第35話
「おう、これも美味ぇな。どこのだ?」
「アルマニア皇国でね。先日までお祭り騒ぎですごかったから」
「ほぉ、あの、皇国樹立秘話、てやつか。何にしても、トップが認めるってぇすっげぇなぁ! ニンゲンだろ、あそこは? 見直しちまったぜ!」
「気風が自由だからなぁ、あの国は」
「うんうん、わかるぜぇ。オレもいろんな国へ行ったが、アルマニア皇国はお気に入りよ!」
「で、ギルマス。あれ、どうする……」
「しっ! 見るんじゃねぇ! 知らんぷりしてろ!」
今現在、ギルマスの部屋はふたつの異なった空気が漂っている。
ひとつはギルマスとオレ。先日の皇国で仕入れたクッキーをかじりつつ、茶を飲んでいる。
そしてもうひとつが真っピンクの甘ったるいお二人。
獣人国最強トップである、どでかい牛獣人のナイスミドル(?)とダイナマイトボディの馬獣人が人目をはばかることなくウフフ、アハハといちゃらぶモードを全開にしている。
シカトしようにも体格が体格だ、どうやったって視界に入る。ギルマスにそっと目線で訊いた結果がさっきの「知らんぷり」という回答だ。現実逃避、ともいう。
「あれはな、そっとしとくのが正解なんだ。下手に割り込むと両方から睨まれる。背筋が凍るだけで済めば御の字だ。ひどいのになると夜中にうなされて半狂乱になった挙句、療養院行きになったのが居たな。気が済むまでやらしとくしかねぇんだよ」
そう言って、大きくため息をついたギルマス……種族としては黒狼獣人らしい。ハラルディンと名乗られた……は冒険者として結構活躍していたようだ。あちこちを流れていたが、ふとしたことから副総轄……その当時はまだご令嬢だった……に見込まれてギルドマスターの職に就いたのだと言う。
「オレはよぉ、もう少し自由に暴れていたかったんだが、あのお嬢の口車にひょい、と乗っけられちまって、な。こうしてやりたくもない書類仕事に埋まっているって訳よ」
「なるほど。つまり言質を取られた、と?」
「やられた、と思ったね。お前さんはひっかからなかったが、あのスキルを使われるとどうにもならん。副総轄、なんて言ってるが、実際にここを動かしてるのはお嬢だ。集都の協議会メンバーの大半がお嬢のスキルの餌食になってるって噂だしな。どんなネタで抑えられているのか知らんが、実際ほぼ要求通りになっているってぇからな」
ギルマス、あんた、お茶で酔っぱらってません? なんで巻き舌?
「それよかケイン。お前ぇ、いつの間に俺んところの受付嬢を誑し込んだんだ? しかも全員! あいつらに揃って『馬鹿!』と叫ばれた時ゃあ、絶望しちまったぜぇ? どんな魔法使ったんだ、てめえぇ!」
あらま、今度は絡みだした。でもなぁ、さっきのはオレの所為じゃないんだが……。
その時。
「キュルッ?」
啼き声と共にオーリィが肩先から顔を出した。
「ウォッ! 脅かすなよ……え、そいつアーミンか? そうか、そいつが受付嬢たちを骨抜きにした元凶かぁ!」
最初のリアクションで思いっきりのけぞったギルマスだが、すぐに顔を近づけてオーリィをしげしげと見やる。
それが気に入らなかったのか、
「キュキュキュキュ!」
威嚇の声と共に、ギルマスの鼻面へかみついた。
「いてぇっ! おいケイン! 自分の従魔くれぇしっかり躾とけよ!」
かなり痛かったのか涙目だ。
オレはテーブルのクッキーをひとつ取ってオーリィに近づける。
「従魔じゃないけどな。オーリィ、悪戯してないで食えよ」
「キュルキュル~」
ふんふんと鼻を鳴らし、クッキーをほおばる様子は何とも可愛らしい。だが、ギルマスへの警戒は続いているようで、しっぽがパタパタ揺れている。
「ずいぶんと懐いてんな、おい。一体何したんだ?」
余程痛かったのか、鼻に手を当てながらギルマスが聞いてくる。
「さあ、特に思い当たることは何も。オレ自身が不思議に思ってるんで」
「そんな不確かな回答で満足すると思ってんのか、ええ? アーミンはな、この国じゃ聖獣に近い崇められ方をしてるんだ。そのアーミンをだ、そこまで懐かせてるお前ェがニンゲンだと? 冗談も程ほどにしやがれってんだ! ケイン、てめぇ、ホントにニンゲンかぁ?」
もうこのフレーズ、やめてくれないかな。自分でも怪しくなってきちゃったよ。
「そうね、ワタクシも不思議に思っているんですわ」
わぁっ、突然参戦してきたよこのお方。
「アーミンをここまで親密にさせるなんて、普通では無理ですわ。それにアナタ、名付けしてますわね? 名前まで許す行為は、アーミン種にとって従属、もしくは自分と同列に認めることなんですのよ。それもご存じ?」
「いえ全く」
「でしょうねぇ。知っておられたらやりませんもの、アーミン種に名前なんて……」
おいルゥ。あんた、知ってて勧めたな? あンのバカ娘!
