夢が叶う一日
『一位は牡羊座のあなた! 今日はずっと願っていた夢が叶う素晴らしい一日になるでしょう!』
テレビに向かって思わずガッツポーズする。そんな俺は牡羊座の男だ。
……ずっと願っていた夢が叶う、ときたかあ。
最近朝の占いが怖いくらい当たるので信じていいかもしれない。
意気揚々と朝食をとって家を出る。
そして駅へと向かう道すがら、気付いた。
俺の夢って……なんだっけ……?
いくら頭を捻っても思い浮かばない。
しいて言えば……空から可愛い女の子と5000兆円が降ってきて、のんびりした冒険の旅が始まるとかそんな感じかなあ。
ま、そんな夢が叶う訳が無いんだけどね。
「――ん? あれ何だ?」
なんか……溜池の方に落下傘みたいな物が……
吊り下がっているのは……人影……!?
まさか……いやでも……もしかしたら!!
俺は全速力で走った。
分かっている。そんな都合のいい話があるなんてあり得ない。
でも俺は走っていた。全速力で走るうち、抑えても勝手に期待が高まって来る。
そして……その人影を見つけた。
しかし運命は残酷だった。
「おっしゃんじゃねーか!」
「おっさんですけど?」
「髪もヒゲもモジャモジャじゃねーか!」
「髪もヒゲもモジャモジャですけど?」
「紛らわしい白ワンピきてんじゃねーよ!」
「これは神聖なる聖衣ですけど?」
「もういいよあんたは。せめてそのアタッシュケースをくれよ」
「いいですよ。それでは……施しの儀を始めます」
なんだよ施しの儀って……薄々思っていたが、このおっさん変な宗教の人か?
俺がドンビキしている間にも、ずっとおっさんはモジャヒゲを振るわせて変なダンスを踊り続けた。
そして……
「ハンダーラーーーーー!」
最後にそう言って、恭しくアタッシュケースを差し出してくれた。
「ありがとうございまーす」
開いて見ると、変な札束がいっぱい入っていた。
……この石が積み上がった絵……なんか見覚えがある。
よくみたら……右上の方にZIMBABWEって書いてある……
「ジンバブエドルじゃねーか!」
「ジンバブエドルですけど?」
……最悪だ。
でも逆に貴重な気がしたので、一応貰っておいた。
「あなたにハマルク様のご加護がありますよーにー!」
おっさんが笑顔で手を振って見送ってくれた。
案外悪いおっさんではないのかもしれない。どうでもいいが。
おっと……もうこんな時間か!
「遅刻遅刻ー!」
俺はアタッシュケースと革鞄を二刀流に揺らしながら駅へと走った。
だが……遅かった……
電車を逃してしまった! 遅刻確定だ!!
チクショー……行きたくねえ帰りてえ!
「会社が爆発して無くなってたりしないかなあ」
……あ、しまった! つい口癖が出てしまった!
てかやばいな。会社が爆発して無くなって欲しいっていうのは、ある意味俺の夢かも知れない。
その夢が叶ってしまったら最悪大惨事になってしまう。
さすがにそんなことは望まないのだが。
俺が望むのはあくまで平和的な爆発だ。芸術は爆発だ、的な。
おそるおそる会社に電話を掛ける。
『お掛けになった電話番号は現在使われておりません』
やばい……! やばいやばいやばい!
気が動転しながらもなんとか電車に乗って、冷や汗で汗だくになるのを感じながら揺られた。
電車が止まってすぐ全速力で駆けた。
そして……
良かった……会社はちゃんとある。
だが……入口の扉が閉まっていて、貼り紙もしてある。
『ごめん夜逃げしまーす。給料とか退職金は払えないけどごめんね。みんなガンバ』
「チクショオオオオオオオオオ!」
むかつくけど、爆発してなくて良かった。
安心と怒りがまじりあって、変な感じになった。
暫くすると、今日働かなくていいという事実にウキウキしてきてしまった。
いきなり無職になってやばいってのに、俺ってガキだなあ。
まあいいや。悲しんでいても仕方ないしな。
貯金はそこそこあるし……のんびり冒険の旅にでも出るか。
そう思い至った俺は、行く先も決めず適当な新幹線に乗る事にした。
そして食事を乗せる背面テーブルにジンバブエドルの札束を積み上げてハイパーインフレごっこに興じていく。
多分価値は殆どないんだろうけど、大金持ちになったみたいで気分がいいなあ。
そんな感じで停車した品川駅でぼーっと車窓を眺めていると、隣の席に誰か座る。
その白ワンピの姿を見て、目が飛び出るほど驚いた。
「今朝のおっさんじゃねーか!」
「今朝のおっさんですけど?」
「何なんですかあんた」
「おっさんです」
そりゃわかるけども。
「あなたは運命を信じますか?」
無駄に円らな瞳でめっちゃこっち見ながら言ってくる。
「宗教は信じないですけど、運命はちょっと信じるかも知れません」
肝心なところは外れてるけど、ちょっとだけ占い当たってるしな。
「そうですか」
おっさんは満足そうに微笑み出した。なんか怖いなあ。
「マジで入信とかは絶対しないですから」
「最初はそれでいいんですよ」
……入信させられないように気を付けよう。
おっさんは相変わらずモジャヒゲの向こうで、柔らかく微笑んでいる。
「お仕事ですかな?」
おっさんの問いに無職になった事を思い出して、少し俯く。
「実は社長に夜逃げされちゃいまして」
「それはお気の毒に……」
「あなたはお仕事は……?」
「私も無職ですが?」
……まあそんな気はしていたが。
「じゃあせっかくなんで、一緒に旅でも行きますか」
「はい。どこへでもお供しましょう。すべてはハマルク様の思し召しのままに……」
おっさんは円らな目を閉じて、そっと祈りを捧げた。
その姿が一瞬美しく見えてしまったが、気のせいという事にしておこう。
こうして俺は、おっさんとあてのない旅に出る事にした。
可愛い少女もいないし5000兆円もないけど、代わりにおっさんと約5000兆ジンバブエドルはある。
その上のんびり冒険の旅に出る事ができている。
俺の夢は少しだけ叶ったのだった。