第53話
サーラ救出!の巻です。
小屋を出る前に『陰伏』をかけ、お互いに見えないことを確認して大聖堂を目指す。見えないから当然だが、参拝者にも神官にも、勿論門番にさえ咎められることなく中へ入り込めた。
アーミンたちが教えてくれた図面に従って地下への階段を下りて目的の部屋へ。奥まった、誰にも興味を持たれないような木の扉の奥に、それは居た。
真っ白な光の塊、と言うのが最初の印象だった。
だが、その光は切れる前の電球のように弱く点滅を繰り返している。
「サーラ!」
ガル爺さんが駆け寄る。
手足を丸めて体の下へ引き込み、尾で頭まで巻き込んでいるため、大きな卵にしか見えない。その全体へ縦横に走るのは光の鎖だ。何本もの鎖の先は天井にある丸い水晶球に繋がり、脈打つように光を吸い込んでいる。
「うぬっ、サーラの命を吸い取りおる鎖め、ワシがっ!」
「爺さん待て。全部壊すと後がややこしくなる」
「どうしてじゃ! このままじゃサーラが、サーラがぁ!」
「分かってる、だから鎖を切り離すんだ。この水晶球が多分『貯蔵』の本体だろう。これを生かしたままにしておけば、しばらくはごまかせる」
「そ、そうか、そうじゃな。鎖か……これは『封印』ではないな、力が弱い。お前さんの言う、下位魔法かの?」
「ああ、そうだ。『呪縛』だな」
INT(知性)が展開している魔法陣はまさしく『呪縛』だった。そのまま上を見れば水晶球は『貯蔵』。動きを止めてあふれてくる魔法特性を吸い上げ溜め込む。『封印』の簡略版とはいえ、悍ましい構成の魔法だな。
もう一度鎖を見つめる。魔法陣が広がり、1本1本に少しずつ強度の違う『呪縛』がかけられている事を表示している。この魔法をかけたのはかなり嫌らしい奴だな。一度に解呪できないようにしてやがる。
だが、それならそれでやり方があるさ。
オレは更に魔法陣を見つめる。
鎖は全部で8本。首、手足に各1本、胴体に3本かけられ、それぞれが淡く発光しながら今も吸収し続けている。
「よし」
オレは両手を組んで人差し指だけを伸ばし、まずは首にある鎖の輪のひとつに焦点を当てる。
「『封印解除』」
……一部にだけ当てやすいように俺なりの方法を考えた結果、ピストルのイメージで打ってみたんだ。あれなら小さいものにも当てやすいかと思ってさ。
狙いたがわず、解除魔法は鎖の輪に命中して消滅した。
「おお、外れた!」
横でガル爺さんが息を呑んでいる。
続けて手足、胴体の鎖にも同じように打ち込む。強度が違ってもこれなら問題なく解除できるし、『貯蔵』魔法を壊していないから大丈夫、だと思う。
感じとしては胴体にかけられたものが一番弱く、手足がその次、首にあったものが一番強力だったようだ。
すべて外れると白い塊がうごめき、尾の影になっていた頭がもたげられた。
「おおサーラ、サーラ! 無事か、大丈夫か!」
ガル爺さんがその首に抱き着く。閉じられた瞼が開くと、そこには澄んだ水色の瞳があった。
『え……ちちうえ、さまの声……でも、見えない……?』
瞳と同じ澄んだ震える声が困惑している。オレは『陰伏』を解除した。
「サーラ、サーラ。お前がこんな事になっているとは思うても見なんだ。遅くなってしまったワシを許してくれい……!」
『いいえ、父上さま。ワタシが油断していたのが悪かったのです。ああ、あるじ様はどうしているのでしょうか……』
「爺さん、ダンジョンへ一度戻ろう。まずは聖獣を休ませないと」
「よ、よし分かった。サーラ少しの辛抱じゃ。まずは休め。『形態変化』」
サーラの姿が光の玉になる。それを懐に収めて、そっと撫でるガル爺さん。本当に大事にしてるんだなぁ。
「よし、外に行くぞ。まずは『陰伏』を……」
「大丈夫だ。オレが直接ダンジョンへ飛ぶから」
「む? お前さん出来るのかの?」
「見たところならイメージできるからな」
ガル爺さんの手を取り、そのままダンジョンへと戻る。
「おお、お前さんは規格外じゃの~~」
いきなり戻ったことに驚いていた爺さんだったが、すぐに我を取り戻してダンジョン中枢部へ駈け込んだ。
後を追うと、ガル爺さんは錬金窯の上へのぼり、光の玉を釜へ入れてかき混ぜ始める。
だが、
「ううむ、今のワシでは光の特性が補充しにくくなっておる。どうしてもリッチロードは闇へと傾くからのう。どうしたものか…………そうじゃ、ケイン!」
「え、オレ?」
突然の事で見上げると、上で手招きをしている。
「ここへ来てかき混ぜてくれんか?」
「は? あのオレ、素人だけど?」
「力を籠めるだけなら構わん。ほれ、早よ来んか」
せかされて棒を握る。
「どうやるんだ?」
「なんでもええから魔力をその棒に流すんじゃ。早うせい!」
爺さん、サーラが気がかりなのはわかるけど、説明不足だよ?
