第4話
主人公のぶっ飛び具合が判明します。
「爺さん! グィード爺さんっ!」
いつもより早い時間だったため、ピートたちに絡まれることなく家にたどり着いたオレは、入口で掛ける挨拶もせずに奥の扉へと駆け込む。
「どうしたんじゃケイン。随分と帰りが早い……」
「オレはっ、どうしたらいいんだオレはっ!」
「? 何があったんじゃ? ちと落ち着かんか。それではさっぱり分からんぞ」
「そっ、そう言われてもっ……」
「まあまずは座って一息入れることからじゃ」
ぽんと背中を叩かれて崩れるように座り込む。机の上の両手はぎゅっと握りしめたものの細かく震えたままだ。
黙って何かしていた爺さんはこちらを向き、目の前にカップを置いた。タンポポコーヒーの香りがオレの鼻に届いて、パニクリかけていた心が少し落ち着いた。
「まずは一杯、じゃな。話はそれからじゃ」
「ん……」
カップに手を伸ばしかけた。が、指が震えてうまく持てそうになかったので、両手で囲うように持ち上げ口元へ運ぶ。独特の苦みを持った熱い液体が咽喉を通り、胃に収まってようやく体の震えが止まった。
そのまま二口三口と続け、何とか普段の自分に戻ってこれたと実感する。
その様子をじっと見ていたグィード爺さんが、声をかけてきた。
「ようやっと落ち着いたようだの。さっきはまるで子供のようだったわい」
「ああ、すまん。もう、どうしていいかわからなくなって……」
「いつものお前さんならもっと飄々として居るのじゃが、一体何があった?」
爺さんの問いかけに、オレはアイテムボックスの中から結晶を取り出して並べた。
グィード爺さんの顔が驚愕に染まり、震える指でひとつを手に取る。
「これは……! もしや『ラビット・アイ』! それも、11個!?」
「それと、これもだ」
帰ってくる途中、目に付いたスライムを討伐して出てきたものも横へ置く。
「! こっちは『レインボー・コア』!? ど、どうしてこんな稀少なものを、こんなに持っておるんじゃ!? ま、まさか、どこやらから盗んできた、とか?」
「爺さん、言ってることに矛盾がありすぎる。稀少過ぎてどこにあるんだよ、こんなものが」
「た、確かに。では、お前さんが……?」
「ああ。実はな……」
オレは爺さんに、ホーンラビットの討伐中に起こった不思議なメッセージとそのあとの現象を伝えた。難しい顔のまま爺さんはオレの話を聞き、しばらく考え込んだ後、問いかけてきた。
「で、そのあと、ここへ戻るまでステータスの確認はしておらんのじゃな?」
「そうか、そうだな! ああ、何が何だかわからなかったから、とにかく戻ろうと思ってて。ステータスを見ればわかるな!」
「待て待て。お前さん一人でじゃなく、儂も見ていいかな?」
「是非そうしてくれ!」
そうして、水晶球を持ち出してみると。
結果は驚くべきものだった。
名前 ケイン (本名:真鍋征伸)
職業 冒険者 (異世界被召喚者・巻き込まれしもの・覚醒)
POW 999 (スキル発現要件達成につき固定解除・上限)
STR 999 (スキル発現要件達成につき固定解除・上限)
VIT 999 (スキル発現要件達成につき固定解除・上限)
DEF 999 (スキル発現要件達成につき固定解除・上限)
MGP 999 (スキル発現要件達成につき固定解除・上限)
MGR 999 (スキル発現要件達成につき固定解除・上限)
INT 999 (スキル発現要件達成につき表示・上限)
LUK 999 (スキル発現要件達成につき表示・上限)
EXP 999 (スキル発現要件達成につき表示・上限)
* スキル発現要件を満たしたため、制限を解除いたします。
なお、このお知らせは最初のみですのでご注意ください。
