第40話
ダンジョン内部、大公開!
考えてみればガル爺さんは錬金術師。錬金窯はあって当然のもの。
とはいうものの。
「なんだこの大きさは……」
窯、という言葉で思い起こせる規模をはるかに越している。近いものを無理やりに挙げるなら……あれだ、仏教世界の地獄の釜。
罪を犯した人間をその中へ放り込むという、あれが一番近い。
オレの頭より高い位置に釜の口があり、そばには梯子。梯子の先には足場が組まれていて、周囲を回れるように作ってある。ここだけ見ると建築現場みたいだな。
「ブリックルの中枢じゃ。ここでダンジョン内のすべてを管理しておる。そうじゃ、このところ力が足りていなかったからの、モンスターが少々弱体化しておった。さっそく補充して強化するかのう」
……要するに腹が減って力が出なかった、と。
ルゥが真剣に心配していたのに、腹ペコダンジョンマスターが原因だったなんて、笑い話で終わらせるつもりかぁっ!?
オレが内心で突っ込んでる間に、ガル爺さんは梯子を上って足場へ移り、そこに立てかけてあった長い棒(?)を持って何やら呟きながら窯の口の周囲を回り始める。
梯子の途中から覗き込んでみると、そこには錬金棒を伝って流し込まれた魔力が不定形の霧状となって渦巻き、どんどん色濃くなっていく。
やがて中から現れたのは。
「コボルトの、頭……?」
特徴のある口吻と耳がちらっと見えたが、すぐに霧の中へ沈み、今度は緑色の肌と手。棍棒を握っている。それも沈んでいくと骨の足が浮かび上がる。要するに、ダンジョン内のモンスターがここで作られているわけだ。
霧が濃くなり、やがて泥状のねばねばしたものに変わっていくと……
「フンッ!」
ガル爺さんの気合と共に中のドロドロしたものが一瞬にして消える。
その途端、反対側にある壁の水晶珠のあちこちで動きが出た。ダンジョン通路に現れたモンスターたちと冒険者たちが戦うところや、不意打ちを食らって慌てふためく様子など、本当にリアル中継だ。
「よしよし、これでしばらくは大丈夫じゃろう」
梯子につかまっていたオレの横を軽やかに飛び降りたガル爺さん。満足そうに水晶珠を見上げて悦に入っている。
「爺さん、そんなに力を使って大丈夫か?」
「おうよ、お前さんにしっかり食わせてもらったからの、力があふれて元気一杯じゃ。まだまだやれるぞい」
両手を振り上げてアピールする爺さんの後ろで、戦いに勝利したらしい冒険者たちの姿がある。それぞれが魔石を手に喜んでいるようだ。
これでダンジョンは大丈夫かな?
そう思って見上げた視覚の片隅に、或る水晶珠が映った。
「ガル爺さん、何か変なやつが居るぞ」
「うん? どこじゃ?」
「え~ッと、上から3番目、左から2つ目の水晶珠を見てくれ。どう見ても冒険者には見えないぞあれ」
そこに映るのは5人。うち3人は護衛らしく鎧と剣に身を固めている。
彼らに囲まれてふんぞり返り、いやな顔つきで辺りを見まわしている男と、へいこらしている男が何か話しているが。
「あれ、しゃべってることが分からないか?」
「そうさの。ちっと待っとれ」
骸骨の手が目の前のスイッチに伸び、いくつかの操作をすると。
「……く、じめじめとした陰気な場所だな。気味の悪い。この国にはふさわしくないと常々思っておったが、やっぱりじゃわい」
「まことにそうですな、ハイ」
「ふん、魔石も出ないようなダンジョンなんぞ扱いに困るだけの無用の長物じゃ。さっそく姫に言って潰す算段をせねばな」
「本当に閣下のおっしゃる通りです。不要なものはなくすべきと言う閣下の深遠なお考えに、誰もが納得する事と思われますです、ハイ」
「フハハハ、そうだろうそうだろう」
ほぉう、こいつら何やらおかしなことを抜かしてるな。
ひとりはお追従のおべっかしか使えないようだが、ぶつくさ言ってる奴ともども豪華な衣装を身に纏ってかなり上の地位に就いているようだ。誰だろう。
「こいつ、宰相のマディーノルじゃの。死に場所を求めて来たのかのう」
ガル爺さん、そこで物騒なつぶやきを漏らさないでっ!
