14 嵐の中で
「……お姉さま」
出来ることならば、もう二度と聞きたくなかった声。
「その恰好……レイド様に捨てられたというのは本当だったようね」
こちらへ嘲笑の眼差しを向けながら、栗色の毛先を弄ぶ。
「まずは正座なさい。そんなことも忘れてしまったの?」
「……はい」
私より一回り背の小さい姉は、昔からこうして私に正座をさせたがった。
私の頭はそれに拒絶反応を示しているのに、体はほぼ条件反射のように姉の言葉に従ってしまう。
「元々がおかしい話だったのよね。私じゃなくてあんたみたいなのが選ばれるなんて」
「……」
あなたにそんなこと言われなくても、自分が一番よく分かっている。
言い出せない言葉が重石になって、心がどんどん深くへと沈んでいく。
「まぁでもこれではっきりしたわ。あんたとのことはただのお遊びだったんだって」
キシシと耳障りな声で姉が笑う。
こういう時に私が出来ることは一つしかない。
嵐が早く過ぎ去ってくれることを祈りながら、ただ目を瞑って耐えることだ。
「……しかし、気に喰わないわね。使用人のくせに、随分と上等な服着てるじゃない」
いつも通り無抵抗な私に気をよくしたのか、姉の矛先は私の着ている服にまで向いてきて。
「あんたには勿体ないわ。私が貰ってあげるから、今すぐ脱ぎなさい」
などというとんでもないことを言い出すに至った。
公衆の面前で脱ぐことにはもちろん抵抗があるが、そんなことよりなによりも、この服はアルス様から頂いたものなのだから。
「……嫌、です」
そんな気持ちが後押ししてくれたのか、絞り出すような小さな声をなんとか発することが出来た。
「……はぁ?」
おとなしく従うと思っていた相手のささやかな反抗に、姉の目が大きく開かれる。
「あんたのせいで私がどんだけ迷惑被ったと思ってんのよ!」
ヒステリックな金切り声を挙げて、姉が距離を詰めてくる。
それに対して私が出来ることといえば、身を縮こめるくらいなもので。
自分の物にしたい服を引っ張るのは嫌だったのか、その代わりといわんばかりに私の髪が掴まれる。
「このっ、疫病神がっ」
家を出ている私にとって、姉はもはや他人のはずなのに。
習慣というのは本当に恐ろしい。
それが小さいころからのものであれば、特に。
「あんたさえ、いなければ……っ」
ここまで一方的にされていても、道行く人々は知らんぷりで。
しかしそれも無理はない。
この前よりも悪い状況なのだから。
(……痛い)
使用人が主にいじめられることなど、珍しくもない。
おまけに下手に口を挟めば自分たちもどうなるか分からないとくれば、こうなってしまうのは必然だ。
(……誰か)
それでも、だれか。
助けて、ほしい。
(…………アルス、様)
「いい加減にっ……!」
「おい、貴様」