12 再び街へ
そんなこんながあって、私とアルス様はまた騒がしい人ごみの中にいた。
通常、こういった買い出しなどに主人が同伴することなどまずありえないことなのだが、
「働きに報いるという言葉の意味、分からないわけではないよな」
との事なので、もう何も言わないことにした。
(そういえばあの日、何事もなければ私はここにいて……アルス様と出会うこともなかったはずだったんだ)
そうなっていたらきっと、今みたいなことにはなっていなかった気がする。
主同伴で朝市へとやってくるような、そんなことには。
「……相変わらず、すごい人混みだ」
隣で少しうんざりしたように呟くアルス様。
使用人ですら一人だけしか雇わないような人なのだから、こんな人混みなどもっての外だろうに。
やはりご無理はなさらないほうが、と口にしかけた言葉を丸めて飲み込む。
ここまで来てくれたアルス様にそんなことを言ってしまうのは、いくら私でも無粋と分かる。
なので、
「私もこの人混みは苦手です」
それとなく言葉を選んでみた。
「そうか。ならば早急に用事を済ませてしまうとしよう」
「はい、そうですね」
目的の食材は魚、野菜、果物の三種類。
日持ちを考えると保存食がいいが、アルス様はそのような物ばかり食べてきたわけなので、新鮮な食材も少し手に入れておきたい。
「寄っててくれ!うちは新鮮さが段違いだよ!」
「安いよ安いよ!安さでうちに勝てるとこはないよ!」
商人たちのガヤが飛び交う中を、私とアルス様は並んで歩く。
目利きにそこまでの自信はないが、露骨に悪い品の見分け程度なら見極めることができる。
「……ん」
物色をしながら練り歩いていると、一匹の魚に目が留まった。
この辺りの地域では割とポピュラーな川魚で、上から下まで様々な家々を支えている偉いヤツ。
当然、取り立ててなにかがある魚というわけではないのだが、私にとっては特別な存在だったりする。
『今日はスターチスの大好きな、バター焼きよ』
『わぁい、やったぁ!』
「……」
小さい頃に母がたまに作ってくれたバター焼き。
あれを越える料理に、未だに私は出会えていない。
「どうした、そいつが欲しいのか」
不自然に足を止めた私に、アルス様からお声が掛かる。
「あ……はい、アルス様は魚、お好きですか」
「私に嫌いな食べ物などない」
「……左様ですか」
ほぼ予想は出来ていて形式的にした質問ではあったが、予想通りの回答を聞いて一応再認識する。
「それで、ここにあるもの全てでいいのか」
「へ?」
そう言ってアルス様が指さしたのは、ディスプレイ用に横たわっているものではなく。
樽の中に所せましと詰められた補充用の方だった。
「いえ、あんなに買っても……保存にはあまり向かない魚ですので」
「ふむ……そうか」
私の返答を聞いて、アルス様が紐を半分ほど緩めていた財布を懐へ戻す。
一瞬だけ拘束を解かれたことで、じゃらりと重厚な音を放ったその財布。
「アルス様」
「なんだ」
「会計は私がいたしますので、その財布は市場で出さぬようお願いします」
あんな大金を詰め込んだ財布、万が一盗まれでもしたら大変なことだ。
そうでなくとも、金づるに思われでもしたら商人たちに絡まれて面倒なことになる。
(まぁアルス様なら、そういったことも問題にならないかもしれないけど)
群がる商人たちを一睨みで黙らせるアルス様の姿は、想像に難くない。