にやりとするリッチロードなんて、「邪悪」以外の何物でもないじゃないかぁっっ!
その手が再びスイッチへ伸び、さっきとは違う操作をする。と。
「閣下、そろそろ戻りませんと、あとの仕事もありますし……」
「そうじゃな、では戻ると……うぉっ!!」
後ろを向いたところへ、通路からスケルトンがわらわらと襲い掛かる。すかさず護衛達が前に出て切り捨て、何事もなく終了……しなかった。
「フフフ、ワシを甘く見るでないわ」
ガル爺さんのつぶやきが聞こえたとほぼ同時に、崩れたスケルトンが消えることなく寄り集まり、ビッグスケルトンとなって再び襲い掛かっていた。
「「「ウオオォッッ!!」」」
「な、何をしておるのだ、は、早く倒さんかっ!」
「か、か、閣下あっ! に、に、に、逃げ、逃げましょうううぅぅっっ!」
宰相と腰ぎんちゃくが右往左往する中、一時は押され気味だった護衛達が連携して一撃を叩き込み、何とか倒すことに成功した。
そのあと、這う這うの体で出ていく2人に見つからないよう、護衛達の前に魔石を転がしておく爺さん。
「戦いに勝利したからには報酬がないと、な」
そういうところは同意できるけど。
「これで少々懲りたじゃろう、あやつも」
「そうだな。けど、多分、何も解決はしないだろう。大元を叩かないとな」
「そうじゃの。それに何よりサーラが心配じゃ。一体どうなっておるのか」
「ルゥの妹さんの……リィ、だったか? そっちもどうやらおかしいみたいだ。どこに居るんだか、爺さんには心当たりないか?」
そう聞くと、
「まずは王宮。それと大聖堂。このふたつに限られるじゃろう。サーラとて光の聖獣。それなりの造りなり道具なりがないと大人しくさせておけぬはずじゃ」
「そうか。だが、2か所に絞れるとは言え、どちらも広いから盲滅法歩き回っていてもらちが明かない。もっと効率的にいかないとな」
どうするかな……? そう思った時、
「キュイッ」
肩口にオーリィが顔を出した。
「おろ? お前さんの肩に居るそれは、アーミンではないかの?」
「ああ、オーリィと呼んでいる。何故かオレについてきてるんだ」
「おおお、かわゆいのう~~」
リッチロードの声が蕩けたようだが、それにかまわず、
「キュルッ?」
小首をかしげ、左右を見ると、オーリィは肩からオレの頭に乗り、その後ガル爺さんの頭の上へジャンプした。
「お?」
「お、おお~~っ! ワシの所へきおった~~っ!!」
うへぇ、骸骨顔が崩れたぁ? まさにオカルト……見たくなかったな。
「キュイ、キュイ、キュルル~」
「なになに、そうか。だがあそこは光魔法の本堂じゃ。お前さんには辛かろう?」
「キュキュルルル」
「ほう、光でも関係ないと? ほうほう、それはすごいのう。やはり特性のひとつでしかない、という事かの」
「キュルル、キュルルル~~」
「何、お仲間も呼ぶというのかの? それは助かるが無理はいかんぞい」
なに、この会話。オレをそっちのけにして話が進んでる?
「あの~、ガル爺さん? オーリィと何話してるの? と言うか、話せるの?」
「うむ、なんとなく、な。こうじゃないかな~、程度じゃが」
魔獣同士の感応力、かな? 片やリッチロード、片や闇魔法の魔獣だから。
「なに、お前さんは話せんのかの?」
骸骨のドヤ顔なんているかよっ! 如何してくれよう、この溶けかけた骸骨。
リッチロードでも可愛いもの好きなんですね~。
読んでくださって感謝です!