スキル 一点物【レア】(スキル発現要件達成につき表示・現在はレベル1)
ストレージ (スキル発現要件達成につき表示・発展形)
特殊スキル 創世神の加護と祝福
「「なんじゃこりゃ!?」」
思わずハモってしまうほど、そのステータス内容は衝撃だった。しばらくは声も出せず、ステータス画面にくぎ付けだったが。
「爺さん……これ、オレのステータス、だよな?」
「儂の方が聞きたいわい。全部上限などと、正気の沙汰とは思えん! お前さん、ひょっとしてこの世界を滅ぼすために遣わされたんじゃないかの?」
「それはない、酷すぎる爺さん!」
「む、違うのか。まぁ軽い冗談じゃ。気にするでない」
「……爺さんの冗談って、半端なくひどい……」
「しかし、スキルが一点物【レア】とは……多分、これが原因じゃろうな」
爺さんがこぼした一言。
「このスキルの所為で本来出るはずのない『ラビット・アイ』や『レインボー・コア』が出現したんじゃろう」
「じゃ、じゃあ、オレはこれからラビットを狩るとこれになるのか? 肉ではなく、こんな、表に出せないものになっちまうのかっ!?」
「いや待てケイン。話が飛びすぎ…」
「これからオレ、どうやって暮らしていったらいいんだよっ! 狩る奴が全部こんなんじゃ、オレ、オレ、化け物になっちまうっ!!」
「ケインッ!!」
頬に何かが当たったと思う間に、パン!と音と光が目の前で弾けた。その衝撃で我に返ると、グィード爺さんが痛そうに手を振っていた。
「え? え?」
「まったく、頑丈さも上限とはな。軽く叩いただけなのに、儂の方がダメージを受けよった。光玉で正気に戻ってくれて何よりじゃ」
光玉、とは、目くらましの一種で使われる。音と光で相手のスキを突き、状況を有利に進めるためのアイテムだ。オレがパニックになったため使ったんだろう。
「手、痛めたのか?」
「ふん、まあ大したことはない。で、気が済んだかな?」
「う、す、すまん。もう、気持ちがぐしゃぐしゃで、止まらなかったんだ。ミダス王になったみたいで……」
「ミダス、王? とは何じゃ?」
「オレの世界の昔話でさ。黄金大好きな王様が、自分の手が触れるものをすべて金にしてほしいと神に願ったんだ。そしたら、食べ物も飲み物も全部金になって口に入らない。挙句に、自分の子供まで金の彫像になってしまう……そう言うお話なんだ。自分がそんなものになっちゃうような、そんな感じで、な」
「ほうほう、なるほどな。それは興味深い話じゃが、今は放っておいて。まずはステータスを確認することが先決じゃな」
再び、ステータスの画面へ目を戻す。
「お前さんの、本名?かな、これは。読めんな」
「真鍋征伸、と言うんだ。こちら風に言えば、ユキノブ・マナベ。マナベがオレのファミリーネームになる」
「ケイン、ではないのかの?」
「当初から胡散臭くてな、あの王家。本名、いや、真名を知られたら危ないと思って、いわば偽名を名乗ってたんだ」
「お前さんなかなかの策士じゃな。確かに真名で魂を縛る事は可能じゃからの」
「ステータス画面が滅茶苦茶で読めなかったから関係なかったけどな」
軽く笑ってカップを傾ける。一度暴発したことでストレスが抜けたのか結構落ち着いてるな、オレ。笑い話にできるまでに整理できたんだと思うと、自分を褒めてやりたい。
「名前の件はそれで。次は……職業じゃが、大体は予想していた通りじゃ。しかし、一番後ろの『覚醒』は、新しくついたもののようじゃ」
「『覚醒』ねぇ。スキルが発現したから制限が解除したのは分かるけど、どう見ても物騒だなぁ」
「やはりお前さんは世界を潰しにかかる存在、かのう?」
「そのネタ、もういいから」
言葉の掛け合いをしながら検証を進めていく。それにしても……
「規格外だよな、この数字は」
