第28話
魔女さんの心のうちが見えました。
「そっか~。ケインもずいぶん苦労してたんだね。ステータス表示が無茶苦茶になるって初めて聞いたよ」
「オレだってだよ。まあ、スキルが発現しないと直らない、なんて設定自体がおかしいとは思うがね」
「ん~、でもそれくらい次元を飛び越えるのって大変だったわけじゃない? それを『使えない』って追い払う国王の頭の方がおかしいわよ」
「おかげで今こうして自由にしていられるけどな」
打ち明け話をしたために、一気に身内認定されたオレ。最初の頃のギスギスした雰囲気はどっかへ吹っ飛んで、今は酒盛りの真っ最中だ。
テーブルにはルゥが秘蔵していた酒が並び、オレもストレージに保管していた串焼きなんかをつまみとして供している。謎生物……名前がないのは不便だったから『オーリィ』とつけた……は本当に何でも食べるようで、今も器用に串から肉を外してかじっている。さっきまでキールを怖がって出てこなかったが、食べ物の誘惑には勝てなかったようだ。
『それにしてもケインはけた外れのようだな。我が見立てでも底が見通せぬぞ』
部屋の片隅で寝そべりながら呆れたようにオレを見つめるキール。聖獣から見てもオレのステータスってべらぼうなんだろうな……。
「そうだよね、そう思うよね~。やっぱケインは普通じゃないんだぁ~」
ケタケタと笑うルゥ。どこかタガが外れたようになっている。酒が入ってからのルゥの様子はどこかおかしい。
こんな状態になった同僚たちをオレは知っている。彼らはそのあとすぐに潰れていった。いわゆる躁状態というやつで、この後の反動がヤバいんだ。
オレは思い切って聞いてみた。
「なあ、何か隠し事してないか?」
「え、何の事? 今、アタシ、すっごく楽しいんだけどぉ?」
彼女はきょとんとして、そして笑い出した。甲高い声が妙に気に障る。
訊き方が悪かったな。隠し事なんて誰にでもある。でも、このテンションはキレる一歩手前のように思えるな。何とか吐き出させないと。
「無理して笑ってないでさ、言っちまえよ。楽になるぞ~?」
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
顔を引きつらせながらも、横を向く。強情っ張りだなこいつ。それなら。
「じゃ、当ててみようか。さっきの話で行くと、オレが『勇者』だったらルゥが頼んでいたことなんかどうだ? 思い当たるのは……魔獣関係かな?」
ピクリと肩が跳ね上がる。当たらずと言えど遠からず、か。
「それも強い奴。どこにいるのかな……例えば、ダンジョン、とか」
ピクピクッ。かなり近そうだ。ではもう一押し。
「ダンジョン、ねえ。どこにあったかなぁ。これから行くところ……獣人国にはないって話だったから、ガルマン帝国かな? いや、あそこは自力で攻略しそうだ。なら……神聖エリシオ教国、か」
ビクンッ! ビンゴだな。
「当たってるかな、ルゥ? ん?」
「…………そう、ね。大当りしちゃったな」
やっと観念したか、作り笑いがストン、と消える。代わりにあるのは憂い顔。
「ケインは読心術でも持ってるの? そんなにアタシおかしかった?」
肩の力が抜けたのか、さっきまでの背伸びした言葉遣いが年相応のものになっていた。
「アブナイ笑い方だったからな、相当キてただろ?」
「そっか。バレてたのか……愚痴話になるけど、いいの?」
「ああ」
「アタシが『黒の森』に住んでいる理由知らないよね? それも一人で」
「そうだな。考えられるとしたら、あんたの魔法特性、かな?」
そう答えると。
「ふふっ、ケインって変に鋭いのね。確かにそうよ、アタシ、闇魔法が得意なの」
「闇魔法。この、オーリィも使うって奴か?」
オレはテーブルに居るアーミンを指さした。
「そうよ。闇魔法を使えるのは魔獣でも限られてるの。アーミンとあと数種類、くらいかな……人間もあまりいないの」
『人間も』のあたり、声のトーンが一段下がった。だがすぐに元に戻る。
