第19話 気弱な依頼人
依頼をしたいと申し出た女子は、真央くらいの小柄な身長で、可愛らしいボブカットの暗めの茶髪に、猫をイメージしたヘアピンをつけている。胸元のリボンの色からして、一年生のようだ。
学年を見分けるために女子はリボンの色が違っている。男子はネクタイの一部の色が違っているから、それで見分けられる。
「依頼……だと……こんなに早く……? これは夢か……?」
「なにすふんら……」
「ぎゃふっ! 痛い……夢じゃない!」
まさか初日から依頼人が来ると思っていなかったのか、真央は夢か現実かを確かめるために、俺の頬を思い切りつねってきた。
普通は自分の頬をつねるんじゃないか? ちょっとムカついたから真央の頭にチョップをお見舞いしてやった。
「いらっしゃい。こっちに座ってね。今お茶とお菓子を用意するから」
「あ……はい……ありがとうございます」
俺達が変な絡みをしている間に、一ノ瀬先輩は部屋の隅にあるパイプ椅子を取り出し、真央が座っている所の対面に依頼人を座らせると、紅茶と菓子の用意を始めた。
こういう事にすぐに気づいて行動できる辺り、さすが孤児院で子供の面倒を見ていただけはある。真央も見習ってほしい。
「えへへ、依頼しに来てくれてありがとう! えっと……」
「あ、ごごご……ごめんなさい! あたしは一年の……七海もこって言います! よろしくお願いします!」
七海もこと名乗った女子は、元気よく名乗り終えてから頭を下げる。
それはいいんだけど、勢いが良すぎたため、七海は額を机に思い切りぶつけてしまった。結構鈍い音がしたけど大丈夫だろうか。
「ふぇ〜ん……痛いよぅ……」
「落ち着いて。私達はあなたを食べたりしませんから。ゆっくり深呼吸しなさい」
「ひゃい……スー……ハー……」
九条さんの指示に素直に頷いた七海は、深く深呼吸を繰り返す。すると、少し落ち着きを取り戻したのか、今度は浅く頭を下げた。
「ごめんなさい……お見苦しい物を見せてしまいました……」
「気にするな。それより依頼だよな? どんな内容だ?」
「あ、はい……」
七海は一ノ瀬先輩が用意した紅茶で喉を潤してから、少し恥ずかしそうに話し始めた。
「その……今月末にある中間試験に向けて、あたしに勉強を教えて欲しいんです」
「我らに勉強を?」
「は、はい。あたし……勉強があまり得意じゃないんです。この高校にもかなりギリギリで入って……授業についていけなくなっちゃって。でも教え合う友達もいなくて……そんな時に、青春応援部っていうのが出来たって小耳に挟んだんです……もしかしたら、勉強を教えてもらえるかもって思って……ごめんなさい、こんなつまらない依頼で……!」
何故か七海は謝罪を述べてから、うつむいて黙りこくってしまった。
別に俺達は誰も怒ってないのに、そんなに委縮する必要はないと思うんだが……まあ元々が気弱そうな感じだし、仕方ないのかもしれない。
「つまらないとか関係ないのだ!」
「そうそう! わたしも凄い勉強が得意ってわけじゃないけど……一緒にがんばろっ! もこちゃん!」
「は、はい! ありがとうございます! あっ、お名前は……」
そういや七海には俺達の名前を言ってなかったな。それは俺以外のメンバーも思ったのか、順番に七海に名乗ると、彼女は嬉しそうに頷いた。
「ふふーん! もこよ! この偉大なる魔王の我がテストに向けてばっちり教えてやろうではないか!」
「ま、魔王??」
真央の奴、また口を滑らせてるんだが。いい加減魔王だって言わないように気をつけて欲しいけど、注意してもすぐに忘れそうだ。
「こいつの妄想だから気にしなくていいぞ。真央、偉そうに言うのはいいけど……お前、勉強を教えられるのか?」
「ふっ……」
