第16話
建国秘話に触れるお話回です。
今さらながらにマズい相手を連れ込んだのだと自覚したミルリルだが、どうしようもない。こうなったらさっさと用事を済ませて、やんちゃ王子を帰すことに専念しよう。
ならばやることはひとつ。オレは辺りを見まわした。
ここは洞窟の最奥になるらしい。本来なら真っ暗でないとおかしいのだが、天井に当たる何か所に空気抜きの穴が開いていて、そこから日光も入ってくるんだとか。
「ずいぶん都合のいい洞窟だな」
そうぼやいたら。
『ここは我が息抜きする場所のひとつでな、そのように造った』
と宣いやがった。
そこの隅に転がっていた丸太を引っ張り出す。
「それ、何に使うんです~?」
不思議そうにミルリルが訊ねてくるのに答えることなく、肩に担ぎなおしてリヴァイアサンの前に行き、顔を見上げる。
「始める前に名乗るか。オレはケインという冒険者だ。あんたはリヴァイアサンだな?」
『そうだ。先ほどミルリルが言ったが改めて、メイマーニアだ』
「もう一度聞く。オレにその口から入って咽喉に行き、刺さっている人魚の王の持ち物(?)を抜いて戻って来る。そういう手順でいいんだな?」
『そうだ。その間、我は口を開けたままにしていよう』
「そうしてもらう、が。ひとつ保険をかけてもいいか?」
『保険だと?』
「ああ。あんたは約束を守ってくれるとは思うが、万一という事もある。この丸太をあんたの口が閉じないようにつっかい棒とさせてくれ」
『……なるほど。何があるか分からん、という事か』
「不測の事態に備えて、だな。あんたが全力でやったら、こんな丸太ごときで止められないとは思うが」
『ふむ。あると意識するだけで抑止力にはなる、か。いいだろう』
「助かる」
オレは台座の上に飛び乗り、大きく口を開けたリヴァイアサンの口の先端へ丸太を立てた。その上下が上顎と下顎にかかることを確認する。
「よし、じゃ、行くぞ」
『うむ、頼む』
手元に小さな光源を出現させ、オレは生きた洞窟探検に向かった。
「ふうん。咽喉の奥ってのはこうなってるんだな」
ぬめっとした足元に注意しながらオレは奥へと移動を続けた。前の世界でやっていたゲームのダンジョンにこういう所があったよな、なんて事をちらっと考える。だんだん暗くなってくるからそれにつれて光源を明るくしていったんだが。
入口から80歩くらい来た時に、その奥で何かがきらりと光を反射した。
「? あれ、か?」
足元は一層不安定となり、ところどころで赤黒くただれたりうっ血したりしている。慎重に避けて進み、気になった光のある場所を照らす。
「これは、何だ?」
見たところ、それは棒、だった。丸く削られ、手に馴染むような造りだ、が。
よく見ると、上になってるのは石突に見える。
「そうか、逆さに突き立っているみたいだな。てことは、頭の部分が咽喉に刺さってる、のか」
近づいてそっと揺らしてみても、相当深く突き刺さっているのか抜ける様子がない。
「聞こえるか? メイマーニア」
オレはそっと呼び掛けた。
『うむ、聞こえる』
「どうやら無理に引き抜くとかえってマズいようだ。少々荒療治だが、突き立っている部分を切ってから引き抜く。すぐに治療するが、痛いかもしれない。少しの間我慢できるか?」
『今までの事を思えば大丈夫だ。やってくれ』
「分かった。出来るかぎり急ぐから」
そして、更に周りの様子を見極める。オレ、医者でも何でもないんだけどな。
そう思うが、ここまで来たらやるしかない。ベルトからダガーを抜いて、突き立っている周辺に切りつける。ブシュッという音と共に血が噴出してきた。
「おっとと。これで抜ける、かっ!」
力を入れて持ち上げる。STR(力)が上限だからか、深く刺さっていた上部がゆっくりと動き、抜ける。良かった、そんなにひどくならずに済みそうだ。
