10 パンと問答
本日の夕食は半分にしたパンへ下味を付けた塩漬け肉を挟んだ簡素なもの。
「この間に挟んであるのは、塩漬け肉か」
「はい」
昨日に引き続き、口に合うものかどうか不安のあるものであったが、
「驚いたな。以前は料理人も兼任していのか?」
「いえ、そのような事は……」
この様子だと、杞憂であったようだ。
と、いうか。
「……もしかしてアルス様、塩漬け肉も普段そのまま?」
「保存食はそのまま食うためのものではないのか」
「……」
アルス様がこの調子なので、多少料理の心得があるもの者ならこのお屋敷の料理人になることは難しくないだろう。
「お前は食べないのか。美味しいぞ、これ」
「いえ、私はあとで頂きますので」
「焼きたてのほうが旨いだろう」
確かにそれはそうだけど、これはそういうことではなくて。
「一般的に、主人と使用人は一緒に食事をしないものなのです」
はっきりと言わなければ堂々巡りだと思い、ストレートに伝えることにする。
「それで?」
まさかのはっきりと言っても伝わらなかった。
「それで、と言われますと……」
「昨日は食べていただろうに」
昨日、というと。
あの口に突っ込まれたパンのことを言っているのだろうか。
「あれはその、成り行きといいますか」
「それではなんだ、今度は命令でもすればよいのか?このパンを食え、と」
ここまで言われてしまっては、もはや食い下がるのは無駄な抵抗といえた。
「……では、謹んでいただきます」
「それでいい」
私が言うが早いか、私の口へと昨日と同じようにパンが放り込まれて。
香ばしい香りとともにジューシーな肉の風味が口全体へと広がった。
(少し塩味が抜け切れてなかったかな)
味を確かめるようにゆっくりと飲み込みながら、そんなことを思っていると、
「どうだ、旨いだろう」
なぜだかほんの少し得意げに、アルス様がそんなことを言ってくる。
「自分で作ったものですので、何とも言い難いですね」
思った通りを口にした後で、我ながらなんとつまらない回答をしてしまったものかと思った。
『お前との話は実につまらんな』
「確かにその通りだ。今度外食に行って比べてみるか」
思い起こされそうになった言葉が、アルス様の言葉ですぐに上書きされる。
アルス様ははっきりと物を言われる方だから、きっとそれが人によっては冷たく映ってしまうこともあるのだろう。
「そうですね、ぜひ」
ちゃんとこうして話してみれば、前評判を改める人がほとんどだと思う。
少なくとも私にとって、この温度感はとても心地のよいものに思えた。
「しかし、随分と汚れたな」
食後も作業を進めていたアルス様が、独り言のように言葉を呟く。
当然、それが独り言などでないことなど分かりきっているので、
「お見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません」
本棚を整理する手を止め、アルス様の方へ向きなおし頭を下げる。
そんな私を真っすぐに見据えると、アルス様も作業をする手を止めた。
「服が汚れるのは勤勉の証だ。恥じることはない」
「そう、でございますか」
主からそう言ってもらえるのは使用人としてはありがたいことではあるが。
さすがにこのまま同じ服を使い続けるわけにもいかないだろう、と自分でも思っていたところだった。
「それでも気になるようであれば、控室にある服を使うといい」
また、私の心を見透かしたかのように続くアルス様の言葉。
「服もタンスの中に押し込まれたままより、使われる方が本望だろう」
さらに反論の余地のない動機付けまで重ねられてしまうと。
「……ありがたく使わせていただきます」
こんな私でも素直な返答しかできなくなる。
ここ数日でアルス様のことを分かったきになっていたが、実のところ私の方がうまくあしらわれているような気がして。
それがどうというわけではないが、簡単に見透かされる単純すぎる自分の思考は少し恥ずかしい。
「すぐに着替えてまいりますね」
私は目の前にぶら下がる口実を使って、逃げるように部屋を後にした。




