第2話
この世界の時間で2年と10日前。
オレは自分の世界からここ、ルルバイト界へ召喚された。
いや、召喚の瞬間に巻き込まれてしまったと言うべきだろう。
街中の裏道、それも雨が降っていたため極端に人通りが減っていた午後の時間。
召喚の魔法陣(?)はオレの前方に居た3人の学生の真下に現れた。雨で傘をさしていて、しかもうつむき加減に歩いていたため、その魔法陣の影響範囲にオレも踏み込んでしまっていた、と言うのが真相だ。
オレは真鍋征伸、30歳。外回りの営業をやっている。
独り身で、親も兄弟も居ない気楽な身だ。あまりに身軽すぎるから必死になれないんだ、とは大学の悪友が言った言葉だが、けだし名言だと思う。何でもそこそこ出来て、でも何かに打ち込むことがない。趣味と言えば休日に部屋でネットの海に潜ることと小説を読むくらいだ。
だから魔法陣が光って空中に放り出されたときには、(やったーっ、コレキタ、召喚だ!)と、変な喜び方をしたんだが、流石は巻き込まれ召喚、焦点がオレじゃなかったからえらい目に遭った。
どういうことかと言うと。
まず、世界の狭間で身がよじれるような痛みを味わった。影響範囲の関係で、あともう数ミリずれてたら、世界を渡るところで半分にちぎれていたんじゃないだろうか。
とにかく悶絶するような痛みを覚えて意識がもうろうとしていたものだから、神様に遭ったかどうかも覚えていない。学生3人組はそれぞれ声を掛けられたそうなんだけどね。
その所為もあって、無事召喚の場には顕現できたけど、オレのステータスが滅茶苦茶になっていて読めなかったんだ。
かろうじて数値だけは読めたけど、特別なスキルはなかった。学生は「勇者」「賢者」「聖女」となっていたらしい。まったくどこのラノベだ。
途端に城の奴らは言うに及ばず、一緒に飛ばされた学生たちもオレのことをゴミを見る目になって。
その場から何のフォローもなく馬車に積み込まれ(!)、西の森へ捨てられた。
服は何とか着たままだったんだけど、持っていた荷物……傘やらカバンやらは、世界を越えてくる時にすべて消えるんだと言っていた。まぁ、この世界の神様はよそ様からの持ち込みを禁じているんだと思うが、それなら召喚なんて物騒なものを許してちゃいけないじゃないか。
捨てられてからのオレは、大多数の想像通りに苦労した。
森の中をさまよい、木の実を見つけて腹を満たし、小川でのどを潤しながらひたすら歩いて森を抜けた。どうやらそれで国境を越えたらしく、辺境の村で行き倒れの旅人として世話をされているうちに、今回の召喚の裏を知ったんだ。
オレが召喚されたのはフォルカイス王国の王都フェラリス。そこは小さい癖に何かと周りの国にちょっかいをかけるところで、今回もどうやらその口らしい。
あの召喚の場では『魔王の国が我らを攻めてきて』とか、『このままでは世界の危機に』なんて言葉が飛び交っていたようだが、まったくの大嘘だと村の人間が呆れていた。
「魔族の国はあるだよ? でも、そこの王様はすごく穏やかで朗らかな人だにぃ。この前の国対抗剣術大会でも顔を見ただよ」
「あん時も周りの王族と笑っていたっけなぁ。おっきな口を開けて酒飲んでたし」
「コミック剣士の部門では笑いすぎて椅子からずり落ちてただよ」
なんだそれは。王様の威厳、どっかに落としてないか。
ではなく。
驚くことにここでは変に文明が進んでいて、情報の伝達が異常に速い。マスメディア、じゃない、魔術メディアでもっていろいろ流れるのだとか。辺境の村にさえ、広場の真ん中にある集会所に、ドカンと置かれた魔術ビジョンがあるくらいだ。画面は……そうだな、75インチサイズ、と言えばわかるだろうか。もはやパブリックビューイングと言った感じだ。
だからこそ、フォルカイス王国の召喚はどこの国からもブーイングを受けていて、召喚された『勇者』たちがやってこようものなら即座に国交を断絶すると、各国が連携して通達しているらしい。
そこまでの情報を知って、オレが思ったのは。
「ずぇったい、召喚されたと知られちゃなんねぇだ!!」
…………ちょっと辺境の村に馴染みすぎ? でも、心からそう思ったのは事実だった。
幸いなことに、この村の人は誰もが親切で、オレの身元証明がないと知ると、ギルドに作ってもらえるよう掛け合ってくれた。その時も水晶玉に触れるのが怖かったが、それほど性能が良くないので見えたのは数値だけだった。ただ、スキルが壊れていたのは分かってしまったが、逆に同情されていろいろ面倒を見てもらった。
嫁の世話までされそうになったのは顔が引きつったが、何とか断ってその村を出ることができた。
そうしてあちこち立ち寄りながら、このベイレスト共和国の首都まで来たんだが。
やっぱり、大きくなるとクズが居るのはどこも同じだと実感した。ついた初日にギルドへ寄ったのが失敗で、壊れたスキルを見つけたギルドの受付嬢がすごい顔をしたのを見てしまった。それは召喚されたフォルカイス王国の国王や王女が浮かべた表情と同じものだった。
