第45話
物見台に居たカイサスさんにはね橋を降ろしてもらい、オレ達は堀を渡った。
カイサスさんは門を少し開けて待っていてくれている。
「『鵺の里』にようこそ……と言うのも変な話だが、ま、よく来たな。カイサスだ。長老の所に用事だって? 今は腰を痛めて寝てるんだが」
見る限り、カイサスさんは人間のように見える。それでも鵺の民なんだろうか。
「初めまして。オイラ、集都で薬師やってるレックルっす。フィリーに聞いたから、薬を届けに来たんっすよ。他にもいろいろ持ってきたから」
「お、そうか。それはありがたいな。で、この強い兄ちゃんは護衛って訳か」
そうじゃないけど、今はいいか。
「長老の家はここの通りを行った先だ。フィリーも行くんだろ?」
「はい、是非とも長老様にお話ししないといけないことがあるんです」
フィリー、またしても視野狭窄モードに入りかけてるな。
「分かった。通ってくれ」
カイサスさんの横を通り、里に足を踏み入れる。
中は意外と広く、整然としていた。敷石こそないが、通りの土は踏み固められていて歩きやすく、土埃も立たない。
道をはさんだ両側はかなりゆったりと間を開けて家が並び、高さも揃っていて見た目にも美しく感じる。家の前にはそれぞれが花を植えたり椅子やテーブルを置いたりしてある。
家の周辺が畑の所為か、土を掘り返した時の匂いがしていた。
辺りをきょろきょろ見渡しながらレックルが感心した声を出す。
「へえ、里には初めて来たっすが、きれいなところだな」
「あ、ありがとう。ウチの里は皆さんの持ってるスキルで協力しながら作り上げたの。道路はバイールさん、家の建築はモントラットさんの家族、家具はジェイクさんとそのお弟子さんたちが仕上げてくれたのよ」
なるほど、分業生産方式か。土地を整地して基礎を固める者、建築専門の者、内装専門の者と分けてやるなら、確かに効率は良いし、外見も揃うから出来上がりはきれいだよな。
家の数も広さに反して少ないから、のんびりした雰囲気がある。
奥にちょっと大きめの家が見えた。あれが長老の家だろう。
通りすがりの人たちがフィリーに声をかける。それに応じるフィリーも、集都で会った時よりずいぶんと和らいでいるようだ。
ここはホームグラウンドだからな。
レックルともにこやかに話がはずんでいる。うれしそうだなレックル。
しかし、人数少なくないか、ここ。畑だって半分は荒れている。
家も、3軒に一軒は空き家のようだ。整備はされてるから崩れてはいないが、どこか寂しげな雰囲気だ。
実に牧歌的な風景、でも、何かが違う。その違和感がどこから来るのか。
オレは辺りを見まわしながら歩き、気が付いた。
目に映る人影は全て大人。若者はフィリー以外見かけない。
幼児が……いない。
きっとこれについても意味があるのだろう。それまでは沈黙だ。
その時点でオレ達は家の前に立っていた。
ベルもノックも無しにフィリーが中へ走りこんでいく。おいレックル、何見てるんだよ。
「レックル、フィリーを止めないと」
「あ、ああっ、そうだったっす! フィリー待つっす!」
慌てふためいて後を追うレックルに続いて、オレも中に進む。
フィリーはまっすぐ一番奥の部屋に駆け込んだようだ。
「長老様、長老様っ、寝ている場合じゃないです、聞いてくださいっ! 凄いんですぅぅっっ!」
「うぉっ、待てフィリー、ちょ、ま、腰、腰があぁぁ!」
「フィリー、駄目っす! 腰痛めてるんすよ長老はぁっ!」
…………集都の騒ぎアゲイン、だった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいぃぃっ!」
現在、長老の居間でごめんなさいを繰り返しているフィリー。その前には安楽椅子の長老が、あきれ顔で座っている。あの後、湿布薬で痛みが治まったことから、みんなで居間へ移動したのだが。
「フィリーよ、お前、もう少し周りを見よと前から言うておったろうが。ちっとも変わらんのう」
の一言が引き金となり、フィリーが居間の床に埋まってしまったんだ。
「ワタシったらおちょこちょいで馬鹿で間抜けでどうしようもないのに長老様たちが可愛がってくださるのをいいことにしてしまってとんでもないことをやってしまいましたぁぁっ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいっ!!」
「……あんなフィリー、初めて見るっす…………」
「こやつはいつもこんなんだぞ? 本人は大まじめで一生懸命なんじゃが、何かしらやらかすのが常での。そのたびにこうなる」
「…………」
やっぱりな~!