「そんなんで収まったら、世の中平和じゃ。独りで世界を相手にできる数字じゃぞ?」
「そんなのオレが望まないって、爺さんなら知ってるくせに」
「儂も見てよかったのかのう」
「爺さんが一緒でなかったらオレ壊れてたよ。こんなの、想定外の事態だしな。それに」
「ん? なんじゃ?」
「ここ見てくれ。『スキル発現要件を満たしたため、制限を解除いたします。なお、このお知らせは最初のみですのでご注意ください。』だと。次にはもう出てこないはずだ。こんな重要なお知らせを、オレだけだと見落としたかもしれない。だから、爺さんが一緒に見てくれて、感謝してるんだ」
こっ恥ずかしいが、感謝の気持ちを伝える。前の世界じゃこんなこと口にも出せなかったけど、ここでは素直に言える。
「ふ、ふん、礼を言われるほどの事でもないわい。何を改まって言うかと思えば……」
そっぽを向いて憎まれ口だが、爺さん、耳が赤いぞ。
「それにしても、もう一つのスキルが『ストレージ』とはな」
「ふむ。『アイテムボックス』の上位変換である、と、本にはあったが。容量が違うんじゃろうかのう」
「自分のステータスの内容が分からないのは困るな」
「ん? お前さんは魔法ゲージも上限じゃったのう。ならば、使えるか……?」
グィード爺さんは何やら独り言を言いながら隣の部屋に行った。そのままごそごそと音がしていたが、
「あったあった。ほれ、お前さんにやろう」
「ん? ぶはっ、な、何だこの埃まみれの本はっ!」
軽く放り投げてきた本を受け取った拍子に埃が舞い上げる。まともに吸い込んでのどの奥がいがらっぽくなった。
「う、ごほっ、なになに、けほん、『魔術の世界~ 禁術への道 ~』…っ! 爺さんっ、禁術ってなってるぞ!?」
「ああ、心配いらん。それを書いた奴はの、容量が足りずに発動できなかった魔術を『禁術』としとるだけじゃ。己のちっぽけなプライドを守るためにしただけよ。構うことはない」
「か、構うこと無いって……」
「良いから、ほれ、中ほどに『鑑定と看破』があるじゃろ? そこを読んでみい」
「わかった……」
言われるままに該当ページを読んでいく。何やら小難しい理論と数式、魔法陣が並んでいて理解できるかどうか不安だったが……オレの頭はそんなものをすっ飛ばしてダイレクトに本質をつかんだらしい。「鑑定」とつぶやくと、目の前の水晶球の造りが見えてきてしまった。
「え、うぇっ?」
「お、使えるようじゃな。その力を儂に向けてみい」
「……『鑑定』……と?」
言われるままグィード爺さんに向けて使用すると、見えてきたものは一部伏字になっている、が。これ、結構ヤバい情報では?
「もうひとつ、伏せてある情報のところに『看破』を使えばすべて見える筈じゃ」
何か覚悟を決めたような顔色で爺さんが促す。
けれど。
「もういいよ爺さん。十分だ」
「ん? もういいとは?」
「そんなに構える必要ないってば。オレにとって爺さんは爺さん、倒れてた時に助けてくれた、ちょっと偏屈な錬金術師以外の何者でもないんだからさ」
笑ってこれ以上の情報開示は不要だと示す。まあ、ベイレスト共和国の元筆頭錬金術師長なんて肩書、見たくもなかったけどな。
「お前さんと言う奴は……」
「オレはこの世界にとって異物なんだと思う。そんなオレが生き延びてこれたのはグィード爺さんのおかげなんだ。だからその事実だけで他はいらないんだよ」
「…………そうか、の」
「そうだよ。さっ、自分のステータスを見てみるかな。『鑑定』」
さっそくに掛けてみれば。お~お、でてきたぞ、これはこれは。
読んでいただき、ありがとうございます。
文中の『ミダス王』はギリシャ神話のお話です。
欲をかくとろくでもないことになる、という教訓ですね。