こいつらには遭わなかったんだっけ。見ると誰もが苛立った顔をしている。こいつら、毎日の食事やら飲み代やらをオレから奪った獲物を金に換えて暮らしていたんだ。どうせ残してなんていなかっただろうから、昨日はおまんまの食い上げだったに違いない。
そう思うと気の毒になってきた。
「昨日は早じまいして帰ってきたからな。わざわざ会う必要もない人間に挨拶なんてするわけないだろ?」
オレとしては普通に答えたつもりだったんだが、あいつら的にはカチンと来たみたいだ。
「てめぇ、欠陥スキル持ちのくせに、何を偉そうに言ってやがるんだ! さっさと出すもの出しやがれ!」
その言葉を合図に、左右からドイルとニックが腕を拘束しようとつかみかかってくる。
いつもの動きのはずだが、今日のオレにはいやにゆっくりに見えた。そう、ハイスピードカメラで撮影したものを再生したようなスローモーションに映るんだ。
これを避けられないわけがない。後ろに1歩引いて身を移し、目の前を行き過ぎる二人の後頭部へ手をやって鉢合わせる。そのあと、後ろに居るボリスの股の間を潜り抜けてさらに後ろへと移動したんだ。
「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」
俺がさらに2歩3歩後ろに引いた時、ドイルとニックの悲鳴が聞こえて倒れこみ、ボリスはオレの姿を見失って棒立ちになっていた。
「な、な、何ィ! どこに行きやがった、あの野郎!」
ピートの狼狽えた声に、これが能力上限の恩恵かと納得した。オレとしてはいつもの動きだったんだが、初期能力の時とはかなり違ったんだろう。4人にはオレが消えたように見えたんじゃないかな。
もういいか、と背を向けて歩き出したが、
「待ちやがれ、この欠陥スキル持ち!」
後ろからピートが肩をつかんできた。鬱陶しかったので、その手をつかみ、ぐるりと捻り返す。
「い、いて、いてててっ! は、は、離さないか、いててて!」
「何言ってるんだ、軽く握ってるだけじゃないか。ほらよ」
そう言って突き放すと、そのまましりもちをついてしまった。その顔に驚愕と恐怖が入り混じって見える。
そりゃそうだ、今まで何の抵抗もせず、反撃もしてこなかった相手が、ここに来て自分を軽くひねるだけの力があると知ったんだから、恐ろしくもなるだろう。まぁ、まだ信じたくない気持ちの方が強いかな。
あとは、と。そうだ、これを言っておかないと。
「オレは今日、ここから出ていく。だから、これからは自分たちの食い扶持は自分たちで稼いでくれ。誰かに集るようなみっともない事は止めろよな」
その言葉に、ピートの顔が怒りで赤黒く染まる。
その時、オレの陰に覆いかぶさるような形の影が現れた。これはボリスだ。こいつは両手を組み合わせて振り下ろしてくる。巨体と相まってその威力は半端ない、が。今のオレならどうとでもできる。
よけるのは簡単だが、それよりも受け止めた方が効果的だ。さっきと同じようにスローモーションで降りてくる拳を見上げ、手のひらで受け止める。そしてじんわりと力を籠めると。
「うおっ、痛い痛い痛い痛いっ! やめてくれぇっ!」
傍から見て、かなり滑稽な見世物だったんじゃないだろうか、これ。
見上げるような大男が小柄な男の頭上で拳を掴まれ、それを引き離せずに痛いと喚いている。ただ単に受け止めているだけに見えるのに、だ。
手を放して振り向くと、その場にうずくまって手を抱え込み、ボロボロと泣いている。体格だけで相手を圧倒することしか知らない人間だから、こうして痛い思いをすることもなかったんだろう。
朝が早いせいか、人の流れはそう多くない。それでも、警邏の人間が駆けつけてきた。
「そこの者たち、一体何をしているんだ!」
小隊長らしき人物が糺してくる。
「おはようございます。オレはケインと言います。今日、ここから出ていくつもりで歩いていたらこの4人に『出すものを出せ』と言われて絡まれたので振り払っていました」
嘘も隠しもない、そのままの事だから簡単だ。
「出すものを出せ、とは?」
「オレはこの近くの草原でホーンラビットを狩って暮らしていました。その肉を彼らが奪っていくんですが、昨日は早く帰ってきたのでそれが出来なかったんでしょう。その分を寄こせ、と」
「君は彼らとそういう約束をしているのか?」
「いえいえ。いつも殴られて持っていかれてるんです。それが嫌で、ここから出ていくんですよ」
「そうか……」
ま、それも理由のひとつだしな。嘘じゃない(笑)
「そ、そ、そんなことはない! 俺たちは友達なんだ、そうだろ、ケイン!」
このままだとマズいことになると思ったんだろう、ピートが血迷ったことを言い出した。
逆に小隊長は疑わしそうな表情になる。
「ほう? 友達、ねぇ?」
「そ、そうなんだ、小隊長さん。こいつ、ケインは欠陥スキル持ちで、凄く弱いんだ。そんなんだから、俺たちが助けてやらないと、狩りひとつできないんだ!」
「そ、そうそう、そうなんです」
「さっきはちょっと悪ふざけが過ぎただけなんで」
額をさすりながら、ドイルとニックが言い募る。
「で? いつも一緒に狩りにいっている、と?」
「ええ、ええ、勿論です!」
「それはおかしいな」
「は?」
小隊長の言葉に、キョトンとするピート。
「我々は街の治安を維持するために、常に見回りをしている。そんな中で、お前たち4人はいつも酒場で気勢を上げてはいるものの、働いているところを見たことがない。あれだけ飲んで騒いで、良く金があるものだと常々不思議に思っていたんだ。人から巻き上げていたなら納得できる」
「そ、そんな! こ、こいつ、欠陥スキルで……」
「黙れ!」
小隊長が一喝した。
「たとえスキルに異常があろうと、自分の力で魔獣を狩っているのなら何の問題もない。逆にそれを理由にして獲物を取り上げるのは犯罪だ。おい、こいつらを連れていけ!」
「「「はっ!」」」
尚も喚きながら、ピートたちは部下たちに引っ立てられていった。それを見送っていると、
「君はホーンラビットを狩ってくれていたのか?」
そう聞かれた。
「ええ、草原の湧き場でいつも」
「あそこは特に増えるからな。そうか、それでこの頃は静かだったんだな…」
小隊長には何か思い当たることがあったようだ。確かにあそこの増え方はすごかった。
「だが、君も悪いんじゃないのか? ギルドに行って訴えれば済むことだと思うんだが」
「普通はそうですよね。でも、オレは欠陥スキル持ちで嫌われてますから」
「ああ、あそこの受付か……悪い子じゃないんだが、貴族だったせいかどうも人を見下すところがあるからなぁ……」
そうか、元貴族だったんだ、あの子。そりゃツンケンするはずだ。
「あの4人はしっかり調べて相応の処罰を受けさせるが、気が付かずにいた我々にも責任はある。済まなかった」
「そ、そんな、小隊長さんが謝ることはないですよ」
軽く頭を下げてくるのにおろおろする。なんてったってオレは小市民でしかないんだから。
「それで、これからどうするんだ? やっぱり出ていくのか?」
「あ、はい。もう決めていますから」
「そうか。惜しいが、我々が強要することではないな。気を付けて行けよ」
「ありがとうございます。では」
旅の安全を祈る言葉をもらい、オレは無事に門を抜けて外に踏み出した。久しぶりの旅の空に、気持ちが高揚する。さあ、どっちに向かおうか。
ここで一区切りです。
読んでいただき、ありがとうございます。