力を籠めろと言われてもなぁ……。
それでも、言われた通りに魔力を棒へ向けてかき回すと……あ、何かが流れていってるな。この感じはフィリーがスキルを使った時に似ているから、多分これでいいんだろう。
すぐに窯の中が乳白色になり、輝きだす。そして白く、金色へと変化していった。
「よし、よしよし、順調じゃ。それで十分じゃよ、代わろうかの」
促されて棒を渡し、下に降りる。
その後、何やら爺さんがつぶやいて気合を入れると、白い光の塊が窯から飛び出してきた。床に着地したそれは、雪かと見紛うばかりの純白に輝く聖獣だった。キールが黒ヒョウなら、サーラはユキヒョウと言ったところか。
「サーラ! おお復活したか、サーラよ!」
『父上さま、ご心配をおかけしました』
「良い良い、お前が無事ならそれでよい」
涙すら滲ませて(どうやった!)爺さんが抱き着き、撫でまわす。聖獣も嬉しそうにしっぽを振り回してすり寄っているから、それは良いのだけれど。
(色合いから見るとおかしいんだけどな)
白と黒の正反対だからかな。
キール相手ならどうだ? いや、逆にあいつがここまで懐く図も考えにくい。
(いかん、どうやっても違和感しかない)
どっちに転んでもしっくりこない光景に頭をひねっていると、聖獣がオレに近寄ってきた。
『アナタさまがワタシをお救い下さった方ですのね。戴いた力がワタシの中で温かく巡っております。本当に感謝いたしますわ』
そっとオレの手に頭を擦り付け、親指を甘噛みする。
その途端オーリィが肩口に現れ、腕を伝って聖獣に飛び乗った。
「キュキュキュキュキュルルル!!」
『あら、アーミンが一緒でしたのね。うふふ、心配はいりませんわ、ワタシにはすでにあるじ様がおいでですもの。アナタの好いた方を獲ったりなんてしませんわ』
「キュキュキュイ~!」
いろいろ突っ込みたい部分があったが、言いたいだけ言った後に聖獣は俺から離れていき、オーリィはオレの肩へと戻ってきたため、何も言わずにいた。
「サーラ、体調はどうじゃ? おかしいところはないかの?」
ガル爺さんが心配げに問いかける。
『ええ、快調ですわ、父上さま。それよりあるじ様が心配ですの。ワタシと引き離されて大神官に何をされているかと思うと、もう……』
すぐにも傍へ飛んでいきそうな勢いだ。
だが、それは悪手でしかない。
「サーラ、だったか。心配なのはわかるが、ちょっと待ってくれ。妹姫も君と同じような状況にあるかもしれない。まずそれを解除するまでは近づかないでいてほしい」
『で、でも、ワタシ、あるじ様の……!』
「キールがルゥの傍を離れないようにキミも妹姫のそばに居たいのはよく分かっている。だが、今傍に行くとかえって妹姫が危険になってしまうんだ」
『ああ、あるじ様……っ!』
頭を抱えて崩れ落ちる様子はまさに雨に打たれる白い大輪の薔薇のようだ。美しいってこのことなんだな。
オーリィがヤキモチ妬いてます(笑)
読んでくださって感謝です。




