第31話
『正確に言えば、錬金術師は卵を託されたのだ。我ら……我とサーラの親は、よんどころない理由で命が尽きる寸前であった。
聖獣がこの世から居なくなる、それは世界の均衡を崩す事に他ならない。我らの親は残りの命を使って卵を産み落としたが、育てるだけの魔力が残っておらなんだ。そのままならば、我らは親と諸共に命を失くしておっただろう。
そこに居合わせたのが、件の錬金術師でな。一か八かで卵を預け、我らの親は息を引き取ったのだ』
何つーか、すっごい綱渡りみたいな誕生秘話、って奴だな。
『当時の錬金術師にも、我らを孵すだけの力はなかった。だが、そこに偶然が重なった。目の前の我らの親の身体を、その錬金術師は……食ったのだ』
「どええぇぇっ!?」
「ななななんでえぇぇっ!?」
『錬金術師としての気概、であろうな』
何なんだこの展開。お涙頂戴のいい話だったのが途端に生臭くなってきた。
「錬金術師の、気概?」
『もっと上を目指したい、やれることを増やしたい、そして出来得るなら『賢者の石』を生み出したい……だが、そうするには魔力も力もない。特にニンゲンの身体は我らと違ってぜい弱だ。それは生物として越えられぬ枠。そこを超えたいと願ったあやつは、我らの親の心臓を食らったのだ』
「ずいぶんとアグレッシブな人、だったんだな……」
「…………どう言っていいのかわかんないよ……」
オレもルゥも言葉が出ない。人間としての生を捨ててまで高みを目指そうとするとは。ここまで来ると部外者には何も言えないな。
「……で、結果、はどうなった?」
沈黙に耐えられず、オレは聞いた。
『うむ。我もまだ生まれておらなんだからな、本人に後から聞いたのだが、相当苦しんだそうな。何せ、ニンゲンと聖獣の魔力を掛け合わせることになるのだからな、下手をすればニンゲンの自我が潰れてとてつもないモンスターになったやも知れぬ。時間にして5日5晩そこらじゅうを転げまわったらしい』
「わぁお……」
「すっごい……」
オレが次元の狭間を乗り越えた時のようなものかもしれない。自分の身体を作り替えるんだから、ちょっとやそっとの苦しみではないんだろう。
(あ、なら、オレはそれを経験してるからこのステータスになったって事?)
ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。
「で、でも、その錬金術師は乗り越えたんだよね? でなきゃキールもサーラも生まれなかったって事だもの」
『ああ、そうだ。その苦しみを経て、錬金術師は力を得た。それが引いては我らをこの世に誕生させたのだ』
「そうだったんだ! 良かった、キールが生まれてくれて!」
答えたキールを見つめ、ルゥががばりっ、とばかりに抱きしめる。
『お、おい、どうしたのだ我が主殿……』
「キールが居てくれてアタシうれしいよ! これからもずっと一緒に居てよね!」
『……もちろんだ主殿。我の居場所は主殿の傍以外にない』
「うん! うんっ!!」
多少は照れも入っているのだろうが、ぶっきら棒になりながらもキールはルゥのやりたいようにさせている。今まで紡いできた絆が形になった瞬間だった。
「さっきの話に出てきたサーラ、とは?」
ルゥの興奮が収まったのを見計らい、オレは続きを促した。
もう一体聖獣が居ることになるが、それは今どうなっているんだろう。
それに答えたのはルゥだった。
「リィの眷属だよ。キールが闇でサーラが光なんだ。アタシと同じで生まれた時から付いていてくれたんだよ」
だから余計に大騒ぎになったんだけどね、そう言ってルゥは笑った。
「なるほど。光魔法を重視する者にとって、妹さんはその象徴でもあるんだ」
『そのように祭り上げた、の間違いだな』
苦々し気にキールが言い換える。
「もうキールったら。アタシは別に王族でなくったって良いと何度も言ってるのに。まだこだわってるんだね」
『拘りもする。我が主殿を正当な扱いもせずにこのようなところへ放り出す輩など、見たくもないわ』
「フフッ。アタシはキールが居てくれればそれでいいんだけどな。そんなに怒らないでよ、ね?」
『む、むぅ。主殿がそういうのであれば、我は従うのみだ』
「ありがと。大好きだよキール」
『っ!!………』
昨日からまた一段と絆が深まったようだ。まるで恋人のようにじゃれあっている。オレの目の前にはこういうのしか現れないのか? 人魚の里の王妃さんのような!?
