香る結論、花と紅茶。
「――つまり、だね。女性への贈り物は花が最も相応しいのさ。」
孝也はそう結論付けると、青いマグカップを手に取って、口元に運んだ。
「……何がどう『つまり』なのか、さァっぱり分かんねーぞ。」
私は孝也の意味不明な台詞にツッコミを入れた。何故なら、この男は『つまり』と言った癖に、そこに続く話を何も口にしていないからだ。要するに、先ほどの台詞だけ突然呟いたのだ。
孝也は少しだけ傾けたマグカップから紅茶を静かに啜った。確か、ルフナとか言う種類である。残念ながら私は孝也と違って紅茶には詳しくない。
「……うん、いいお茶だ。甘い風味としっかり蒸らした味わいが絶妙だね。腕を上げたじゃないか。」
孝也は私の言葉を無視して、偉そうに評価を述べてくる。そう、この男が気取りながら飲んでいるお茶は、私が淹れたものだ。というか、淹れさせられているものだ。
「無視すんな。」
私も自分のマグカップを取って口に運ぶ。火傷しないよう恐る恐る紅茶を啜る。
「――しぶい。何が美味いんだコレ。」
何度も淹れさせられている癖に、と自分でも思うが、相変わらず紅茶の味なんて分からない。
「やれやれ。まだこの良さが分からないのかい?全く子供だな。」
大げさに肩を竦めながら、少し私を馬鹿にしたような台詞を吐いてくる。いつも思うが、この男は何様のつもりなんだろうか。
私はスティックタイプの砂糖の袋を二つ一緒に千切り、ざらざらとマグカップの中に投入する。スプーンが無いので、マグカップをゆらゆら揺らして混ぜようと試みる。
「うるせぇな。それより花が何だって?女への贈り物?」
私はまたマグカップを口に運び、紅茶を啜る。……渋い。混ざっていない。
「いやね、考えてみたんだよ。花という物は、形、色、香り、名前、花言葉……。実に多くの要素があるだろう?それだけ色々な意味を込める事が出来るのさ。季節感があるのも良いね。」
孝也は指を立てて、目を閉じながらそんな事を語る。この男はいちいちの仕草が気障っぽくて癪に障るのだ。
「花なんか貰っても困るだろ。食ったり飲んだりも出来ねぇし、ぶっちゃけ邪魔だろ。意味だなんだって言ったって、まぁ伝わらねぇと思うし。」
すると孝也はわざとらしく、大きなため息を吐いた。
「君って人間は本当に風流さと言うか、雅さというか、そういう物を理解しないね。花より団子って言葉がこれほど似合う人間、僕は他に知らないよ。」
やはり私を馬鹿にするような発言だが、花より団子なのは事実だ。花なんて見て何になるのか分からない。
「いいだろ、別に。なーんにも困ってねぇ。花が美味いならまた考える。」
孝也はもう一度、大きなため息を吐いた。
「これだよ。というか、だね。もう少し僕の論議に付き合ってくれてもいいんじゃないか?全然話が発展しないよ。」
「んな事言われても知らんものは知らん。私は団子だ。」
流石の孝也も同じ話を続ける気力を失くしたらしい。肩を竦めてから首を横に振って、それからまた紅茶を啜った。
「……あ、そろそろお代わりの準備をしておいてくれないかな。飲み終わってしまうから。」
「ヤだよ。いい加減に自分で淹れやがれ。」
私はにべもなく断る。お茶を淹れるのって、かなり面倒臭いのだ。
「罰ゲーム。忘れたとは言わせないよ。」
孝也が容赦なくそう言ってくるものだから、私はげんなりしてため息を吐いた。
「一回淹れたじゃねーか。もうチャラだ。チャラ。」
私は往生際悪く抵抗をしてみる。
しかし、孝也はやはり逃がしてくれなかった。
「君、二回負けたろ。あと一回分残っている。」
その通りである。私もちゃんと覚えているが、忘れていてくれれば良かったと思う。
「げぇー……。分かった分かった。湯沸かして来ればいいんだろ。」
私はうんざりしながらも立ち上がる。ついでにスプーンを取ってきて、自分の紅茶を混ぜよう。
「よろしく頼むよ。あ、ちゃんと水は新鮮な物を使う事。古い水は――。」
「空気が含まれてないから紅茶には適さない。何回も聞かされたよ。耳タコだっつーの。」
本当に、何度も聞かされている。他にも、茶葉はちゃんと計れだとか、ポットは先に温めておけだとか、すっかり覚えてしまった。
背を向けて部屋を出ていこうとする私に、ふと思い出したように孝也が声をかけてきた。
「――あ、そうそう。忘れるところだった。」
「あん?」
振り向いた私の視界に、奇麗な赤色が広がる。
「はい。君への贈り物だ。」
それは赤い花。名前は知らない。花には詳しくないからだ。
「……だと思った。絶対前フリだってな。お前そういうの下手だよな。」
孝也のいかにもなキメ顔が腹立たしかったので、そんな風に貶しておいた。
「君こそやかましいよ。素直にありがとうって言えば可愛げもあるのに。」
一瞬で不満げな顔になる孝也。この男は決まった、という瞬間を邪魔されると途端に機嫌を悪くするのだ。ちなみに、私は狙ってやっている。
「はいはい。……花瓶のヤツ、また押し花にしといてくれよ。」
私は差し出された赤い花を受け取ると、ややぞんざいにそう言った。
「はいはい。……ちなみに、それはゼラニウムという花だよ。赤のゼラニウムは――。」
「そういうのいいから。どうせ覚えねぇし。」
容赦無く孝也の言葉を遮る。今までも花言葉がどうとか言われた事はあるが、一度としてちゃんと聞いた事は無い。
孝也は大げさに嘆くふりをすると、右手で顔を覆った。
「全く。どうして僕の奥さんはこうなんだ。」
「知らねぇよ。結婚したの、お前だろ。」
私はそれだけ言うと、今度こそ部屋を出ていく。この憎たらしい夫に紅茶を淹れてやるためだ。
ついでに花瓶の花を差し替えなければいけないな、と心の中で呟いた。確か今飾られているのは、ラナンキュラス、とか言うピンクの花だ。
――私は団子なんだけどな、と思いながら、ゼラニウムの香りを嗅いでみた。
薔薇のような、良い香りがした。