第21話
国は変われど前途多難……
「う~ん。いい天気だな~」
オレは朝日を浴びながら街道を歩いている。海沿いの平坦な道で、反対側は俺より少し高い崖がはるか先まで続いているようだ。
海際は岩礁が突き出していて、砂浜の代わりに砕ける波が白く浮き上がって気持ちいい。潮の香りを含んだ湿った風がオレの周りで渦巻いた。
「お祭りも終わったし、気持ちいい風だし、旅には最適だな」
人によっては好き嫌いもあるけれど、オレは結構好きだ。特に潮風って身体中の細胞を洗ってくれるようなそんな気がする。DHAとかEPAとかは関係ない。オレの気分的に、だ!
アルマニア皇国の首都アルサール。そこのお祭りを十二分に味わって、オレは今朝早く出てきた。あの祭り、これからは5年ごとに開くよう皇国では決められた。
今まで秘められていた、皇国樹立の立役者である地の精霊と盟友の聖獣。その存在を公にして感謝をささげ、これからも存続へ努力していくという皇族の決意を国全体へ示し、国民の団結を促す。皇国として最適の選択だ。
「ラミス、頑張ったんだな」
発案がオレとは言え、形にしたのはラミスとその家族だ。その決断力は凄いと思う。どこかの腰砕け内閣に見せてやりたい。
「まあ、戻ることはないからどうでもいいか~。それにしても誰も居ないな。こっちって人気ないのか?」
ずいぶん来たけど、行商人にも旅人にも行き会わないのはなんでだ?
首をかしげていると、
『我が結界を張っているからな』
などと宣う存在が。
海の方へ眼をやると、岩礁から少し離れた海域に、濃紺の蛇体が首をもたげている。
『ケイン、だったか。一別以来よな』
「……メイマーニア。なぁにやってんだ?」
オレはジト目で睨んでやったが、どこ吹く風かといった感じだ。
もっとも聖獣相手じゃ無理か……はぁ。
『何とは挨拶だな。また会おうと言ったはずだが』
「ああそうだな、聞いてたよ。でもなんでこのタイミング? やることはもう残ってないだろ?」
『確かにな。だが、我の方にはあるのだ』
へぇ、そうかい?
『あの感謝祭、嬉しかったぞ。港へたくさんのニンゲンが来て、我に祈りと捧げものを与えてくれた。我のしてきたことがこのように受け入れられたと思うと、胸が熱くなってきてな……』
聞けば、精霊や聖獣とかは特に食べるものなどないのだと言う。それでも、感謝の祈りやその気持ちが込められた捧げものは格別で、体中が清められステータスが上がるのだそうだ。
『そういった意味でも、火山のところにアルスラのための神殿を造ってくれているのは、我にとっても喜ばしい。アルスラが再び顕現するのもそう遠い事ではなくなるだろう』
盟友に会えるのはメイマーニアにとっても吉報なんだろう。海から突き出たしっぽが左右に振れているのがいい証拠だ。
「そっか、良い事尽くめなんだな。あれ、ならなんでオレに会いに来るんだ?」
いい方向に動いているならオレ、必要ないじゃん?
『陸はそれで収まったんだが、問題は海の中に残っていてな』
「……ひょっとして、人魚の里、かい?」
『うむ』
うむ、じゃな~いっ!
「そっちはあんたが受け持ってたじゃないか! どぉしてオレに振るんだよ!?」
『そうなんだが、な』
「小言をぶつけるって言ってたろ!? キッツいお仕置きしたんだろーが!! それでわからなかったのか、人魚の王様たちはぁっ!?」
感情が高ぶって大声になっちまった。あれだけ大騒ぎになったのに、まぁだ反省してないのか?
