2 その日の夜
「……」
はずだったのだが。
習慣というのは恐ろしいもので、数刻ののちにしっかりと目が覚めてしまった。
(よかったわね、明日の私)
こうなってしまうとしばらくの間眠気は湧いてこない。
となれば、明日に回そうと思っていた作業を片付けるのにはちょうどいいわけだ。
幸い、簡素な清掃用具も残されていたのでそこまで時間は掛からないだろうし。
「……ふぅ」
時間は掛からないと思っていたが、見立てよりも随分早く終わってしまった。
ここへ来た時より幾分かマシになった床にクッションを置き、それを枕代わりに改めて横になる。
(明日は街へ行って食料を買い貯めて……いや、それよりまず仕事探しかな……?)
馬車を走らせればすぐの街へも、ここから徒歩で向かうとなれば結構な道のりだ。
そこから用事を済ませるとなると、きっとそれだけで一日が終わってしまう。
あまり悠長に構えすぎても立ちいかなくなるのはそう遠くないだろう。
(無理にでも寝ておかないと、体力がもたないかも)
背中には冷たい石の床。
一度うたた寝を挟んでしまったせいもあって、なかなか睡魔はやってこない。
(……こうしていると、昔を思いだしてしまうな)
私は小さい頃から、姉と比べられて育ってきた。
可愛らしくて人目を引く姉と比べて、暗くて地味で愛嬌もない私はよく母に叱られたもので。
反省のためにベッドを使わせてもらえないことも幾度となくあった。
そんなときもこうしてギュッと目を瞑って、朝が来るのを待ち遠しくも恨めしく思ったものだ。
(愛人の娘の扱いとしては、マシな方だったのかもしれないけど)
母が冷たい理由。
父が助けてくれない理由。
私が姉と似てない理由。
そんな誰にも歓迎されずに育ってきた私が、レイド様にお声がけいただいたときは何かの冗談なのかと驚かされた。
(……まぁ、実際冗談のようなものだったわけだけど)
レイド様は若くしてこの辺り全体の家々をまとめ上げる役職に就かれているお方で、本来であれば私のようなものが出会うことすら難しい階級差だ。
それでも両親がなんとか見合いの場をこぎつけたのは、もちろん私のためではなく姉のためだったのだろうが。
(あの時のお姉さまの表情、たぶん一生忘れない)
今になって思えば、レイド様ほどの方になると可愛らしい人や美しい人に声を掛けられることなど当たり前すぎて、気まぐれで私のような者に声をかけてみたというただそれだけの話で。
それが私である必要は一切なかったわけだ。
(私が捨てられたと、お姉さまに知られたら……)
思い出したくない顔が浮かんできて、私はそれを振り払うように身をよじる。
その後もあーでもないこーでもないと、必要のあることないことを考えていたら、ゆっくりと夜が明けていった。