「もうええ、フィリー。幸いにも薬が効いて痛みもなくなったことじゃし、椅子に座らんか?」
「は、はい……」
しおしおとしてソファに座ったのを見計らい、長老がこちらへ向き直る。
「さて、時間を取らせたの。ワシが『鵺の里』の取り纏めをしておる長老じゃ。名前なんぞは無いよ」
落ち着いてみれば、「長老」は70過ぎの穏やかな風貌をしている。スキンヘッドではあるが、それがなんの違和感もなくしっくりくる。その顔や手にある鱗模様や、瞳孔が縦に長いことから爬虫類系の何かが混じっているんだろう。
「はじめてお目にかかるっす。集都で薬師をやってるレックルって言います。フィリー、いやあの、フィリーさんとは前に森の中の広場で薬をやり取りしてて……」
最初は良かったが、次第にアワアワしてきたレックル。
長老はほっほっほと笑う。
「おお、お前さんがレックルかの。フィリーが世話になっとるようで、すまんかったのう」
「いえいえ! オイラいやあの、ボクの方がいろいろと教えてもらいまして!」
「お前さんの薬はよう効くからのう、里の皆も重宝させてもらっとる。集都に赴ける者がフィリー以外に居らんでのう、迷惑かけとるだろうが、これからもよろしく頼むぞい」
「そそそそんなことないっす! こっちこそよろしくっす!」
レックル……完全にアガってるなお前。彼女の家に初めてあいさつに来た男みたいじゃないか。
あ、それもあながち嘘じゃないよな。この人が親代わりなんだから。
なんて事を考えていると、長老の眼がこっちを向いた。
「で、こちらは護衛さん、かな?」
レックルと話していた時と違い、瞳に警戒心があった。
「初めまして、だな。オレはケイン。冒険者をしている。今は世界を巡っている途中だ」
「ほお、世界を巡る、とな?」
真意を探るような不審がる色が加わった。
「ああ。恩人から『世界を見てこい』と言われてな。今は集都に泊っている」
「なるほど、な。それで、世界を巡ってどうなさる?」
「良いもの、悪いもの、どちらでもないもの。とにかくたくさん見て、聞いて、感じて。歩いておいでと追い出された」
「追い出された、と。……面白い言い方じゃのう」
長老の眼が細くなった。縦に細長い瞳孔が更に細くなり、底光りまでしてきている。
これは蛇が獲物を狙う眼そのものだ。大抵の獲物は、この眼に射すくめられて動けなくなる。邪眼、とまではいかないが、それに近いものじゃないかな。
オレはそれに対抗して『破邪』を発動、期せずして睨みあう形になった。
尋常じゃない気配を察知したレックルとフィリーは、思わず寄り添って手を握り合っている。
空気まで冷えてきた感じがするけど……このヒト、気候まで操れるのかしらん?
そのまま数舜が過ぎ……ふ、と緩んだ。
「やれやれ、ワシの睨みが効かないとはな。フィリーよ、お前が連れてきたニンゲンはけた外れのお方のようだな?」
「ち、長老様! 脅かさないでくださいっ! ワタシ、肝が冷えましたっ!」
震えあがった反動で半分泣き声になりながらフィリーが叫ぶ。
「ケインさんはアーミン様が同行を許していらっしゃるニンゲンさんですよっ!」
…………フィリー。キミがアーミンを崇めているのはすっごく判るんだよ。
でもさ。
その言い方だとオレが随行者になるんだけど?
読んでいただき、感謝です。