いつもの様に偉そうに胸を張る真央に、俺は目を細めながら聞くと、表情や態度は崩してはいなかったが、ダラダラと滝のような汗が流れ始めていた。
わかってはいたが、聞くだけ無駄だったようだな。
「黒野さん、背伸びをするなんてあなたらしくないですよ。ありのままの自分を出してこそですよ……ほら、勉強はできないって認めましょう」
「何故バレているのだー!? はっ……」
九条さんも察していたのか、少しだけニヤつきながらそう言うと、おバカな真央は簡単に食いついてしまった。
自爆乙。ご愁傷様。
「む~~~~! 美月がイジワルなのだ!」
「黒野さん、少し落ち着きなさいよ。どうせテスト勉強はしないといけないんだから丁度いいじゃない。七海さんに教えながら、みんなで勉強するわよ」
一ノ瀬先輩の提案に、真央を抜いた一同が頷く。
「それはそうなのだが……勉強嫌い……」
おバカな真央としては、もっと別の事をしたいのだろうし、俺も勉強なんてしたくないが……これも依頼だし、勉強しないと赤点になっちまう。俺もちゃんと勉強をするか。
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「ここがこうなって……」
「あ……そっか……わかりました。一ノ瀬先輩って教えるのお上手なんですね……!」
「教えるのには慣れてるのよ」
いつもと違い、眼鏡をかけた一ノ瀬先輩が丁寧に七海に勉強を教えていた。俺の記憶が間違ってなければ、子供達に勉強を教えていたし、本当に慣れているのだろう。
その一方で、俺は物覚えの悪い真央に悪戦苦闘していた。
「国語なんて漢字が読めれば生きていけるのだ~……数学とか足し算引き算が出来ればいいのだ~……英語とか日本に住んでるからいらないのだ~……理科とか日常生活に使わないのだ~……社会とかどうでもいいのだ~……」
机に突っ伏しながら文句を言い続ける真央に、俺は大きく溜息を吐いた。ここまで勉強が出来ないとは思ってなかった。やる気も微塵も感じられないし。
「なんで社会だけ理由適当なんだよ。ていうかお前、どんだけ勉強できないんだよ。よくうちに転校してこれたな」
「あの時は必死に勉強して頭に詰め込んだからのう! 我はやればできる子なのだ! むふー!」
偉そうに言うのは結構だけど、それ一夜漬けと変わらねえからな? 詰め込んだものを全部忘れてる時点で意味がないんだよ。
「やれば出来る子なら、さっさとやってくれ」
「嫌だー! 勉強など魔王には向いてないのだー!」
「ワガママ言うな。あと魔王も言うな。そうだ、うちの高校は赤点を取ったら追試になって、合格するまで部活禁止になるからな」
「バカ者! 早く勉強を教えるのだ! これだから勇者は……」
「勇者も言うな!」
「二人共うるさいですよ。静かに勉強してください」
脅しが効いたのか、真央は急に真剣な顔になると、数学の問題集にかじりつくようにシャーペンを走らせ始めた。
それは良いのだが、何故か俺まで九条さんに怒られてしまった。理不尽だ。
「この式はここをこうすれば解けますよ」
「あっ本当だ! さすが美月ちゃん!」
「ってほら友莉菜、ここまた同じミスをしてますよ」
「あわわっ、本当だ……」
勉強はからっきしの焦りまくる部長様とは対照的に、九条さんは丁寧に六道に数学を教えていた。
九条さん、教え子の交換をしないか? うちの生徒はおバカ過ぎて教えるのが辛いんだが。
「教え子の交換はしませんから。がんばってください」
え、思考が読まれたんだけど。この人怖い……もしかして読心術のスキルを持ってたりするのでは? 流石にそれは無いか。
溜息を吐きながら頭を抱えていると、入口のドアが勢いよく開いた。そこには、頭をぼりぼりと掻いていた小林先生が立っていた。