どうせ面白半分にやったんだろうが……反響がでかすぎるだろうがっ!
「でもまぁ、そのほうが好都合ではありますわね……ワタクシ的には」
副総轄の笑みが怖すぎる。何だよ、その『にやっ』とした笑いは?
「で、相談ですの。ケインさん。アナタ、この集都の諜報部に雇われませんこと?」
「諜報部?」
オレの疑問に、笑顔で頷く。
「ワタクシたちは獣人でしょ? ニンゲンさんたちに交じって活動は出来ても、やはり限られた場所へしか行けませんの。その点、アナタはニンゲンさん。普通にどこへでも行けますわよね? そのアドバンテージは大きいですわ!」
「要するに、スパイになれ、と?」
「あら嫌だ、言葉が悪すぎますわ。それほどおかしなことをお願いしませんわよ」
「返事は分かってるんだろ? 断る」
「あら、どうしてかしらぁ?」(威圧)&(魅惑)
「オーリィはオレの従魔では無い。それが答えだ」(バリア展開中)
「名付け行為がほぼそれだと説明しましたわよね?」(さらに(威圧)&(魅惑)おまけに流し目プラス)
「それでもだ。何といわれようと契約してないし、今後もする気はない。それにあんた、オーリィの能力を勘定に入れて話を持ち掛けてるな?」(バリア展開プラス無愛想)
「まあおほほ。それは邪推と言うものですわよ? 何を根拠に仰っているやら」(冷や汗たらり)
「スキルまで総動員しているから丸分かりだ」(さらに無愛想)
一瞬沈黙、そして笑顔のままの副総轄とオレが睨みあう。見えない火花が空中に散った気がした。オーリィは真っ先に逃げ出している。部屋に緊張感が広がり……
「それまでにしておきなさい、シルヴィ」
渋い声が緊張感を消し去った。
「ま、まあどうしてですのダーリン!? もう少しですのに!」
「さっきも言っただろう、『無理強いはいけない』と。シルヴィ、君の能力は強力だが、万能ではない。スキルが効かない以上、ここは引くべきだ。それに、君の流し目が儂以外に使われるのは面白くなくてね」
「あら、そんな……」
さっきの威圧はどこへやら、紅くなった副総轄の肩を抱きながら、牛獣人はオレを見やる。
「挨拶が遅れて失礼したね。儂はドムエラ・ゲオルギスク・ライカンスロット。獣人国集都ダールスドットの総轄を勤めさせてもらっておるよ。妻のスキルにあっても表情を変えない豪傑に会えて光栄だ」
このお方も相当強いんだろうな。そう感じる。
伸ばされた手を取って握手した時、何やらスキルを使われた気がした。だが、オレに届く前に霧散している。これは多分『鑑定』に近い何かだな。
案の定、驚かれた。
「ほう、儂のスキルを弾くとは。これは思いもかけぬ力をお持ちのようだ。シルヴィが敵わぬのも無理ないな」
「総括のスキルが届かない……やっぱお前、ニンゲンじゃないな」
「これほどの人材、なかなかいませんのよ? ケインさん、先ほどのお話、再考していただけません?」
……オレ、この世界に来てからすンごく高い評価をもらうようになったけど。
その相手って、人外が多くないかい?…………
読んでいただき、感謝です。




