19 あくまでメイド
「黙って聞いていれば随分な物言いだな、レイド辺境伯殿」
どう言葉を返そうかと悩んでいた私に代わり、アルス様がずいと前へ出た。
「アルス、警備隊長……キミがスターチスの雇い主というわけか」
レイド様がそんな私たちを品定めするように交互に見比べて。
それから指で小さく丸を作ると、
「いくら出せば、譲ってくれるかな」
そんなことを、言い出した。
そうそう、レイド様はこういう方だ。
困っていても本質はそう変わるものではないらしい。
「あいにく、金には困っていないのでな」
「ふむ、まぁ……そうだろうな」
歯牙にもかけぬアルス様の物言いに、丸を作っていた指をピンと弾くレイド様。
さらにそこから指を真っすぐと立てると、
「では上級使用人を見繕おう。交換といこうじゃないか」
少しは譲歩してやった、といわんばかりに言葉を変えた。
私なんかと上級使用人をわざわざ交換するぐらいなら、そのまま雇ったほうが仕事的には回ると思うのだが。
多分レイド様が欲しいのはそういうのではなくて、ただ都合のいい存在というのが欲しいだけなのだろう。
「残念だが、他に使用人が欲しいとも思わん」
「……ぐ」
売り言葉に買い言葉といった様子で、アルス様もレイド様も互いに譲らない。
(多分これもう、私関係ないんじゃないかな)
そんな二人のやり取りを他人事のように眺めていたのだが、
「……そうだ、スターチス。キミ自身の意見を聞いていなかったな」
「えっ」
唐突に自分のほうへ向いた会話の矛先に、思わず小さく声が出る。
「本人が嫌がっていたら話は別だ、そうだろう?」
「……まぁ、それは確かにな」
これまで散々代替え案を出していたというのに、なんと最後は私の意見を確認するつもりらしい。
(あぁ、でも……そうか)
レイド様の元にいた頃の私は、全てに何も言わずに従っていた。
きっとレイド様の中の私はずっとその時のままなのだろう。
「さぁスターチス、キミの意見を……」
「私はアルス様に雇われている身にございますので」
自分を選ぶと信じて疑わない自信満々の言葉を遮って、
「申し訳ございません、レイド様」
あくまでも丁寧に、見せつけるように、深々と頭を下げる。
「話はついたな、帰るぞ」
「はい、かしこまりました」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」
何を言われたのか理解できず固まっていたレイド様が、数歩遅れて動き出す。
「なんだ、まだ何かあるのか辺境伯」
「いや、おかしいだろ……スターチス、キミは私の……」
「元婚約者で、それ以上でもそれ以下でもありませんが」
「っ……」
二度もきっぱりと言われては、さすがのレイド様も堪えたのだろう。
三度目の呼び止めがくることは無かった。
「すまんな、私が連れ出したせいで」
アルス様はそんなことを仰られるが、
「いえ、問題が片付いてむしろスッキリしました」
もしかしたら弱い私に負けていたかもしれないから。
「不束者ですが、これからもよろしくお願いいたします」
気づけば自然と、笑みがこぼれていた。
「あぁ、末永くな」
「はい、私はアルス様の使用人ですから」
「……なるほど、従順すぎるのも確かに問題だな」
「何かおっしゃられましたか?」
「いや、何も」
アルス様がなんだかまた、少し呆れたような顔をされた気がしたが。
多分私の気のせいだろう。
私の名前はスターチス。
アルス様の『使用人』である。