「様子見に来たぞー……って、お前ら勉強してんのか。良い事だがまだテストまで二週間切ってねえぞ」
「勉強教えてくれって依頼が来たんすよ」
「ほう……?」
興味深そうに七海の事を見る小林先生。
すると、七海は怯えたように体を縮こませながら、小さくペコっと頭を下げていた。
「依頼人が来たのは良いが、そろそろ最終下校時間だ。荷物まとめはじめろよ」
「え、もうそんな時間!? みんなで勉強してると時間が経つのが早いね~」
六道が驚くのも無理はない。俺も真央にずっと教えてたからか、いつもの授業よりも時間が経つのが早く感じたくらいだ。
その代わりにかなり疲れたけどな。この物覚えの悪い元魔王に教えるのは中々至難の業だ。
「そうだな。んじゃ次の活動日は……」
「ちゃんと覚えておかんか蒼! 全く情けないのう」
何故か真央は俺を小馬鹿にするように薄ら笑いを浮かべていた。
いやいや、勝手に決めつけるなっての。さっきから勉強出来ないって真央を煽ってた仕返しか?
言っておくが、部活動を作る際に必要な申請書類を作ったのは俺だ。その時に活動曜日は書いてるんだから忘れるはずもない。それ以前に、真央は覚えているんだろうか? ちょっと聞いてみるか。
「お前は覚えてるだろうな? 活動日」
「………………も、もちろんだ!」
なんだその間は? それに視線が泳ぎまくってるじゃねえか。やっぱり物覚えの悪い元魔王だ。今ここにそれが改めて証明された。
「ま、毎日集まるのだ!」
「どこのブラック企業だ。ったく……月曜、水曜、金曜だ。だから次に集まるのは明後日の金曜日。七海、金曜にまた来れるか?」
「あ、はい! また教えてもらいたいので……!」
七海は勢いよく立ち上がると、頭を下げながらそう言った。
とりあえず愛想をつかされたわけじゃないようで安心した。真央が全く勉強が出来ないという情けないものだったから、少し心配してたからな。
「うむうむ、また待っておるぞ!」
「お前、何かしたか?」
「うるさいうるさい! 意地悪な事を言う蒼にはバツとして駅前のクレープおごりの刑なのだ!」
は? なんで俺がおごらなければいけないんだ? どうすればそういう思考にいくのか、まるで意味が分からない。
「じゃあわたしも~! もこちゃんも一緒に行こっ!」
「え、え? でも……」
たのむ七海、そこで何とか反論して俺を救ってくれ。
「えっと……ごめんなさい、早乙女先輩」
俺の望みは完全に断たれた。気弱そうな七海には荷が重すぎたようだ。
「たまには寄り道も悪くないですね。早乙女君、ごちそうさまです」
ちょっとまて、なんで九条さんまで奢ってもらおうとしているんだ? 普通に俺の何千倍も金を持ってるだろ。
「ちょっと、寄り道しないでまっすぐ帰らなきゃ駄目よ! 先生からも何か言ってやってください!」
いいぞ一ノ瀬先輩! その調子で美少女軍団を止めてくれ!
「あん? 別に寄り道くらい構わんだろ。人様に迷惑かけなきゃ好きにしろ。ていうかそんな事にまで目くじら立てるのは面倒だ」
「一ノ瀬先輩は反対派のようなので、私達だけで行きましょうか」
「あ、アタシも食べたいもん! 仲間外れにしないで!」
マズイ、このままでは俺が五人分のクレープをおごる羽目になってしまう。
来月には新しいゲームも出るし、ゲーセンでいつもやってるゲームのアップデートも来るから、こんな所で出費したくない。
けど、俺にこの空気をぶち壊せる度胸はない。はあ……仕方ない、なるべく安いクレープを選んでもらえるように祈っておこう――
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