『どちらも自分が正しいと譲らんのでな、我もほとほと呆れておる』
お~お、聖獣の思案投げ首なんて……誰得だ。
『で、だ。この際、王が固執するニンゲンから言うてもらうのが良かろうとおもって、な?』
な? って何だよ、な? って。
「……あんた、最初っからそのつもりだったな?……」
『さて、何の事やら』
「この、腹黒聖獣は~~っ」
唸ってみたが、これは逃げられそうもない。腹決めて、行くか。街道の封鎖もいい加減解かないと。
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
『うむ、理解してくれたなら良い。ここからはそう遠くない。この間のように我の頭に乗れ』
「じゃあ、失礼して……よっ、と!」
軽く助走して『筋力増強』『無重力浮遊』を同時にかけ、更に『フライ』でメイマーニアに届かせる。角の間に落ち着くと魔法を切り、今度は自分自身にかける。
『何をする気だ?』
「オレは人間、水の中で生きてられないんだよ。だからそれを補う魔法をかけるんだ」
『この間と同じように我が結界を張るつもりだが?』
「ああうん、メイマーニアが考えてくれてるのは分かるんだけど、今回は俺自身で張らないとな」
だって、そうしないとあいつらぶん殴れないだろ!?
オレだって腹に据えかねてるんだから!
『何を考えているか見当はつくが、穏便にな?』
「あいつらが馬鹿な事しなけりゃ何もしないよ」
喧嘩売ってこなきゃ買わないよ。オレは専守防衛が信条。『穏便』が服着て歩いてると言われたもんだ。
『それは解釈を間違っていると思うが……』
何やらぶつぶつ言っているが、無視だ、無視。
で。かける魔法は。
「『バリア・人型』、『ストレージ・連結』、『通常大気循環』と」
『……さっきから聞いていれば、何だその魔法は?』
「『バリア』をオレの身体の表面に薄く張って、その中に『ストレージ』から大気を循環させるんだ。これで息が詰まる心配ナッシング!」
『さっぱりわからん』
まあ、『バリア』をウェットスーツ代わりに、『ストレージ』をボンベ代わりにしてみたってわけ。
これもオレのステータスが上限だから出来た事、なんだろうけどね。つくづくぶっ壊れチートじゃんか。良いのかなこれ。
「さて。頭捻ってないで行くか、メイマーニア。……気は進まないが」
『うむ、それには同意する。掴まっていてくれ』
そう言うと一度伸びあがってから垂直に海面へ突っ込んだ。
「うひょぉぉ~~っ!」
何このワイルドなダイビング! オレ、やったことないんだけどぉ!
そのままメイマーニアはグングン潜っていく。周りの海の色がすぐに濃く暗くなっていくからかなり深いところにまで来てるんだと分かる。
…………あれ? 今、何か薄いヴェールみたいなものを通過した、ような感触が?
『気づいたか? あれは人魚の里を認識できないように張り巡らされた障壁だ。普通のニンゲンには感知できないし、通過もできない。今回は我が障壁に干渉して通り抜けたのだ』
「そっか。これがあるならわからないよな。って、随分明るくないか、ここ?」
『人魚とて暗いところは好かん。里の周りに発光樹を植えて照らしておるのだよ』
発光樹。聞いたことない名前だ。光合成で酸素の代わりに光を生成するとか、かな。
『その認識で合っている。陸の者はその存在自体知らんがな』
海の中専用の灯りって事か。
『発光樹がある事で、ある程度の深海でも生活が可能となるのだ……ヴァイラスはこれをニンゲンとの取引に使おうとしておる。海にしかない特産物ではあるがな』
ヴァイラス。話の流れからして、人魚の王様だな?
『問題は、この発光樹の生育条件が厳しくてな。今の人魚の里にあるのは何世代もかけて世話をし、育ててきたからこそ大木になっておるが、雑に扱えばあっという間に萎れて駄目になる。一枝折って渡しても同じこと。ヴァイラスは気楽に考えておるが、発光樹のことを知ったニンゲンがどう反応するか……我はそのほうが怖い』
新しい章になります。
前ほど長くはならない、はずです……
読んでいただいて、ありがとうございます!