そのあと、ピートやその取り巻き達に絡まれ、裏道で倒れていたのを拾ってくれたのがグィード爺さんだった。爺さんは錬金術師で、オレが見ても凄い腕前なのに自身はひっそりと裏町の一画にこもったまま、どうやって暮らしているのかわからないほどに気配を消して生きていた。実際、なぜオレを拾うようなことをしたのか今でも判らない。
袋叩きの痛みに気を失っていたオレが気が付いた時には、すでに爺さんの家に運び込まれていた。混乱して焦るオレに、『ろくでもない奴らに絡まれたのう。ほれ、飲まんか』と笑いながら苦い薬湯を押し付けてきたんだ。俺が口ごもっても、『なに、事情があるのは儂も同じじゃ。構わんところだけ言えばいい』なんて、警戒心がないのかと思えるほどの物言いに、オレは決して打ち明けるまいと思っていた自分の素性をぶちまけていたんだ。
『ほうほう、なるほど。お前さんが召喚された一人、とな? ほっほっほ、よう出来た嘘じゃのう』
初めは笑い話としか思ってなかったようだが、爺さんの持っていた水晶球でも壊れたステータスしか映らず、逆に好奇心を刺激されてそのままここに居るよう懇願されてしまった。
それ以来、オレは爺さんの家に居候しながら近くの草原で魔物を狩って換金しながら暮らしている。
当初はピートたちにほとんどすべてを持っていかれ、売れるだけのものが手元に残らない日が多かったんだが、爺さんから渡されたアイテムボックスに分けて入れておくことで、何とか現金化もできるようになり、自分たちの口にも入る分だけ残せるようにもなった。
オレ自身、ステータスが良く判らないためにどれだけの強さか見当がつかず、極力人と争うことを避けてきたこともあって、ギルドからは「弱虫」認定されているらしい。まあどうでもいいが。
グィード爺さんはそんなオレの問題を解決できないかと、いろいろ研究していたようだ。その成果がこのステータス表示に現れているんだが、それでも判明しきれないのは、召喚時の歪みがきつかったせいじゃないかと思う。
「ふむ。これだけでも何とかわかりそうじゃな」
「そうだな。カッコ書きの部分は2番目から6番目までほぼ同じ文言じゃないかな。わかるところだけ繋げば何とか…」
「……『スキル、発現、要件』そのあとは……」
「『未達成に、つき』じゃないか、ここ? その下のカッコ書きとも同じだと思う」
「なるほど。確かにそうじゃな。そのあとは『初期、能力、固定』じゃろう。つまりじゃ、『スキル発現要件未達成につき初期能力固定』。その下はたぶん、スキル云々の次に『非表示/不発動』とつながる、ようじゃ」
「と、いう事は、つまり」
「そう、お前さんの能力はスキルによってすべて変わる、一風変わったステータスじゃのう」
「変わった、だけで済ませてくれるなよ……」
机に突っ伏したオレとは対照的に、グィード爺さんはなおも熱心に眺めている。
「一番上は『異世界被召喚者』じゃろうな。その横は…『巻き込まれしもの』か」
「オレの状況を的確に言い表してるな、それ」
「スキルは2つとも良く判らん。カッコ書きが(レア)とは……」
「そこだけ読めるものだからオレのあだ名【生肉】だよ? やめてほしい」
「前の部分が分かれば……ふむ」
「これだけじゃどう考えても無理だってわかってるよ爺さん」
「じゃが、最後のは凄いのう。誰かわからんが、神の加護と……多分祝福をもらっておる。これだけ見ても、おぬしが馬鹿にされるいわれなどない筈なんじゃが、なぁ」
「加護、ねぇ。そんなのがあったんなら、森へポイ捨てされなかったんじゃないかな?」
「その時は見えなかった、のかもしれん。それで命拾いしたんじゃないかの?」
「……そうかもな。あのままあそこに居たら、オレ、使い潰されて死んでたかも」
思いも寄らなかった未来にふと考え込むオレをよそに、爺さんは水晶球を片付ける。
「今日はここまで、じゃ。もう休む時間じゃしの」
「ああ、そうしよう。お休み、爺さん」
「お休み、良い夢を、な」
オレはカップを洗って棚に置き、奥の扉に向かう。短い廊下をはさんだその奥がオレの部屋だ。
扉を閉め、枕元の小さなガラス球に手をやると小さく灯りが灯った。細かい作業は無理だが、寝るまでの動きに不自由しない明るさだ。オレは寝間着に着替え、ベッドに寝転ぶ。
ピートたちにやられた怪我はもうすっかり治っている。だが、毎日の様に受ける暴力は正直言って精神衛生上よくない。このままだとオレの中のストレスが後先考えずに暴発しそうだ。
「早くスキルの内容が分かると良いんだが……」
爺さんには無理だと言ったが、知りたい気持ちはオレの方が強い。そりゃそうだろ、オレのスキルだよ、これ。
「でもなぁ……要件が何かわからないってのがつらいよなぁ」
こうして天井を眺めて愚痴るのがこの頃寝る前の習慣になってきている。誰とも共有出来ない悩みでもあるのだから。
「考えても仕方がない、か。ああ、やめやめ。また明日は狩りの続きだ」
明かりを消し、オレは目をつむった。
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