あの日の網膜に焼き付けて
「それでは次のニュースです。民家に強盗に押し入り8人を殺害した罪で服役中の村上美紀受刑者ですが、昨日夜にSTBT刑務所から脱獄していた事が分かりました。村上受刑者は20XX年11月に――」
そこまで聞いて、私は車のラジオを切った。
「案外トップニュースにはならないものなんですね。8人もバラバラに解体したというのに、世間的には凶悪犯罪じゃないってことなんでしょうか?」
助手席に座る女性――美紀さんに対して言葉を投げる。
「充分凶悪だと思うよ? まぁ今はコロナとかオリンピックとか、もっと話題性のあるニュースが多いからね。10年近く前の殺人鬼なんて、そこまで重要視されないんでしょ。そこはまぁ、全然驚かない。私の脱獄の為に寄越されたのが、結衣ちゃんだったのは驚いたけど。あ、もう大人な訳だし、中川さんって呼んだ方が良いのかな?」
そういってニヤニヤする美紀さんに内心『子供か』と笑いながらさらっと流して答える
「どちらでも。結衣ちゃんでも中川さんでも、オランウータンでもお好きな呼び方をしてください」
「オランウータンねぇ……。好きなの? オランウータン。憧れてたりする?」
「まさか、ですよ。木の葉を隠すならって言うでしょう?」
「オランウータン、かぁ。森の中に隠れるなら、ある意味ピッタリな呼び方だ。うーたんらしいかも」
うーたん。森。彼女を脱獄させたのが私だから、そうなったのか。
「それでさ、うーたんは何で今回の仕事を受けたの? "こっち側"に来てること自体びっくりなんだけど」
「『仕事だから』ですよ。この業界、仕事を断った人に居場所なんて有ると思います? 生物的な意味で首飛びますよ」
「あー、うん。聞き方変えよう。何で"こっち側"に来たのさ? 遺産を使って真っ当に生きようと思えば出来たでしょ」
「美紀さん、『私』に興味が有るんですか?」
「そりゃね……。『私が家族を目の前で解体した』女の子が、私を助けに来たんだから、不思議に思わない方が変でしょ?」
そう。
美紀さんは、私が13歳の誕生日の時に家に押し入って来て、私以外の家族を皆殺しにした罪で捕まり、無期懲役になった。
おばあちゃん、パパ、ママ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、おじさん、おばさん、従姉の彩芽さん。
私の家族みんなを所持していた日本刀で斬り殺した後に、何故か私だけは殺さずに荷造り紐で拘束。目の前で一人……一体ずつ解体していった。
唐突に襲いかかってきた惨劇に耐えられる訳もなくて、当時の私は『まるでマグロの解体ショーみたいに鮮やかだな』とか、現実逃避することしか出来なかった。
何で、私の家を狙ったのか。
何で、私だけ殺さなかったのか。
何で――全て終わった後、自分で警察を呼んだのか。
私には『村上美紀』という人間が理解出来なくて、大人になった今でもあの一日に囚われたままだ。
「……成り行きですよ」
私はそう答えると、ラジオを再び付けた。
「続いてはスポーツのニュースです」
そして、直ぐにまた消した。
「私、スポーツって嫌いなんですよね」
真っ当なことに人生をかける。
それは私が在りたかった生き方で、出来る筈もない生き様だったから。
私が望むのは、たった一つ。
『美紀さんを理解する』、それだけ。
美紀さんの思考論理を理解するということは、自らもサイコパスに堕ちるということ。少なくとも、そういった仮想人格を自分の中に生み出さねば、想像することさえできない。
だから私は、この世界を選んだ。時間をかけて、力もつけて。
私のために、彼女のために、私は美紀さんの完全な理解者になりたかった。
「私もそうだったよ。なんか似てるのかもね、私たち」
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ねぇ、もっと『私』を見てよ。
歪で、醜悪で、異端で、鮮やかで、不器用で、孤独で、壊すことしか出来なくなった女の子。
もっと『私』を、『私』だけを、その瞳に映し込んで。
もっと『私』を、あの日の網膜に焼き付けて。