なんかトラウマになりそうな気がする(くそ、羨ましい……)
軽く咳をして話を戻す。
「で、今神聖エリシオ教国はその象徴たる妹さんをトップにしてまさに光り輝いているところ、でいいんだな?」
「うん、そのはずなんだけど。でもね、ちょっと気になることがあるんだ」
笑っていたルゥが真顔になる。
「この頃、闇の力が強くなってきているの」
「強くなって、来ている? どういう風にだ?」
『昨日、我が見回っていたのは知っておろう? 闇が悪さをせぬように、『黒の森』を包み込む結界の異常を確認していたのだが、以前と比べて闇の溜まり方が早すぎるのだ』
すぐに問題が起きるわけではないが、このままだと煮凝りになるスピードが速まるだろう、そうキールが締めくくった。
「もうひとつ、これは『森の魔女の宿』で聞いた話なんだけど、『ブリックル』ダンジョンが機能しなくなってきている、って」
『ブリックル』では魔獣を倒すと魔石が出てくる。それを換金して冒険者が生活しているのだが、魔石が出なくなってきた、と冒険者の間で噂になっているのだと言う。
元々大神官はダンジョンそのものを不要だと思っている人だから、この機会にダンジョンを潰すつもりかもしれない、と、ルゥは心配そうに告げた。
「でも、だって、そのダンジョンは錬金術師がボスな訳だろ? え? 初代からお世話になってたボスを潰す? いくら何でもそれは阿漕にすぎないか?」
「そう思うわ。でも、リィをトップにしてから、大神官のいう事がすべてまかり通っているの。凄く不自然なくらいに」
『ダンジョンなどと言う不浄のものはこの清く明るい国には不要だ、そう常々放言しておったのだ、あの男は』
キールが吐き捨てるようにつぶやく。
『あのダンジョンのおかげで国として成り立ってきたというのに、あの恩知らずは……!』
「ダンジョンは危険なところなのよね? 冒険者の人たちが命懸けで入るんだもの。そのために死ぬこともあるって聞いてる。でも、だからって失くすのは間違ってると思う」
時に詰まりながらもルゥはそう言い切った。自分の考えとして。
オレは大きくうなずいた。
「だからルゥはオレにダンジョンボスに会ってきてほしかったんだな?」
「……危ない事だってわかってる。でも、ケインになら頼めるかも、そう思ったんだ」
希望と心配がまぜこぜになってルゥの瞳を揺らしている。その瞳へオレは笑いかけた。
「そうか。時期は約束できないけど、教国に着いたら真っ先にダンジョンへ潜ってみる。で、その錬金術師だっけ、そいつをどやしつけてくるよ。『しっかりしろよ!』てな」
そう言うと、ルゥはおかしそうに吹き出した。
「やだぁ、ケインったら。リッチロードをどやしつけるなんて面白~い!」
え? 今なんて言いました? リッチロード?
「あの、リッチロードって、その錬金術師さん、が?」
そう聞いたら。
「あ、言ってなかったっけ?」
『あやつ、聖獣の力を取り込んで不死王になったからこそ生き延びたのだぞ。今頃はダンジョンの奥で研究にいそしんでおることだろう』
ウッソでしょうおぉぉっ!?
人間は時に欲望に忠実です。度が過ぎてどん引きしますが。
読んでくださってありがとうございます。