突き立っていた部分から更に血が湧き出てくる。
急がないと出血がひどくなって、別の意味で危険になる。オレは手に持ったものをストレージに収納して両手を開けた。
「『ハイ・ヒール』! これで効くかな……?」
傷口がゆっくりと塞がっていくのを見つめ、出血が無くなるのを確認してから移動を始める。来るときにあったうっ血やただれていた部分にも『ヒール』をかけつつ、可能な限り急いで入口へ戻る。メイマーニアは約束通りピクリとも動かないが、早く出る方がお互いにとってもいいだろう。
開いた口から外へ飛び出し、ついでに丸太を外す。そのまま台座の下へ移動して後ろを振り返った。
「どうだ、痛みは? 大丈夫か?」
メイマーニアは口を閉じ、もごもごと2、3度喉をさすって様子を見、そして。
『おおお! もう痛くないぞ! 違和感もない、普通にしゃべることができる!』
歓喜のあまりに上を向いて水しぶきを盛大にあげ、はしゃぎだした。
「きゃ~~~っ! 冷たぁい~~~っ!」
「うわっぷ!」
おかげで下に居たオレたちはまともに水をかぶった。そしてそれは寝ていた王子にも。
「ぶわああぁぁっ~~! な、何だなんだ、冷たいではないかっ!」
「ありゃりゃりゃ~~、起きちゃったか……」
「なんだお前は!」
気持ちよく寝ていたところへ水を浴び、いささかお冠のようだが。
「ん~。まずは『乾燥』、そして『温風』だな。どうです、乾いたかな王子さん?」
生活魔法をフル活用して元の状態に戻す。文句を言いかけていた王子サマも、一瞬後の自分に口をあんぐりと開けた。
「……っ! あ、ああ、確かにもう濡れていない、な……っ!?」
驚いて、身体のあちこちを確認するやんちゃ王子。そのまま後ろを見て硬直する。
「な、な、何だ、あれはあぁぁっっ~~!!」
おやおや、ここに来た時には認識していなかったのかな。道理でお気楽に寝ていたわけだ。
『うむ。小さいのは騒々しいな。だがこのニンゲン……懐かしい匂いがする』
「ん? という事は、あんた、初代の魔法使いを知ってるのか?」
『マーリンの事か、それは? うむ知っておるぞ』
「な!? 初代様の名を知っているとは、お前、い、いやあなた様は初代様と契約した精霊様、なのかっ!?」
愕然とした表情で王子が問いかける。
『いいや、あやつと契約したのは我ではない。地の精霊アルスラだ。我はアルスラと盟友の誓いをしていたから加勢した。それだけのことだ』
「あ、なるほど。火山の噴火はアルスラで、海津波を引き起こしたのはあんたって訳か」
『そうだ。あの、帝国、という奴らは自分たちが望む方向に自然を捻じ曲げようとしておった。おのれを含む諸共死を免れぬ形への転換だというのに、あやつらは気にも留めることがなかった。そうならないよう、我らが見守っておるというのにな。傲岸無知なやつらへの制裁を行う必要があったのだ』
だから違う属性の災害を起こせたんだな、うん納得だ。それにしても、当時の帝国は好戦的な集団ではあったんだ。
ひとり頷いていると、ツンツンと服を引っ張られる。ん?
「な、なあ、どういうことだ? ボクにはさっぱりわからないんだが。それとお前は?」
「あ、失礼。オレはケイン、冒険者だ。説明、ねえ……その前にいくつか確認してから、で良いですかね?」
「わ、わかった」
この王子、結構素直だ。オレはメイマーニアに向き直る。
読んでいただき、感謝です。
2021/1/18 誤字報告を戴きましたので、説明を。
『傲岸無知なやつらへの制裁』…傲岸不遜もしくは厚顔無恥のどちらかに、
と指摘がありました。
造語になってしまったのは誠に申し訳なかったのですが、メイマーニアの
怒りがそれだけ大きかったのだと思っていただきたくて、そのままにして
あります。指摘していただいた方達には感謝申し上げます。




