15 救いと報い
「え……?」
声がした。聞きなじみのある、声が。
突然かけられた声に姉の力が緩んだ一瞬の隙に、
「っ……」
私の身体を何度目かの、強烈な浮遊感が襲った。
「誰よ、私の邪魔をするなん……てっ……」
威勢よく振り返った姉の表情が、見る見るうちに固まっていく。
この表情には覚えがある。
一生忘れることはないだろうと思った、あの時の表情と同じものだ。
「警備隊長、様……っ」
「私の使用人に、何か用か?」
あくまでも口調は穏やかだが、端々から突き出た棘を隠す気のないアルス様の言葉。
さすがの姉も、只ならぬ雰囲気に気圧されてたじろいでいる。
「あのですね、警備隊長様。その娘は私の妹でございまして……」
相手が分かったことで、姉の声がさっきまで私を罵倒していたときの声から猫なで声のような口調に変わる。
「そのことが、私の使用人に狼藉を働くことと何の関係がある」
「いや、ですからその……」
「最近の貴族は謝罪の仕方すら習わないのか?」
しかしそんな姉の反論を全て跳ね除け、氷のような視線と言葉で返すアルス様。
あまりの迫力に思わず私まで背筋が凍るようで。
「なんで、また、あんたなのよ……」
それでもなお、食い下がろうとこちらを睨んでいた姉も、
「失せろ」
とどめと言わんばかりの一言をぶつけられたことで、
「し、失礼しますっ」
踵を返して逃げるように走り去っていった。
「……本当に謝罪の言葉を知らなかったのか?」
嵐が過ぎ去ったあとには、抱えられた私と抱えるアルス様だけが残されて。
「とりあえず、一旦帰るか」
「え……と、はい」
市場で買った荷物と同じような扱いで抱えられて、そのまま屋敷へと運ばれる。
いつもなら色々と言いたいこともあるのだが、今の私にはそれを追求するほどの気力などは無くて。
むしろこの少し雑に思える扱いも、ありがたいと思えるほどだった。