「この『黒の森』は闇が溜まりやすくて注意が必要なんだ。どうしてかわからないけど。そういうのって適度に散らしたり払ったりしないといけなくてね。闇魔法でしか出来ないんだ」
「闇を闇魔法で払うって事か?」
「うん。闇が煮凝りになっちゃうと、人間にとってはあまり良くないんだよね。軽いうちは頭が重いとか肩がこる、で済むけど、酷くなると失敗ばかりを思い出して鬱になったり、生きていく気力がなくなったりするからね」
「で、ルゥがそうならないようにここに居るって事なんだな」
「闇魔法を使えるのがたまたまアタシだったからね。昔は人を呪うのに使ってたらしいけど、アタシは、悪いことに使うんじゃなくって、闇が暴走しないように、穏やかに流れるようにって管理してるんだよ?」
「ああ、分かってる。で?」
オレは頷いた。禁書や魔導書の中にあった闇魔法には確かにそれっぽいものがあったよな、などと思いながら。
心配そうに窺っていたルゥだが、オレの返事を聞いて安心したみたいに笑う。
「あはっ、ありがとケイン。闇魔法って言うと誰もが怖がってね。そんなんじゃないって言っても聞いちゃくれないんだ」
「そうか、大変だったな」
何気なく言った言葉だった。けれど、ルゥが固まる。
「おい、どうした?」
目の前の顔に手を振って見せると、ハッと気が付いて笑いかける。が、その目から涙がこぼれた。
「ルゥ?」
「あ、あはは、何なんだろう、急にな、涙が、出て来て……」
「ほれ、これ使え」
ストレージから布切れを出して渡す。受け取って顔を拭き、うつむく。
『我が主殿、大丈夫か?』
キールが足元に来て見上げる。
「うん、うん大丈夫。でも……だいじょう、ぶ、じゃない、かも……」
声がだんだん小さくなり、しゃくりあげる声に変っていく。
「今、気が付いた。ウッ、ケインの言葉で。アタシ、グッ、誰かに言って、ウグッ、ほしかったんだ、『大変だったね』って。ウウッ、『闇魔法も苦労するんだね』って、そう、言ってっ……!」
一度止まった涙が決壊した。
『主殿、主殿。泣かないでくれ、どうしていいのかわからなくなる』
キールが足元をオロオロと行き来する。
「ご、ごめんキール。止まら、なく、てっ、ウウッッ」
言葉を紡ぎながらルゥの涙も慟哭も止まらない。そのままテーブルに突っ伏していく。
『あるじ、』
「キールやめろ。止めるんじゃない」
『どうしてだ!』
焦りと怒りが綯い交ぜになったキールが噛みつかんばかりに睨む。
「今は泣けるだけ泣かせた方がいい。でないとルゥが壊れるぞ」
『! そんな』
「少し黙って見ていろ。そんなに長い時間じゃないから」
『……分かった』
それでも落ち着かなげに足元に座り込むキール。肩でも抱いてやればいいんだろうけど、オレにそんな真似ができるわけがない。
ただ静かに見守っていると、やがて肩の震えが収まり顔を上げる。
「ごめんね。なんだか抑えられなくって、さ」
「いいさ。落ち着いたならそれがいま必要だったんだ」
「ありがと。欲しい言葉をくれるケインって素敵だよ。惚れちゃいそう~」
「いまの状態だと嬉しくないな」
眼の周りが赤く腫れあがり、涙の痕がほほに残ったまま、ルゥが笑った。それは甲高い壊れたものではなく、涙声ではあったがさっきまでと同じルゥだった。
「キールもありがと。アナタが居てくれたからアタシは生きてこれたんだよ。感謝してる」
『我が主殿……』
すり寄ってくる黒い毛皮を大切に撫でるルゥ。良かった、ひとまずは乗り越えられたな。
テーブルの上を片付け、果実水とクッキーを出して仕切りなおす。
「さて、気分が直ったところで改めて。ルゥの抱えてるものは何だ?」
「聞いてくれるの、ケイン?」
「オレが聞いても何の役にも立たないかもしれない。却っておかしくなるかも知れない。それでもいいなら聞くよ」
オレの返事にそっと息をつき、ルゥは語りだした。
それは後に、ひとつの国を揺るがす起爆剤にもなっていく。
予約投稿分です。
読んでいただき感謝です。
2021/12/16 名前の変更をしました。
ルィース ⇒ キール
ご主人様と名前がかぶってしまうので^^;




