第3話
いよいよ覚醒です。
チリリ~ン、チリリ~ン……何の音でしょう?
翌日。
オレは朝早くから草原に移動してホーンラビットを狩っていた。
額に小さな角を持つウサギ、ホーンラビット。見た目は可愛らしく、ぴょこぴょこ動く姿は癒されるが、侮ってはならない。こいつはかなり好戦的で、敵を見つけるとその跳躍力を生かして懐に飛び込んでくる。そして額の角を相手の弱点へ突き刺してくるのだ。
胸元に突き立てられると皮鎧くらいなら簡単に貫通する。おまけに繁殖力が高く、1年を通じて交尾と繁殖を繰り返し、あっという間に数を増やす。ネズミ算も真っ青な倍々ゲームをやらかすから、常に討伐対象でもある。オレがどれだけ狩ろうとも一向に減らない相手だ。
今日もまた、オレは片端からダガーを振るって仕留めていく。ここ暫く、50体前後を狩っているからやや少なめになってきた。
場所を変える必要があるかな、と頭の隅で考えながら目の前のラビットを仕留めた。
その途端、チリリ~ン、と聞いたことのない音が響き、不意打ちにオレの動きが止まった。
それを見つけたんだろう、脇から走ってきたホーンラビットがオレ目掛けて突っ込んでくる。
反射的に身を躱し、目の前を行き過ぎるラビットの首を刎ねる。と、またチリリ~ン、と、音が鳴った。
「な、何だ一体、今の……っ」
辺りを見回して警戒しながらも思わずこぼれた言葉は、次の瞬間途切れた。
頭の中に無機質な音声が流れだしたからだ。
『同一個体1万体の討伐完了を確認いたしました』
『同じく同一個体1万体と1体の討伐完了を確認いたしました。これによりス
キル発現要件を満たしましたので、設定時の誓約に従い、直ちにスキルを発現
いたします。身の安全を確保できる場所への移動猶予時間はあと10秒です。
9、8、7……』
「こ、こりゃヤバイっ!」
オレは慌てて丘を下り、休憩場所として設営しておいたテントの中へ転がり込んだ。
周りに結界石を置いてあるため、魔物は寄ってこない。そこへ入ったと同時に、頭の芯がキリキリとうずきだした。
「くうぅぅっっ!!」
頭を抱えてうずくまる。召喚されて界を渡る際に覚えた痛みによく似た、捩れるような締め上げるような痛みが頭蓋骨を潰す勢いで襲い掛かってきた。
のたうち回りたいのに身体が硬直して動けない。その癖、ギリギリと万力で締め付けるような圧迫感で息が詰まりそうだ。
そうやって吐き気と痛みに耐えていたが、ふっと重圧が途切れて自分を取り戻す。時間としてはそう経っていない。ほんの数分の出来事だったんだろう。
「一体、何だったんだ今のは…」
力を入れすぎて固まった腕をもみほぐしながらオレはぼやいた。だが、答えが返ってくるはずもない。ため息をついてオレは丘に戻り、放置していたラビットの始末を始めた。
手早くいくつかの解体を終え、肩の袋に詰める。そのままのものをアイテムボックスに突っ込み、丘を下ろうと後ろを向きかけた、が。
「ピュルルル!」
その背へ新たなラビットが飛び掛かってきた。身をよじってダガーを下から突き上げる。それはラビットの心臓を一突きして終わった、はずだった。
ポン!
「え?」
聞きなれない音に首をかしげる。と、目の前に落ちてきたものがあった。
「ととっ……え、これ、は?」
オレは手の上のものに固まった。それは赤い石の結晶だった。
下に目を向けても、今さっきのホーンラビットの死体はどこにもない。
代わりにあるのは、この結晶。
「これ……ホーンラビットから出る、『ラビット・アイ』、か……?」
そもそもホーンラビットは宝石を落とす類の魔物ではない。辺境地域の住民にとって、それは日々の食用となるモノだった。だが、稀にホーンラビットは『ラビット・アイ』なる結晶を落とす。ホーンラビットの眼のように赤くきらめく石で、心臓の血が一瞬で固まってできるのだと言われている、が。検証できるほど生まれないため、実態は不明だ。
その、希少な結晶が、今、オレの手の上にある……?
一瞬呆け、次に慌ててアイテムボックスに放り込む。本物かどうかは別にして、こんなものを見せびらかすような馬鹿なこと出来っこない。
止まっていた足を動かして下り始めると、あちこちからまたホーンラビットが動き出して狙いを定めてくる。きっちり相手をしながら下るしかない。
「ピルルルッ!」
「ピュルルッ!」
「ピキーッ!」
同時に3頭が飛び掛かってくるが、この程度は毎日しているから楽勝だ。
と思ったら。
ポポポンッ!
「……は?」
死体が消えて、オレの手には3つの結晶が乗って。
さっきの3連発が目の前にあった。
「なんなんだよ、これはぁ~~」
半泣きになりながらアイテムボックスへ入れて、次のホーンラビットを相手する。
ポンッ!
ポポンッ!
ポンッ、ポンッ! ポポンッ!
「ワアアァァッッ~~!!」
訳の分からない叫び声をあげながらホーンラビットを切り払い、テントの中へ身を投げ出す。
荒くなった呼吸と動悸をなだめつつ、握りしめた手を開けば。
「……………7、個、だな………アイテムボックスに、4個……合わせて11個……こんな、馬鹿な事って、無い、よな?」
目の前の事実を受け入れられず、しばらく震えたままだった。
「無理だ。オレには、分からない。グィード爺さんに、相談しよう」
そう結論を出してテントを片付け、大急ぎで草原を離れた。
読んでいただき、ありがとうございます。